第30話 シーボルト・プリムラは後悔する

 何でこんな能力を持ってるんだって、子供の頃からずっと思ってた。

 物心ついた頃から、俺は既に他人の本性が見えていた。

 あまりに小さい時の話なので俺自身は覚えていないのだが、当時は親父のところに来た人を見ては大声で泣き出して、泣き止ませるのが大変だったのだとか。

 泣き出した理由は、多分親父のところに来た人達の後ろに本性が見えていたからだろうな。

 この比較的裕福な町で教会に救いを求めてくる人なんて極一部だ。

 そもそも親父は高位の神父だから、かなり豪華で煌びやかな建物で仕事をしている。

 それこそ、貴族や裕福な商人みたいな金持ちの相手をしていることが多かった。

 奴らは腹に一物あるような輩ばかりだ。

 それを表では上手く隠して他人と付き合っているような奴らだから、裏の顔との差が激しがったんだろう。

 小さかった俺には耐え切れるものではなかった。

 まあ、今となっては良い思い出だ。

 幼い頃からずっと人の汚い部分を見てきた俺は、もう他人の表裏が激しくても動じないようになっていた。


 だけど、入学式の日。

 あまりにも有り得ない光景に、俺は動揺した。

 登壇してきた生徒会長の肩にとまる一羽の雀。

 そもそも何で雀を連れているのかという疑問が浮かばなかったわけではないが、俺にはそれよりも気になることがあった。

 その雀の背後に、女性の姿が見えていたのだ。

 その人は、小さい頃に一度だけ見た肖像画の女性に似ている気がした。

 その女性が俺にしか見えないのは周囲の反応でわかった。

 どうやら、俺の能力で雀の本性が見えているようだった。

 そんなの、有り得るわけがない。

 俺の能力は動物には効かなかった。

 だから、幼少期は人間よりも動物達と一緒にいる方が多かった。

 他人の腹黒い部分を見ているより、動物達と戯れている方が気が楽だったからな。

 それなのに、あの雀は見える。

 しかも、人間の姿で。

 もしかするとあの雀は元人間で、生徒会長によって姿を変えられてしまっているのでは……?

 そんな突拍子の無い考えが浮かび、俺は雀から目が離せなくなっていた。

 生徒会長の肩にとまる雀を見ていたのに、他人からは生徒会長を見ていると思われていたらしい。

 正直、生徒会長は苦手だ。

 最初は人を動物に変えて連れ回してるヤバい奴だと思っていたからだけど、それは後から俺の勘違いだとわかった。

 だが、それを抜きにしても、俺は会長が苦手だ。

 会長は本性が見えない。

 いや、見えてはいるんだ。

 会長は、見えている本性の顔が実際の顔と変わらない。

 裏表のない素直な人?

 そう思えれば良かったが、そんな人間は見たことが無かった。

 本性すら隠せるような人間がいるんじゃないかと疑った。

 だから、俺は会長を信じられなかった。

 今は疑いが薄れてきて少しくらい信用しているけど、やっぱり苦手意識は消えない。


 ……てか、会長はどういう訳か、俺にあの雀――スズさんとの仲を見せつけてきているんだよな。

 スズさんと仲が良いのは見りゃわかる。

 わかり切っているからこそ、見せつけられるとイラッとする。

 俺はスズさんに好かれてないんだぞ?

 そんな俺への当てつけか?

