第27羽 ヒロインの変化
生徒会メンバーには適当な理由をつけて練習場に行くことを伝えた。
カーティスも一緒なことにはアランが愚痴を零していたけど、こればっかりはしょうがない。
アンタはリリアナちゃんとイチャイチャしながら書類業務をやっていてくれ。
ローラス君は……まあ、頑張って。
教室棟から少し離れた場所にある練習場に着くと、カーティスが普段彼女をよく見かける所まで案内してくれた。
タイミング良く、彼女はそこにいた。
「……確かに、声をかけにくいですね」
マリアちゃんはカーティスが言っていた通り、血走った目で剣を振るっていた。
何かに取り憑かれたように剣を振る姿を見て、私は思わずゾッとしてしまう。
「いかがなさいますか、ロベル様」
「このまま戻っても良いのですが……せっかくですし、マリアさんと話をしてみましょう」
ゆ、勇気あるなぁ、ロベル君。
私だったらさっさと退散しようって言ってるところだよ。
「よ、よろしいのですか?」
カーティスもそんなことを言われるとは思っていなかったのか、目を丸くしていた。
「はい。遅かれ早かれ彼女に話を聞くことになりそうですし、こういった心配事は早めに解決した方が良いですからね」
ロベル君の言っていることはわかる。
わかるけど、今じゃなくてもいいよね?
マリアちゃんが練習場を出た後とか、明日の練習場の開放時に話しかければいいんじゃない?
正直、あのマリアちゃんに話しかけたくないんだけど。
「……わかりました。ロベル様がそう仰るのであれば、私は構いません」
ちょっと、カーティスも止めてよ!
さっきはロベル君がマリアちゃんに傷つけられるかもしれないとか言ってたくせに!
「ですが、油断なさいませんよう。今、彼女が手に持っているのは『神聖剣』です」
えっ、あの剣が?
私はもう一度マリアちゃんを見た。
彼女の手に握られている剣は全体的に白いことを除けば、練習用の鉄剣と見間違えてしまいそうな見た目をしていた。
ゲームでも見てるはずなんだけど、あんな見た目だったかな?
もっとこう、神秘的な感じだったと思うんだけど……。
「ご忠告ありがとうございます。万が一にも何かあれば、逃げられる距離で会話しようと思います」
「その方がよろしいかと」
物騒な会話をしながらも、私達はマリアちゃんに近づいた。
「マリアさん」
ロベル君がそう呼びかけると、マリアちゃんの身体がピタリと止まった。
そして、彼女はゆっくりとこちらを振り返る。
近くで見ると、白目が真っ赤に充血しているのがハッキリとわかって余計に怖い。
彼女の可愛い顔がそれだけで台無しになっていた。
「……会長さん?」
しばらく間を置いて、マリアちゃんが口を開く。
その瞬間、今にも襲いかかられそうな雰囲気が消えた。
「どうしたんですか?」
マリアちゃんが剣を持つ手を降ろし、首を傾げた。
さっきまでのが嘘みたいに、今は普段通りの可愛らしい彼女だ。
襲いかかられなかったのにはホッとしたけど、これはこれで怖い。
剣を振っていた時とは全く別人みたいで、どちらが本当の彼女なのかわからなくなってきた。
「邪魔してしまって申し訳ございません。随分と熱心に剣の練習をしていらっしゃいましたね」
「あ、見られてましたか。まだまだ未熟なものですからもっと頑張らないと、と思いまして」
ロベル君の当たり障りのない質問に、マリアちゃんは恥ずかしそうに答える。
このやりとりを見ても、いつも通りのマリアちゃんだ。
さっきまでのは実は私の見間違いで、彼女自身は何も変わってないんじゃないかな?
私はそう思った。
でも、ロベル君やカーティスは警戒を解いていなかった。
「それで、私に何か御用ですか?」
マリアちゃんは可愛らしい笑顔でそう尋ねる。
しかし、その手には剣が握られたままだ。
この世界では、刃のついた本物の剣を握りながら会話をすることは緊急時や戦闘時では無い限り礼儀知らずと見なされる。
剣を握りながら会話するということは「話している相手を警戒しています」と言っているようなものだから。
これは上流階級の人達のマナーだから、平民のマリアちゃんが知らないのは当然……とは言えない。
何故ならこの学校では平民向けのマナー講座があって、彼女もそれを受けているから。
その講座の講師をやっているユリウスから、マリアちゃんも講座を受講していることを聞いているので間違いない。
それなのに、彼女は剣を握っている。
偶然忘れてしまっているだけ?
