第26羽 その後にどんな不幸が訪れるかわからないから
ビアンカさんが目覚めた日の翌日。
夏休み中だけど、私達は生徒会業務で学校に来ていた。
「ロベル様。お昼をご一緒させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
お昼休憩に入る直前、カーティスにそう話しかけられた。
ちなみにローラス君を除く生徒会メンバーには私が「黒の聖女」であることや人の姿になれることはまだ内緒にしている。
一緒に「魔王」と戦う時までには教えるつもりだけど、昨日の今日だから私にまだ彼等に打ち明ける心の準備ができていない。
「構いませんよ」
「ありがとうございます。では、今日は天気も良いですし、中庭に行きましょう」
この会話だけだと、カーティスがただロベル君と一緒に昼食を取りたいがために誘っただけのように聞こえる。
でも、ロベル君を誘った時のカーティスの顔は真剣で、ただならぬ様子だった。
ロベル君もそんな彼の様子に気づいているようで、移動中、彼らの間に会話はなかった。
中庭に着くと、休み中ということもあってか人気がなかった。
部室棟の方は部活中の生徒達で溢れてるけど、生徒会室や中庭は教室棟にあるせいか建物内からも人の声は聞こえない。
「……誰もいないようですね」
カーティスは周囲を見回し、誰もいないことを確認していた。
やっぱり、彼はロベル君と誰にも知られないように話がしたかったらしい。
「このような形でお呼び立てしてすみません」
「いえ。カーティス様に命じられれば、いつでもどこでもお供致します」
「そんな、ロベル様のご迷惑になるようなことはしません!」
相変わらず、どっちが目上なのかわからない会話してるな。
ロベル君がこの国の第二王子であるカーティスに対して敬語なのはわかるけど、カーティスは別に敬語じゃなくていいのに。
「ところで、私に何か御用でしょうか?」
「ああ、失礼しました。実はマリア・カモミールについてお話したいことがございます」
「マリアさんのことですか?」
「はい。立ち話もなんですから、ベンチに座って食べながらお話しましょう」
私達はベンチに腰掛け、お弁当箱を開ける。
カーティスも同じようにお弁当を広げた。
王子様なのにお弁当を持参してるなんて初めて見た時は不思議に思ったけど、最早見慣れた光景だ。
カーティスはロベル君と同じように昼には弁当を食べてみたいと、王宮お抱えのシェフに頼んで作ってもらっているらしい。
チラリと見えたお弁当の中身が、高級食材ばかりだったのには目を瞑ろう。
下手したら貴族向けの学食メニューより高いぞ、カーティスの弁当。
「ロベル様は私とマリア・カモミールが同じクラスであるのはご存知ですよね?」
「はい。カーティス様はマリアさんと親しいのですか?」
そういえば、ゲームでもヒロインはカーティスと同じクラスになるんだよね。
カーティスルートだと夏休み前までに親しくなってたはず……。
「いえ、そこまで親しくはありません。挨拶はしますが、会話をするような仲ではないです」
なんだ、親しくないのか。
マリアちゃんがカーティスルートに進んだのかと、ちょっと期待しちゃったじゃん。
まあ、ゲームの世界じゃないからルートとか関係ないか。
ここから先、マリアちゃんとカーティスが恋仲になる可能性はゼロじゃないよね。
「親しくはないのですが……実は、先日練習場で彼女を見かけまして」
「練習場」というのは名前の通り、生徒が自由に剣術や魔法の練習ができる場所だ。
この学校では実技の授業もあるから、そこで練習する生徒は多い。
休み中も開放されていて、カーティスも剣術の練習のためにそこを利用したようだった。
てか、王宮にもっと良い稽古場があるのにわざわざ学校で練習するんだ。
「カーティス様も練習場を利用していらしたのですね」
「はい。他の生徒の剣術を見ることができるので時々利用させていただいてます」
「マリアさんもよく利用していらっしゃるのですか?」
「そうですね、私が行く時には彼女もいることが多いです。しかし、先日の彼女は少し様子が変でした」
「……変だった、とは?」
カーティスはもう一度周囲を見回してから、囁くような声で言った。
「私が見た時、彼女は一心不乱に剣を振っていました。その様子があまりにも鬼気迫るものでしたので、とても話しかけられる雰囲気ではありませんでした」
「……失礼ですが、それのどこが変なのでしょうか?」
その話だけ聞くと、別に変ではないような気がする。
マリアちゃんは一生懸命練習してただけなんじゃないの?