 俺だって、スズさんと楽しく会話したい。

 モフモフの身体を触ってみたい。

 羽根も良いけど、あの後ろ姿の……いや、これ以上はやめよう。

 自分が変態だと認めることになりそうだから。


 それはともかく。

 俺は偶然にも会長やスズさんの秘密を知り、協力する羽目になった。

 その過程で知り合った人々は一癖も二癖もある奴らばかりだったけど、悪い人達ではない。

 とはいえ、色々と隠し事の多い人達ではあるが。

 ちゃんと本性が見える分、会長よりかはマシだ。

 そんな彼らと付き合っているうち、マリアさんとの昼食会が中々できなくなっていた。

 でも、元々そんなに頻繁にやっていたわけではない。

 入学当初こそ一人で寂しそうに食っていたマリアさんだったが、次第に友人が増えたようで最終的には俺との昼食会は週に一回程度に落ち着いていた。

 その週に一度の昼食会さえ一ヶ月くらいできていなかったから、俺はその間マリアさんに会っていなかった。

 それを後悔したのは、久しぶりにマリアさんに会おうと教室を訪れた時だった。


「マリアさん、いないんですか?」


 久々に時間が取れた俺は、昼休みになると同時にマリアさんのいるクラスに足を運んだ。


「ええ。保健委員の仕事があるんですって」

「そうですか……」


 今日はタイミングが悪かったのだろう。

 そう思って、また数日後に会いに行った。

 だけど、その日も会えなかった。

 また別の日に会いに行っても、そのまた別の日も、結果は同じ。

 クラスの人に理由を聞いても、「委員会の仕事が忙しいみたい」としか教えてくれなかった。

 その人達も詳しいことは知らなかったのかもしれない。

 俺は首を傾げながらも、マリアさんを疑うことはしなかった。

 彼女は優しい人だから、頼み事を断れないのだろう。

 そう考えていた。

 でも、五回目に会いに行った時にも、彼女はいなかった。

 その瞬間、俺の頭に「もしかして避けられてる?」という疑念が浮かんだ。

 会いに来るタイミングはズラしている。

 昼休みだけじゃなく、朝にも会いに行った。

 五回目は放課後、授業が終わった直後に走ってまで会いに行った。

 それなのに、彼女はいなかった。

 授業には出ていたと聞いたから、俺が来るより先に教室を出ていったのだろう。

 それほどまでに委員会の仕事が忙しいなんてことがあるのか?

 俺と同じクラスにいた保健委員に話を聞いてみたが、仕事なんてほとんどないと言っていた。

 一年生だからではなく、上の学年でも毎日忙しそうにするほどの仕事はないそうだ。

 では、何故マリアさんは委員会の仕事だと言ってすぐに教室からいなくなってしまうのか?

 俺が何かしたから、避けられてる?

 その考えを俺は頭から振り払った。

 マリアさんに限って、そんなことはないだろう。

 俺が会長に色々言った時も叱ってくれたし、俺が何かしたなら注意してくれるはず。

 それも無しに俺を避けるだけなんて、そんなことをするはずがない。

 そんな思いから、俺はこのことを深く考えないようにした。

 俺が人にあまり言えないことで忙しいように、マリアさんも何か事情があって忙しいのだろう。

 そうやって無理やり納得することで、気持ちの整理をつけた。


 五回目に会いに行った後すぐに試験が始まったため、俺はまたマリアさんに会えなくなった。

 俺が彼女の今について知ったのは、休みが始まった直後だ。

 会長の話を聞いて、俺は彼女に避けられていたことを認めざるを得なかった。

 彼女が俺を避けていたのは、会長とつるんでいたからなのか?

 それとも、やっぱり俺が何かしたからか……?

 そんなことを考えながら、俺は帰途についていた。

 親父に用事があるから先に帰っていて欲しいと言われたので、今は一人だ。

 一人だから、こんな後ろ向きな考えになるんだろうな。

 直接マリアさんに聞けたら良かったんだが、今の彼女に話しかける勇気は……。

 ふと周囲に目を向けると、少し離れた場所にとある人物を見つけた。


「……っ! まさか、マリアさん?」


 それは、マリアさんだった。

 俺に背を向けていたが、ちらっと見えた横顔は間違いなく彼女だった。

 彼女は歩きながら、隣にいる人物に何か話しかけている。

 その隣の人物も、俺が見た事のある人だった。


「隣は養護教諭の……確か、ネペンテスとかいう先生か?」


 何故、生徒と先生という関係の二人が仲睦まじそうに歩いているのだろう?

 不思議に思い、もっと良く見ようと目を凝らした時。


「ひっ……!」


 俺の口から悲鳴が漏れた。

 ネペンテス先生の本性を目にした瞬間、俺は堪えきれないほどの恐怖を感じた。

 彼の本性は、真っ黒だった。

 人の形を成しているが、まるで濃い影のように全身真っ黒の何かが見える。

 その黒い何かは真っ赤な口を持ち、それは三日月のように弧を描いていた。

 笑っている……のか?

 何故? 何に対して笑ってるんだ?

 まさか、ネペンテス先生はマリアさんに何かしている?

 そうだとするなら、止めないと……!

 しかし、俺の足はそれ以上動かなかった。

 彼らに近づこうとした瞬間、マリアさんの本性も見えたのだ。

 いつもニコニコと笑っていた彼女の本性が、今は無表情だった。

 彼女の横顔は笑っているように見えるのに、本性は笑っていない。

 どんな人間の本性の姿も、何かしらの表情を見せている。

 本性とは人が抱く本来の感情だと思っている。

 普段無表情の人でも、本性では表情豊かなのだ。

 だから、本性に表情が無いのは、彼女が心の底から何一つ感情を抱いていないことを意味していた。

 それの歪さに気づいたら、俺はもう逃げ帰ることしかできなかった。

 どこをどうやって通ってきたかもわからないくらいがむしゃらに走って、家に帰った。


「……一体、マリアさんはどうしたって言うんだよ!」


 俺はただ自分の不甲斐なさを嘆くことしかできなかった。

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