第14羽 慣れって怖いね!
――と、意気込んだのはいいものの、問題が発生しました。
「チュ、チュン(み、見えない)」
すぐさまお父さんの部屋にやってきてタイプライターを見つけるまでは良かった。
でも、タイプライターが大きすぎて、キーボードがよく見えない。
わざわざ飛び上がらないと見えないし、ちょっと見た感じアイウエオ順に並んでないし。
いちいち文字を確認しながら打たないといけないとなると、かなりの重労働である。
くっ、でもここで挫けるわけにはいかない。
「チュピー!(うおー!)」
そんなふうに気合いを入れて、私は足で一つ一つキーを押していく。
カチッ……カチッ……と、ゆっくり押すことしかできないのが何とももどかしい。
ああ、早くしないとロベル君が戻ってきちゃう。
その前にお父さんが戻ってくる可能性だってあるのに、もう息切れしてきた。
いくら雀とはいえ、体力無さすぎでしょ。
慣れない筋肉を動かしてるせいかな。
「……旦那様、おかえりなさいませ」
部屋の外からそんな声が聞こえてきて、私はビクッとする。
やばい、本当にもう帰ってきちゃった。
お父さんは使用人に引き留められているのか、部屋に入ってくる気配はない。
あと、もう少しだけ打たせてくれ。
これだけ打てば多分大丈夫……。
「ふう……」
ガチャリという音と共に開かれた扉から、お父さんが部屋の中に入ってくる。
少々疲れた顔をしているが、そんな顔すらイケメンである。
黙っていればイケおじなのになぁ……親バカが過ぎるのは良くないね。
うーん、本当はお父さんが見つけてくれるまでここにいたいけど、ロベル君もそろそろ戻ってくる頃だろう。
明日また確認して、お父さんが見つけていないようなら……どうしようかな。
まあ、また別の方法を考えよう。
ロベル君の部屋に戻ると、彼はまだ帰ってきていなかった。
水浴びをして、羽根を乾かしていると、ロベル君が部屋に入ってきた。
「チュピピ!(おかえり!)」
私がパタパタと飛んで近寄ると、ロベル君は浮かない顔をしていた。
まさかカーミラに何かされたのか!?
「……ねえ、スズ。今日はカーミラ先生がほとんど授業をしてくださらなかったんだけど、それって僕に呆れちゃったのかな?」
そういえば、カーミラは結構な時間をユリウスとの会話や部屋漁りに使っていた。
その間ずっとロベル君は自習させられていたんだろう。
「僕が魔法を全然使えないから、教えるのが嫌になっちゃったのかな……?」
いや、そもそも真面目に教える気がないんだよ、あの女は。
ロベル君が魔法を使えていようがいまいが、今日はずっと自習させられていたと思う。
だから、ロベル君が気に病むことは無いんだよ。
「チュン!」
それを伝えることはできないので、私は励ますために体全体でロベル君にスリスリする。
「スズ……そうだよね、これくらいで挫けちゃダメだよね」
……あれ、これもしかして励ますのは良くなかったのでは?
ロベル君がもう習いたくないってユリウスに言えば、カーミラは追い出されるわけなんだから。
ロベル君が悲しそうな顔をしているから思わず励ましてしまったけど、この先のBADENDを回避するためには心を鬼にしなければいけなかった。
「スズのおかげで頑張れそうだよ。ありがとう!」
ああ、笑顔が可愛いんじゃあ……とか言っている場合ではない。
私のバカ、アホ、スットコドッコイ!
一時の感情に流されて、この先ロベル君を不幸にしたら悔やんでも悔やみきれないぞ。
でも、ロベル君はもう立ち直ったみたいで、私と遊ぶ気満々の表情をしている。
……やっちゃったものはしょうがないか。
とりあえず、ロベル君が闇堕ち……じゃない、「魔王」として覚醒しないように私はロベル君を可愛がることにするよ。
いっぱい遊んでいれば彼が私を信頼してくれてずっと一緒にいられるかも、なんて邪な理由からやっているわけじゃないぞ。
ずっと一緒にいられたら彼のあんな姿やこんな姿が見られるかもなんて、微塵も思ってないんだから!
……私は誰に言い訳しているのだろう?
誰に言うともなく言い訳しながら、今日もロベル君と遊んで眠りについたわけなんだけど。
「……チュピ?(うん?)」
不意に聞こえてきた小さな物音で、私は目を覚ました。
ロベル君が起きたのかなと思ったけど、窓から漏れる明かりでスヤスヤ眠るロベル君が照らされている。
というか、物音は扉の方から聞こえた気が……。
「――こんばんは、スズさん」
「チュチュチュッ!?」
勢い良く振り返ると、暗闇にぼんやりと浮かび上がる顔が……!
「驚かせてすまない。ロベルを起こさないようにと思ったら、こうするしかなくてね」
その端正な顔に笑みが浮かぶ。
あ、笑うと目尻にシワが寄っていつもの厳つい雰囲気が柔和な雰囲気に……って、お父さんじゃないですか!
よく見るとお父さんの手にはロウソクが。
そのせいで顔のところだけ明るくなって暗闇に浮かび上がっているように見えたらしい。
「このままここで話しているとロベルを起こしてしまうかもしれない。私と一緒に別室に来てもらってもいいかな?」
断る理由はないけど、何でお父さんが私に会いに来たの?
そもそもお父さんはロベル君の部屋に入っても大丈夫なのかな。
「……へ、返事はなるべく早めに頼むよ。そろそろロベルの顔を見ないよう我慢するのが限界を迎えそうだ」
あ、我慢してたのね。
よく見るとお父さんは全身をプルプルさせている。
そして、堪えきれずに目線だけロベル君の方を向き始めていた。
「チ、チチッ(わ、わかりました)」
首を何度も縦に振って肯定を示す。
我慢の限界を迎える前にさっさと連れて行ってください!
「ありがとう。じゃあ、失礼するよ」
お父さんはサッと私をすくい上げるようにして持ち上げると、ほとんど物音を立てずに部屋を出た。
不法侵入の技術高いっすね、お父さん。
「流石、子供の寝姿を見るために部屋に侵入を繰り返していただけありますね」
部屋を出ると、廊下に茶髪の男性が立っていた。
特徴のない顔立ちに執事服を着ているため、他の使用人達の中に混ざったら見つけられなくなりそうな人だ。
でも、その声には聞き覚えがある。
お父さんと会話していたプラムさんと、声がそっくりだ。
「プラム、人聞きの悪いことを言わないでくれるかい。私はただあの子達が無事かどうかを確認していただけだよ」
プラムさんは、ふうっとため息をついた。
「その寝顔を見ては毎回鼻から大量出血して運ばれていたのはどこのどなたでしたっけ?」
「……その節は大変お世話になりました」
……最早突っ込んだりしないぞ。
お父さんの規格外過ぎる親バカに、もう既に慣れ始めている自分がいる。
「しかし、本当にその鳥があのメッセージを残したと思ってるんですか?」
メッセージって、もしかしてタイプライターで私が残したやつのことかな。
でも、どうして私だって気づいたんだろう?
「まあまあ。立ち話もなんだから、部屋に移動しようか」
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