第25羽 目の前の幸福を噛み締めよう
「まあ、
私達はルーファス君やローラス君をビアンカさんから引き剥がした後、彼女から話を聞いていた。
彼女に倒れる前の記憶があるかどうかの確認のためだ。
「はい。突然倒れた後に寝たきりになっていたとうかがっております」
「まあまあ、本当ですの?」
ロベル君の答えを聞いたビアンカさんがルーファス君達に尋ねた。
「本当だよ」
「俺達はビアンカを目覚めさせるために彼らを呼んだんだ」
「そうだったの……あら、それじゃあお礼を言わなくてはね。助けていただきありがとうございます」
「いえいえ、そんな」
私としては何か特別なことをした感じはしないから、感謝されるとちょっと恥ずかしい。
元気になって欲しいって祈っただけだからね。
「本当にありがとうございます、スズさん」
「会長さんやシーボルト君もありがとね」
「我々の方こそ、協力いただきありがとうございます」
「俺は別に、何もしてないです」
いやいや、シーボルト君も充分活躍してくれたよ。
「シーボルト君の助言がなかったら、ビアンカさんを助けられなかったかもしれない。だから、何もしてないなんてことは無いよ」
「……ス、スズさんにそう言われると困るんですけど」
「シーボルトさん、感謝の言葉は素直に受け取るべきですよ。特に、スズという魅力的で素晴らしい女性から感謝された時は」
最後の一言は絶対に余計だよ、ロベル君。
私だけじゃなくて、誰かに感謝されたら素直に「どういたしまして」とか言うべきでしょ。
「あの、皆様はどういった方達なのですか?」
「私達はルーファスさんやローラスさんの通う学校の生徒です」
「学校の生徒……? お医者様や司祭様ではなく?」
確かに、ビアンカさんにとっては不思議だよね。
この世界で怪我人や病人を治療するのは、医師や回復魔法の使える司祭といった職業の人達だ。
寝たきりになっていた自分を治療するのに呼ばれたのが学生だって言われたら、誰だって首を傾げるよ。
まあ、実際に治したのは私だから、学生ではないんだけど。
「ビアンカの状態を救うには、普通に治療してもらうだけじゃダメだったんだ」
「では、どのような治療がされましたの?」
「そ、それは……えっと」
ルーファス君がチラリとロベル君を見る。
「全て教えてしまっても構いませんよ」
「えっ、いいの?」
「はい。ただし、彼女を巻き込むつもりがないなら、話さない方が良いとは思いますが」
ロベル君の返答に、ルーファス君は黙り込んでしまった。
ビアンカさんに隠し事はしたくないけど、「魔王」との戦いには巻き込みたくない……そう思っているのかもしれない。
「『巻き込む』とはなんですの? もしや、お兄様達は何か危険な目に遭っていらっしゃるの?」
「いや、危険な目に遭っているわけじゃないよ」
「では、何故私に行われた治療について教えてくれませんの? 私はどなたから、どのような治療を受けましたの?」
その質問に、ルーファス君もローラス君も口を噤んだ。
その質問の答えは、二人には言えないよね。
それを話してしまうと、ビアンカさんを危険な目に遭わせてしまうかもしれないから。
「ねえ、どうして何も仰ってくださいませんの?」
「……そ、れは」
「私が眠っている間、お兄様とローラスに何がありましたの?」
「別に、変わったことは特にはないさ」
ローラス君がそう言うと、ビアンカさんは彼を睨んだ。
「嘘。変わったことだらけだわ。この部屋も私の部屋ではありませんし。それに何より、お兄様もローラスも変わってしまっているではありませんか」
ビアンカさんの目に、涙が浮かび始める。
