第28羽 過去と今を比較して泣いちゃうことってあると思います

 私達は練習場での出来事を他の生徒会メンバーにも話した。


「マリアちゃんがそんな感じにねぇ……リリィは何か知ってる?」

「いいえ……学年は同じですが、クラスが違うので私はそこまで関わりがありませんから」


 アランの質問にリリアナちゃんが首を横に振る。

 彼女も、マリアちゃんやカーティスと同じ二年生だ。

 ゲームでは、アランルートでよくヒロインに突っかかっていた彼女だけど、この世界では関わりがほとんどないみたいだ。


「ローラスはどうなんだ?」


 カーティスから尋ねられたローラス君も首を横に振った。


「いや、俺もクラス違うし知らないっすね。知ってることって言ったら……確か、保健委員だってことくらいですかね」


 保健委員?

 そう言えば、ネペンテス先生がマリアちゃんに向かって「保健委員だろ?」とか言っていたような。


「ということは、マリア・カモミールがネペンテス先生と親しそうだったのもそのためか」

「そうかもしれないっすね……ところで、カーティス様」

「なんだ?」

「何で彼女のことフルネームで呼んでるんすか? フルネーム呼びとか普通しないっすよ」

「そうか?」

「他人行儀すぎるっつーか、親しくなる気がゼロって感じがするっすよ、その呼び方」

「親しくなるつもりはない。ロベル様に無礼を働く女など、会話をする価値もない」


 ……流石、ロベル君至上主義派のカーティス。

 第二王子だって言うのに、ただの伯爵家の次男に肩入れして良いものなのかね?


「……まあ、良いんすけど。そんで、どうするんすか会長さん?」


 ローラス君がチラリとロベル君を見る。


「このままでは良くないのはわかります。しかし、嫌われていると決めつけて接することで、返って関係の悪化を引き起こしてしまうかもしれません」

「では、どうなさいますか? お望みとあらば、私の権力を使って……」


 ちょ、止めなさいカーティス!

 アンタがロベル君好きなのはわかるけど、ロベル君のために王子の権力振りかざすのは流石にまずいって!


「カーティス様のご厚意は有難く思います。しかし、それには及びません。彼女の考えがわからない今、先ずは情報収集を行うべきだと思われます。情報なら事情を知っていそうな方々に聞き込みする程度で十分ですので、カーティス様のお手を煩わせるようなことはございません」

「……そうですか」


 そう呟いたカーティスが、しゅんと肩を落とした。

 心なしか、彼に犬の耳としっぽが見える気がする。

 主人(ロベル君)に喜んでもらおうとして失敗してしょげてる犬みたいな……いや、だから立場的には逆だよね?