真面目で礼儀正しい彼女に限って、そんな大切なマナーを忘れたりするだろうか?
「大した用事では無いのですが、マリアさんがここで剣の練習をされていると聞きまして。様子を見に来たのですよ」
ロベル君が笑みを浮かべてそう答える。
彼も彼女の行動を疑問に思っているに違いないのに、それを感じさせない笑顔だ。
でも、マリアちゃんから距離を取っているから、警戒しているのだとわかる。
「わざわざそんな……私なんかに、会長さんが気をかける必要なんてありませんよ」
マリアちゃんは笑顔のままでそう言った。
顔は笑顔なのに、その言葉には裏がありそうで。
暗に「話しかけてくるな」と言っているような気がしてしまう。
考え過ぎかもしれない。
だけど、私の知ってるマリアちゃんが「気にかける必要はない」なんて言うとは思えない。
ロベル君を気遣う言葉をかけて、「気にかけてもらえて嬉しい」とか言いそうなのに。
「マリア・カモミール。せっかくロベル様が気にかけてくださっているのにその言い方は……」
「カーティス様。私は気にしておりませんから、大丈夫ですよ」
「しかし、彼女の態度はあまりにも……!」
その時だった。
「――何してるんだ、お前ら」
気だるげな男性の声が近くから聞こえてくる。
この声は……。
「ネペンテス先生。何故こちらに?」
振り返ると、ネペンテス先生が立っていた。
相変わらずくたびれた白衣を着て、胡乱な目をこちらに向けている。
「俺? 俺は練習場使ってる奴らが怪我してないか見に来たんだよ。たまに派手に怪我する奴がいてな。こうして見回りしてすぐに手当できるようにしてるんだよ」
ふーん。ネペンテス先生、意外と真面目に仕事してるんだね。
ゲームだとサボってる印象しか無かったから、ちょっと意外だ。
彼はマリアちゃんを見ると、苦笑いを浮かべた。
「おいおい、マリアちゃん。剣を持ちながら話すのは危ないぞ?」
ネペンテス先生はさっきまでのマリアちゃんを知らないから、笑顔でそんなことを言った。
私は内心とてもハラハラしていたのだけど……。
「あっ! そ、そうですね。すみません!」
マリアちゃんはすんなりと頭を下げて謝った。
でも、彼女が頭を下げているのはネペンテス先生にだけ。
私達の方には見向きもしなかった。
「謝るんだったら俺の業務手伝ってくれよ。保健委員だろ?」
「今は休みですよ? 生徒を無理やり使おうとしないでください」
二人は和気あいあいと話している。
ネペンテス先生とマリアちゃんが親しいのは別にいい。
しかし、ネペンテス先生が彼女の態度を注意しないのには引っかかった。
さっきまで彼女が私達と話していたのを見ていたはずなのに、彼女が私達に謝らないことを指摘もしないなんて、職務怠慢じゃないだろうか。
「ネペンテス先生、一体どういう……」
ネペンテス先生を問い詰めようと口を開いたカーティスを、ロベル君が制した。
彼はカーティスに向かって小さく首を振る。
「……今は事を荒立てず、引きましょう」
ロベル君は小声でカーティスにそう伝える。
カーティスも小声で、けれど怒気をはらんだ声で反論した。
「しかし、あの贔屓するような態度は」
「彼女の変化に彼が関与している疑いがあります。下手に刺激するのはまずいでしょう」
その言葉に、カーティスが押し黙った。
まさか、ロベル君はネペンテス先生がマリアちゃんに何かしたと思ってる?
「ここで会話をするのは危険です。ここは一旦引いて、今後を話し合いましょう」
「……わかりました」
カーティスの返事を聞くと、ロベル君はネペンテス先生達の方を向いた。
「我々は生徒会業務が残ってますので、これで失礼させていただきます」
「おお、そうか。こんな長期休みの時にまでお疲れさん」
「マリアさんも、お邪魔してしまって申し訳ございません」
「いえ……」
ネペンテス先生は明るく返してくれたのに、マリアちゃんは素っ気なかった。
ここまで来ると露骨に避けられているのがわかって、何だかモヤモヤしてくる。
今まで仲良くやれていたと思っていたのに……。
結局、私達はマリアちゃんの変化を認識しただけで、その原因がわからないまま生徒会室へと戻ったのだった。
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