第29羽 似てない親子もよく見れば似てるかもしれない

 家に着くと、ビアンカさんがいる部屋に三人の男性がいた。

 そのうち二人はルーファス君とシーボルト君だ。

 彼らはもう一人の男性の後ろで、その姿を眺めていた。

 そして、そのもう一人の男性はベッド上のビアンカさんと話をしているようだった。


「体調はいかがですか?」

「だいぶ良くなりましたわ」

「そうですね。顔色も良いようですし、筋肉もついてきましたかね?」

「まあ嬉しい。実は最近歩く練習に加えて筋肉トレーニングというものを始めてみましたの。ローラスに支えてもらいながら、簡単なものをやっているだけですけれど」

「良い取り組みですね。しかし、まだ回復したばかりですので無理なさらず続けてください」


 お医者さんの問診みたい……というか、問診してるのか。

 まだ診察中なら邪魔するのは悪いと、私達が一旦部屋を出ようとすると、その前にビアンカさんがこちらに気づいた。


「あら、ローラス。それにアコナイト様も。どうかなさいましたの?」


 その言葉に、部屋にいた他の人達もこちらを振り返った。

 ベッドサイドにいた男性もこちらを見て、嬉しそうに笑った。


「ロベル様! お久しぶりでございます!」


 その男性は笑うと目尻にシワが寄り、それなりに歳をとっているのがわかる。


「お久しぶりです、プリムラ様」


 ロベル君が男性のことをそう呼んだ。

 「プリムラ」という名前からわかる通り、この人はシーボルト君のお父さんだ。

 彼の焦げ茶色をした髪は丁寧に撫でつけられていて、蜂蜜色の瞳は優しく細められている。

 教会の中でもそこそこ偉い立場にいる人だから、ロベル君は「様」を付けて呼んでいる。

 だけど、雰囲気は気の良い近所のおじさんみたいで、私は「様」じゃなくて「さん」付けしている。


「ロベル様、何かご用ですか?」

「ええ。ですが、急ぎでは無いので、診察が終わった後にまた出直します」

「ああ、診察はもうほとんど終わりましたよ……しかし、信じられませんね」


 プリムラさんはビアンカさんの方を振り返った。


「昏睡状態かつ極度の栄養失調状態だったとうかがいましたが、そこからここまで一瞬にして回復させてしまうとは……我々の回復魔法とは比べものにならない、まさに『奇跡』と呼ぶに相応しい力をお持ちだったのですね、スズ様は」


