第15羽 お父さんとの会話(という名の尋問?)

 私達はお父さんの部屋に移動すると、お父さんが私を机の上に置いた。

 お父さんは私の目の前に座って、プラムさんは机の横――私の斜め後ろに立った。

 なんか、尋問されるみたいな位置関係だな。


「さて、まずはこれから君のことを質問攻めにすることを謝罪しよう」


 ……なるほど、尋問みたいなことをされるのね。


「今からする質問に『はい』だったら首を縦に、『いいえ』だったら首を横に振ってほしい。わかったかな?」


 私は首を縦に振る。


「……へぇ、確かに言葉は理解しているみたいですね」

「会話は可能みたいで良かったよ。それじゃあ早速、質問だ。これは君が打ったものかな?」


 お父さんが一枚の紙を私に見せる。

 そこにはカタカナで「カーミラキケン」と書かれていた。

 私は首を縦に振った。

 長時間かけて私がようやく打ち込んだ文字で間違いないです。

 あんなに苦労したのにそれだけしか打てなかったのが悔しいけれども。


「やはりね。タイプライターのキーや周辺に足跡が付いていたから、もしかして君が打ったんじゃないかと思っていたんだ」


 汚い通気口の中を通ってきたから足跡が残っちゃってたんだ。

 外から野鳥が侵入できるわけがないのを考えると、足跡の主は必然的に家の中にいる鳥――私になる。

 メッセージを残すのに必死でそこまでは考えてなかったな。


「人の言葉を理解して、文字まで読み書きできる……この雀、本当にただの鳥なんですかね?」


 プラムさんが私をギロリと睨みつける。

 言っていることがあながち間違っていないだけに、私は縮こまってしまう。


「そんなに睨まないでやってくれよ、プラム。この雀が何者であれ、私達に何かを伝えようとしているのは確かなんだから」

「その何かがアコナイト家にとって不利益なものじゃなければ良いんですけどね」

「それはこれから聞けばいいさ。スズさん、このメッセージの『カーミラ』とはロベルの家庭教師をしているカーミラ女史で間違いないね?」


 私は首を縦に振る。


「この『カーミラキケン』とは、カーミラ女史が危険な目に遭うということかな?」


 今度は首を横に振った。


「ふむ……では、カーミラ女史が危険な人物であると?」


 私が首を縦に振った瞬間、プラムさんがため息をついた。


「やっぱり、あの家庭教師のこと監視するべきだったんじゃないですか?」

「だって、ユリウスが見つけてきた人だから……」

「『だって』じゃありませんよ。その女のせいでロベル坊ちゃんがどうなっても知りませんからね」

「やーん、見捨てないでぇ」

「壊滅的にキモイのでやめてください。てか、この雀……スズさんの目の前でそんな姿晒して良いんですか?」

「ああ、構わないよ。だって、バレてるみたいだし」


 まあ、バレてますけど。

 それでも目の前でイケおじにそんな気持ち悪いことはされたくなかったですね。


「心なしか、スズさんのパパヴェル様を見つめる目が冷たい気がしますね」

「二人揃って厳しい……」

「当然の反応だと思いますがね。あと、二人じゃなくて一人と一羽ですよ」


 プラムさん、冷静なツッコミをどうも。

 というか、こんな茶番をやってる暇なんてないんですよ。

 私はカーミラがいかに危険な奴かを伝えなくちゃいけないのに!


「まあ、カーミラ女史が要注意人物だとわかったから、今日は解散かな」

「チュン?(え?)」

「だって、君は喋れないのだから、これ以上の質問は不毛な会話になりかねないだろう?」

「スズさんがタイプライターで文字を打つのは時間かかりそうですもんね。だったら、俺が調べた方が早いでしょう」


 確かに、文字を打つのはかなり大変だったけど、本当に何も教えなくていいのかな?


「そもそも、何となく目的はわかりますからね。どうせアコナイト家を御家断絶にでもさせたいんでしょう。いつの時代もアコナイト家の皆さんは色んなところに敵を作りますからね」

「王家に仕える騎士として当然のことをしているだけなんだけどね」


 なるほど、大体予想が着くからいいのか。

 正直もっと質問されると思ってたから拍子抜けしちゃった。

 しかし、アコナイト家は敵が多いなんて、ロベル君めっちゃ危ないじゃん。

 やっぱり私がしっかり守ってあげないと!


「パパヴェル様の場合はそれだけじゃなくて、恋愛でも一悶着起こしてるじゃないですか」

「……ああ、あれね。でも、あれは結局相手の一方的な片想いだったじゃないか」

「向こうはそうと思ってないかもしれませんよ」

「ローズがいくら魅力的だからって、付け回した挙句に被害妄想か? つくづく愚かな男だ。もしカーミラ女史がその男の回し者なら、ユリウスやロベルに危害を加えかねないな」

「アイツ、最後までパパヴェル様とローズマリー様の結婚を政略結婚だのなんだのとほざいてましたからね。同じ貴族でも教養の違いは出るんだなぁとか当時は思ってましたよ」


 ん、ローズマリー様?