「お兄様はつなぎ姿で薄汚れた格好になっていらっしゃいますわ。倒れる前までは、貴族らしい格好をしてらしたのに。ローラスに至ってはあんなにヒョロヒョロしていたのに、こんなに逞しい身体になってます。私が倒れてから経った時間を考えれば変わっているのは当然ですけど、でも、それでも変わり過ぎだと感じてしまいますわ!」
そう
彼女が倒れたのは今から7年ほど前。
二人のあまりの変わりように驚いてしまうのも無理はない。
それに加えて秘密にしていることがありそうだとなれば、不安がさらに高まってしまうよね。
「ローラスはビアンカが倒れてから身体を鍛え始めただけで、僕はビアンカを助けようと色々研究するようになっただけだよ」
「私を助けるための研究……? 私の状態は元来の治療では治せないほど酷かったのですか?」
ルーファス君が「しまった」という顔をする。
「でも、そうですわよね……私が倒れてから何年も経っているのですから」
ビアンカさんが二人の顔を見て考え込む。
「……お二人共、とても苦労していらしたのね。きっと私を連れてお家を出たのではありませんか?」
「どうしてそれを……」
「あら、私は馬鹿ではありませんもの。ここが自宅でないことも、このお家にお父様もお母様もいらっしゃらないのはわかります。もちろん、ローラスのご両親もいらっしゃらないのでしょう?」
「……ああ、そうだよ」
「ふふ、やっぱり」
ビアンカさんがクスクスと笑う。
そんな彼女をルーファス君とローラス君は苦い顔で見ていた。
「きっと、皆さん私のことを諦めてしまったのでしょうね。でも、お兄様とローラスだけは諦め切れなかった」
えっ!?
な、なんでビアンカさんがその事を……?
「本当に、ビアンカの勘は鋭いね」
「当たってましたか?」
「ああ。やっぱり、ビアンカにだけは隠し事はできないな」
二人は自嘲するように笑った。
そして、間を置いて語り始めた。
「ビアンカ。今から話すことは君も危険に晒しかねない。それでも聞くかい?」
ルーファス君の言葉に、ビアンカさんは頷いた。
「覚悟はできておりますわ」
「わかった」
ルーファス君達はビアンカさんに全てを話した。
自分達が「魔王」を復活させようとしていたことも、「
聞き終わったビアンカさんは、悲しそうに目を伏せていた。
「そう……お兄様やローラスは罪を犯してしまったのですね」
「ビ、ビアンカさん。ルーファス君達は誰かを傷つけるようなことはしていませんし、我々も彼らを利用していたところがあるので……その、そんなに責めないであげてください」
私はビアンカさんにそう言った。
強制的に仲間に加えて協力してもらったんだから、私達が彼らを利用したと言ってもいい。
「お優しいですのね、スズさんは。しかし、罪は罪です。お兄様達は罰を受ける必要があります」
「そんな……」
「いいよ、スズさん。僕達が罪を犯したのは事実だもの」
「ルーファスの言う通りだ。罰を受ける覚悟もできてる」
二人にそう言われると、もう何も言えなくなる。
でも、彼らは初めこそ「魔王」を復活させようとしてたけど、後からは「魔王」を消滅させるのに協力してくれてた。
それなのに、罰を与えるのは……。
「アコナイト様」
ビアンカさんがロベル君のことを呼んだ。
「何でしょう?」
「アコナイト様のご計画に、お兄様やローラスが携わっていたようですが、二人は役に立っておりましたでしょうか?」
「ええ、もちろんです。彼らのおかげで私達の計画は順調に進みました」
「ですが、まだ『魔王』は消滅できていないのでしょう?」
「はい」
ビアンカさんの質問に、ロベル君は笑顔で答えていた。
彼女からの突然の質問に驚いている様子もないし、彼は彼女が何を言おうとしているのかわかってるんだろうか?