 プリムラさんがキラキラした目で私を見てくる。

 彼には既に私が「黒の聖女」であることを伝えている。

 以前、組織の隠れ家だった場所の鍵を借りた時に「黒の聖女」の存在については伝えていたから、その流れで昨日のこともシーボルト君経由で伝えてもらっていた。

 ……でも、そんな目で見られると恥ずかしくなってきて居心地が悪いんですが。


「スズがその力を使うことができるようになったのは、プリムラ様とご子息であるシーボルトさんのおかげです。ご協力いただき、ありがとうございます」

「そんな、私は大したことはしておりません。それに、息子がロベル様やスズ様に大変お世話になっておりますから、もっとお力になれればと思っております」


 プリムラさんがそう言うと、少し離れた場所で私達の会話を聞いていたシーボルト君が顔をしかめた。


「別に、世話になんてなってない」

「こら、何てことを言うんだ」

「スズさんはともかく、生徒会長の世話になった覚えなんてない」


 そう言うと、シーボルト君はそっぽを向いた。

 まあ、私達も世話した覚えはないし、むしろ色々と協力してもらっていたからお礼を言うのは私達の方なんだよね。


「そんなことより、用件はなんだよ?」

「そうでした。実は、マリアさんについてお話したいことがあります」

「マリアさんって、マリア・カモミールちゃんのことだよね。彼女がどうしたの?」


 ルーファス君が首を傾げる。

 ロベル君は彼らにマリアちゃんのことを話した。


「ふぅん……そんな感じになってるんだね」


 ルーファス君はマリアちゃんの変化にさして興味が無さそうだった。


「会長さんが彼女に嫌われるのはまずいだろう。そこの所わかってるのか、ルーファス?」

「わかってるよ。でも、僕達がどうこうできることじゃないでしょ」


 ローラス君に怒られながらも、ルーファス君は特に何かするつもりは無いらしい。

 マリアちゃんとロベル君の関係のことだから、ルーファス君は他人が口を出すことではないと思っているのかもしれない。

 一方、シーボルト君はというと。


「……マリアさん、今そんな感じになってるんですか」


 何か考え事をしているかのように顎に手を添えて、ポツリとそう呟いた。


「シーボルト。何か知っているのか?」


 一緒に話を聞いてもらっていたプリムラさんが、自分の息子を訝しげな目で見ていた。

 その息子であるシーボルト君が、フルフルと首を横に振る。


「いいや、俺は知らない。ここ最近は会ってなかったから」


 シーボルト君の顔はどこか悲しげに見える。

 彼はマリアちゃんと親しかったから、彼女の変化にショックを受けているのかな。

 最近は私達と一緒にいたから、マリアちゃんのそばにいられなかっただろうし……。


「……俺がアンタらに付き合っていたからってだけじゃなくて、多分俺は避けられてる」

「シーボルトさんがマリアさんに避けられてるのですか?」


 ロベル君の言葉にシーボルト君が頷く。

 え、マリアちゃんはシーボルト君も避けてたの?


「理由はわかんねーけど、会おうとするといつもどっかに行ってるみたいなんだ。最初はたまたまだと思ったけど、時間変えて行ったのに五回も会えなかったら流石に疑うよな」


 確かに、そんなに会えないとなるとマリアちゃんが意図的に避けてるように思える。

 でも、何でシーボルト君まで避けてるの?

 少なくとも、ロベル君よりは親しくしているように見えたのに。


わたくしも発言してよろしいでしょうか?」

「もちろんです」

「ありがとうございます、アコナイト様。そのマリアさんという方は神聖剣の持ち主なのですよね? そんな大事な方を教会が護衛も監視も付けずに自由にさせているとは思いませんわ」


 ビアンカさんはプリムラさんを横目で見た。

 そのプリムラさんは苦笑いを浮かべた。


「ビアンカ様の仰る通りです。マリア・カモミールさんには教会が監視役を派遣しているはずです。私は担当者では無いので詳しくは知りませんが……」


 本当に監視役なんていたんだ。

 そういえば、ゲームで町中を探索してる時、たまに教会の人がいたような記憶がある。

 話を聞くことができるだけで特に何かしてくれる人ではなかったから気にしてなかったけど、もしかしてその人が監視役だったのかな?


「では、マリアさんの周囲の状況を知ることはできますか?」

「監視担当の者に話を聞ければ可能かと。しかし、その方には守秘義務がありますから、どこまで話してくださるかはわかりません」

「わかりました。聞ける範囲で構いませんので、聞いて来ていただいてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです」


 監視役の人からも話が聞けるなら、マリアちゃんの変化の原因もすぐわかりそうだ。


「……マリアさんに直接聞きに行くのはやめた方がいいよな?」


 シーボルト君がポツンと呟くように言った。


「事情がわかるまでは直接聞きに行くのは控えた方が良いと、私は思っています」

「……わかった」


 ロベル君の言葉にシーボルト君は小さく頷いた。

 シーボルト君の口からそういう言葉が出るということは、彼もロベル君と同じ考えなのかな。

 マリアちゃんが誰かに何かされている……そそのかされているって、そう思っているのかもしれない。


「じゃあ、僕達は遠回しに彼女のことを調べたらいいのかな?」

「いえ、ルーファスさんやローラスさんは調べようとせず、普段通りの生活を心がけてください」

「俺もですか? 一体どうしてです?」

「『裏切り者トレイター』がマリアさんに接触した可能性も考えられるからです。仮にそうだった場合、顔の知られているお二人が聞いてまわるのは悪手かと」

「なるほど。抜けた僕達に報復してくるかもしれないし、逆に警戒されちゃうかもしれないもんね」


 念には念を入れて、ということだね。

 でも、もし本当に組織が関わっていたとしたら、彼らはマリアちゃんを利用して一体何を企んでいるの?

 やっぱり「魔王」に関することかな。

 それとも、他に何か目的が……?


「今は情報不足で様々な可能性が考えられます。情報が集まるまでは警戒していてください」


 ロベル君の言葉に、その場の全員が頷いた。

 直接マリアちゃんと関わりのないビアンカさんやプリムラさんも、影響を受けないとは限らない。

 変化の原因がわかるまで、私達は静観することを余儀なくされたのだった。

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