 確か、カーミラは「ローズマリーを奪って死なせたアコナイト家を許さない」って言ってたよね。

 で、そのローズマリーって人とお父さんが結婚してて……って、もしやローズマリーさんはロベル君やユリウスのお母さん!?

 お父さんがずっと「ローズ」って呼んでいたのは愛称だったのね。

 あれ、もしかして、カーミラがそのお父さんとローズマリーさんの結婚に難癖つけてた男なのでは?

 カーミラは女性だけど、本人じゃないとあそこまで恨みの篭もった発言にはならないと思う。

 それにここは魔法がある世界だから、魔法でカーミラの姿に変身しているのかもしれない。

 でも、そうなると本物のカーミラがいるってことになる。

 本物はどこに……まさか、その男に監禁されてるとか、こ、殺されてるとか?


「チャンチャンチャン!(それはまずい!)」


 ゲームではカーミラが偽者なんて描写はなかった。

 でも、もし本物がいて偽者に何かされていたら、その罪もロベル君になすりつけられるかもしれない。


「どうしたんだ、スズさん?」

「チャンチャン!(お父さん、そいつです!)」


 くう、こういう時に話せないのがもどかしい。

 言葉を話せたら、今までの考えをそっくりそのまま伝えられるのに!


「……もしかして、カーミラ女史は本当にアイツの手先なんじゃないですか?」


 プラムさんが嫌そうな顔をしながらそう言った。

 コクコクと、私は何度も首を縦に振る。


「はあ? まさか、あの男はまだ私を恨んでいるというのか?」

「……そういえば、アイツはローズマリー様が亡くなられた時、ローズマリー様が亡くなったのはアコナイト家のせいだって言い触らしていたみたいですよ」

「なんだって? どうしてそれを報告しなかったんだ」

「言い触らしてたといっても、社交界の噂にすらならないほどに他人には関心を持たれていなかったみたいですから。パパヴェル様にお伝えするほどではないかと思いまして」


 そう言うと、プラムさんは悔しそうに唇を歪めた。


「……しかし、その時にあの男を然るべき対応をするべきでした。そうすればあの男は社交界から追放されて容易にアコナイト家に関われないようにできたのに」

「プラム、落ち着いて。もう過ぎたことだから」

「そうですね。とりあえず今はあの男にロベル坊ちゃんの存在がバレたかもしれないことへの対処が先ですね」

「それと、カーミラ女史との接点も調べておいてくれ」

「了解しました」


 よしよし、これでカーミラが何かする前にお父さん達がどうにかしてくれるでしょう。


「ユリウス坊ちゃんにこの件は何と伝えますか?」

「……いや、あの子には我々から伝えない方が良いだろう」

「良いんですか、それ」

「今の状態で私からあの子に伝えても、難癖つけているだけだと思われるだろう」

「じゃあ、ユリウス坊ちゃんには何も伝えないんですか?」

「いや、ユリウスにはスズさんが伝えて欲しい」

「チュピ!?(え!?)」


 また私がタイプライターポチポチしなきゃいけないんですか!?


「大変なのはわかっているが、お願いしたい。この屋敷の者がユリウスにこの情報を伝えても信じてくれないかもしれないからね」

「スズさんが伝えても信じてもらえないかもしれないですよ?」

「その時はその時さ。カーミラ女史の狙いがわかり次第、ユリウスに反対されようが彼女を追い出すことにしよう」

「それをやったら更にユリウス坊ちゃんに嫌われますね」

「そうなんだよ……そうならないことを祈るしかないねぇ」


 お父さんは悲しそうにため息をついた。

 ユリウスに更に嫌われるようなことは避けてもらいたいんだけどな。

 でも、そうなると、ユリウスにカーミラが危険人物だとわかってもらわないといけないのか。

 今のユリウスにはお父さんの言葉が届かない可能性が高いから、私に伝えて欲しいのはわかった。

 問題はお父さんの時と同じメッセージでユリウスもカーミラを警戒してくれるかどうかだ。

 自分の先生が推薦した人だからある程度信用していると思うし、あれだけだと私がイタズラしてたまたまああいう文章になったと思われるかもしれない。

 というか、お父さんが私が意図的に打ったと思ってくれたのが奇跡よね。


「と、まあそういう訳で、頼むよスズさん」

「ユリウス坊ちゃんに何としても信じさせてくださいね」

「こら、余計な圧力かけないの」


 はは……善処します。

 私は心の中で苦笑いしながら、首を縦に振ったのだった。

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