「それではお聞きしますが」
ビアンカさんは前置きしてから、こう切り出した。
「アコナイト様のご計画に、まだ二人の力は必要でしょうか?」
そう尋ねたビアンカさんは、真剣な目でロベル君を見つめている。
一方、彼は優雅な微笑みを浮かべていた。
「はい。御二方に協力していただけるのであれば、これほど心強いことはありません」
動じることなく堂々と、ロベル君はそう答えた。
もしかして、ビアンカさんにそういう質問されるのがわかってたの?
「……そう言い切られてしまっては、止めようがありませんわね」
ビアンカさんは小さくため息をつくと、再びルーファス君達の方を向いた。
「お兄様、ローラス。今回の件でお二人が罰を受けるのはまだ早いようですわ」
「……ビアンカはそれでいいの?」
不思議そうな顔をするルーファス君に、ビアンカさんは微笑んだ。
「そもそも、罰を与えるのは私ではありません。裁判で刑罰が決まります。今回の件をどう判断なさるかは、司法が決めることですわ」
……ビアンカさんって、確か10歳になる前くらいに倒れたんだったよね?
そんな子供が司法の仕組みとか知ってたの?
私が小学生の時に、「司法」なんて言葉を会話で使ったことなんてあったかな……?
「それに、まだお二人はアコナイト様に必要とされているようですわ。それなのに、私がご計画を邪魔するような真似はできません」
「ビアンカ……」
「ですから、頑張ってくださいませ。これから先、この世界が『魔王』によって壊されないように、アコナイト様のご計画に協力してください」
驚いて固まっている二人に、ビアンカさんはクスクスと笑った。
「もちろん、お二人にそのお気持ちがあるのであればですけれど」
「あ、いや、そのつもりはあったけど……」
「俺達はむしろ止められるものだと……」
「確かに悪いことであれば止めたかもしれませんけど、お二人がやられていることは世界を救うことに繋がるのでしょう? でしたら、止めませんわ」
ビアンカさんは二人の手に触れた。
「今まで支えていただいていた分、これからは私がお二人の支えになりますわ。ですから、お二人共、無理はなさらないでくださいませ」
「ビアンカ、君って奴は……」
「……本っ当に、最高の妹だよ!」
ルーファス君とローラス君はまたビアンカさんに抱きついた。
「きゃあ! んもう、だから抱きつくのはやめてください!」
その後は終始和やかな雰囲気のまま、私達はルーファス君達と別れた。
彼らは今後、家に帰ってビアンカさんが回復したことを両家に報告するつもりらしい。
彼女を連れて家を出ていった二人をお家の人達がどう思うかはわからない。
でも、彼らが幸せになってくれるといいな……。
「スズ、お疲れ様」
そんなことを考えながら帰りの馬車を待っていると、隣にいたロベル君がそう話しかけてきた。
「ありがとう。ロベル君もお疲れ様」
「はは、ありがとう。でも、スズほどじゃないよ。今日は君にとって大変な一日だっただろうからね」
「まあ、確かにね」
思い返してみると、今日一日で色んなことが起きた。
私は人の姿になって凄い力が使えるようになり、ビアンカさんを回復させた。
そんな彼女はルーファス君達のやってきたことを知った上で、支えになると言ってくれた。
色々起こりすぎて、何だか疲れちゃったよ。
「でも、この後、お父様と兄様に今のスズの姿を見せなくちゃいけないよ」
「あー、そうだね。大丈夫かなぁ……」
「不安なら明日でも良いだろうけど、多分お父様にはプラムさんから報告がいっているはずだよ」
「そうなると、ほぼ必然的に見せなきゃいけなくなりそうだね……」
疲れたから早く休みたいのにな……。
そんな考えが私の顔に出ていたのか、ロベル君がクスッと笑う。
「僕もいるから安心して。お父様や兄様にスズが嫌がるようなことは絶対にさせないから」
「二人ともロベル君に怒られたら死ぬほどへこみそうだね」
そんな会話をしながら、私達は家へと帰った。
しかし、私達は知らなかった。
私たちの気づかないところで、恐ろしい計画が着々と進んでいたことを。
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