鬼気迫る様子だったのも真剣そのものだったからじゃないかな?
「普段の彼女は見ていて微笑ましいくらいの一生懸命さだったのですが、あの時は……その……」
カーティスが言い淀む。
いつもはっきりと物事を伝えてくる彼にしては珍しい態度だった。
「カーティス様、気になることがあれば何でも仰ってください。どのようなことを仰っても私は信じますから」
「……ありがとうございます、ロベル様」
ロベル君の言葉を聞いたカーティスは、ゆっくり深呼吸してから口を開いた。
「あの時の彼女は血走った目で宙を睨み、何も無い空中を切りつけるかのように剣を振るっていて、まるで憎しみに狂う怪物のようでした。話しかけた瞬間、その剣で切りつけられてしまうのではないかと思ってしまうほど、彼女の目からは理性が感じ取れなかったのです」
そう言った後、カーティスの顔は青くなっていた。
その時の状況が余程怖かったのか、思い出しただけで彼の身体は震えている。
いつもなら「大男が少女にビビってやんの」と笑い飛ばしてる。
でも、この時は笑い飛ばせるような気分になれなかった。
マリアちゃんが関わっているからなのか、やけに嫌な予感がするんだよね。
なんて言うか、雀の勘ってやつ?
「信じていただけないかもしれませんが、これから共に『魔王』と戦うことになる彼女の変化はロベル様にお伝えするべきだと思いまして」
「そうでしたか……」
ロベル君は顎に手を当てて考え込んでいた。
そんな姿もカッコイイ……と、そんなことを思っている場合ではない。
ロベル君が考え込むってことは、彼もカーティスの話を信じているんだよね。
そして、私と同じように嫌な予感がしているんだ。
「カーティス様。今日も練習場は開放されていますよね?」
「はい。今日は夕方まで開放されているはずです」
「マリアさんはいらっしゃると思いますか?」
「可能性は高いかと。彼女は部活動には入っていないはずですし、かなりの頻度で利用しているようですから」
「ありがとうございます。では、練習場に行ってみます」
「えっ、今から行かれるのですか?」
驚くカーティスに、ロベル君は首を横に振る。
「いえ、まずは昼食を取ってからにします。マリアさんも今は昼休み中かもしれませんから」
「では、午後の業務前に行かれるのですね」
「はい。業務に支障が出ないよう早めに戻ってくるつもりですが、他の皆さんにも一度抜けることを伝えておきましょう」
そう言って、ロベル君はお弁当を食べ始める。
早めに食べ終わって早く行けば、戻ってくる時間も早くなるからね。
「……もし行かれるのであれば、私もご一緒させてください」
不意に、カーティスがそう言った。
「そんな、カーティス様のお手を煩わせるわけには……」
「いえ、ついて行かせてください。今の彼女は、ロベル様まで傷つけかねませんから」
マリアちゃんがそんなことするわけが無い。
そう言ってやりたかったけど、カーティスがあまりにも心配そうにロベル君を見るから、ちょっと心が揺らいでしまった。
カーティスは本当に、マリアちゃんがロベル君に襲いかかってくると思ってるの?
「……わかりました。お手数お掛けしますが、よろしくお願いします」
そうして、私達はマリアちゃんを探しに練習場へ行くことになった。
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