「他の皆さんも、お騒がせしてしまって申し訳ございません。この件は私の方で詳しく調べますので、皆さんは……」

「おいおい、水臭いぞ。俺達にも協力させてくれよ」


 ロベル君の言葉を遮って、アランがそう言った。


「しかし、皆さんお忙しい中で頼むわけにはいきません」

「俺らが忙しいならロベルの方がもっと忙しいだろう。良いから、俺達のことも頼れって」


 アランが歯を見せて笑う。

 その笑顔は王子様らしい見た目に反して、彼に無邪気な子供のような印象を与えていた。


「前に言っただろ? これからは俺達もお前を支えるって。だから、協力するよ」

「わ、私も協力致します!」


 アランに同調するように、リリアナちゃんが声を上げる。


「もちろん、俺も協力するっすよ」


 ローラス君もそう言って笑った。


「……ありがとうございます。では、協力していただけませんか?」

「ああ、任せとけ!」


 ロベル君の言葉に、皆は力強く頷いてくれた。

 それを見たロベル君の顔は、嬉しそうに笑っている。


 ……優しい友達がたくさんできて良かったね、ロベル君。

 独りぼっちで寂しい思いをしていたあの頃からは考えられないくらい、今はたくさんの人に囲まれて充実した毎日を過ごしてる。

 それを思うと、私、今にも泣いちゃいそう。


「じゃあ、俺はマリアちゃんの周囲にいる人達に話を聞いておくよ。何か気づいてる人がいるかもしれない」

「私は同じ学年の女の子達に聞いてみます」

「義姉上がそう仰るなら、私は同学年の男子に話を聞いてきます」

「よろしくお願いします」


 王子達とリリアナちゃんに向かって、ロベル君が頭を下げる。


「ローラスはどうするんだ?」


 カーティスがローラス君の方を向いて、そう尋ねた。


「俺はカモミールさんと仲が良かった後輩を知ってるんで、そいつに話聞いてみるっす」


 ローラス君が言っているのは、きっとシーボルト君のことだろう。

 そういえば、シーボルト君からマリアちゃんが変わったなんて話は聞いたことが無いな。

 何だかんだ忙しくて会えてなかったのかもしれないけど。


「ローラス、意外と交友関係広いんだね」

「『意外と』は余計っすよ、アラン様。てか、そんなに友達いないように見えます?」

「友達いなさそうと言うより、ちょっと前までは人を避けてる印象があったな。今はそんなことないけど」


 アランが何気ない様子で言った言葉に私はギョッとした。

 流石、ハイスペ陽キャ王子。

 まさか、ローラス君の闇をわずかにでも感じ取っていたとは……。


「兄上、そういうことを面と向かって言うのはどうかと思いますよ」

「でも、今は大丈夫みたいだから良いかなって」

「そういう問題では……」

「あー、大丈夫っすよカーティス様。俺は別に気にしてないんで。それに……実際避けてたからな」


 最後の方は声が小さくて、多分他の人達には聞こえてなかったと思う。

 ローラス君は生徒会の皆に組織のこととかを話すつもりは無いのかな?

 私達がまだ「黒の聖女」について話してないのと同じで、話す機会を窺っているのかもしれない。


「俺のことはどうでもいいんすよ。そんなことより、業務が終わったら早速聞きに行ってくるっすね」

「じゃあ、俺達もそうしよう」


 そして生徒会業務が終わった後、彼らは聞き込みをするために早々に帰っていった。


 ロベル君と私は全員を見送ると、ローラス君の後を追った。

 と言っても、ローラス君はゆっくり歩いていてくれたので、すぐに追いつくことができた。


「会長さん。生徒会の皆にはああ言ってましたけど、俺達も聞き込みするんですか?」

「……いいえ。私達は様子見してましょう」

「それでいいんですか?」

「むしろ、下手に動く方が危険だと感じています。マリアさんが本当に誰かに何かされているのだとしたら、その人物の目的は間違いなく私達の邪魔でしょうから」

「カモミールさんの変化は誰かの手によるものだと?」

「人間、急には変われませんからね」


 二人の会話を聞いていて、私は不安になってきていた。

 仲良くできていたのに、このままじゃマリアちゃんと敵対してしまうかもしれない。

 そうなると、私達がロベル君から「魔王」を分離させる前に、彼女が私達の前に立ち塞がってくる可能性がある。

 分離させる前にロベル君が神聖剣に切られたら、ゲームのように彼が死んでしまうかもしれない。

 自分に向けられた神聖剣に反応して、ロベル君の中の「魔王」が彼の意識を乗っ取ってしまうこともあるかもしれない。

 色んな最悪の結末が浮かんできては、私の頭をグルグルしていた。


「スズ」


 ロベル君に呼ばれて、私は彼の方を向いた。


「大丈夫。僕は簡単にやられるつもりは無いよ。絶対に、誰も傷付けさせない。だから、安心して」


 私を安心させるように、ロベル君が優しく笑う。

 ……本当に大変なのはロベル君の方なのに、彼に心配されてどうする。

 私が弱気になったらダメだ。

 そうなったら、余計ロベル君に心配かけちゃう。

 私は自分の頬を叩いて、気合いを入れ直した。


「チュピ!(ありがとう、ロベル君!)」

「ふふっ、元気になって良かったよ」


 私はロベル君と笑い合う。

 それだけで、一気に緊張がほぐれていった。


「……お熱いですね」


 その声で、私はローラス君の存在を思い出した。

 彼はこちらを呆れたような顔で見つめている。


「ありがとうございます。しかし、私達は相思相愛ですので、熱いのは当然ですよ」

「あからさまな皮肉にそんな返しができるとは……会長さん恐るべし……!」


 ローラス君はロベル君を見て戦慄していた。

 でも、私もわかるわその気持ち。

 皮肉の返しにサラッと恥ずかしいことを言えちゃうロベル君は最高にかっこいいけど、私は恥ずかしいし、何より心臓に悪いのでやめて欲しい。

 雀の小さな心臓には刺激が強すぎるよ。


「ま、まあ、お熱いのはいいんですけど、ルーファス達に話をしに行かなくていいんですか? モタモタしてると日が暮れてきますよ」


 おっと、そうだった。

 何もしないとはいえ、今日のことは伝えておくべきだと、ローラス君と一緒にビアンカさんがいる家に向かおうとしていたんだった。


 今、ビアンカさんはシーボルト君のお父さんに診てもらっているらしい。

 なんでもシーボルト君のお父さんは医師としての資格も持っているらしく、一番信頼できるという理由からわざわざ診察しに来てもらっているそうだ。

 その手伝いとしてシーボルト君もちょくちょく家に来ているとのこと。

 今日も恐らく来ているはずだとローラス君に言われたので、わざわざ集まってもらうよりこちらから向かってしまおうと言うわけだ。


「そうですね。急ぎましょう」


 私達は日が暮れる前に、急いで皆がいる(と思われる)家へと向かった。

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