第31羽 ゲーム通りとは限らない

 皆がマリアちゃんの周りを調べてくれたおかげで、すぐに色んな情報が入ってきた。


 まず、マリアちゃんは最近、友達付き合いが悪くなっていたこと。

 彼女には仲の良い友達が数名いた。

 その人達の話では、いつもなら遊びの誘いをすると必ず了承してくれていたのに、ここ一ヶ月くらいは誘っても断られ続けていたそうだ。

 当人達はただ忙しくなって遊べなくなっただけだと思っているみたいで、彼女が変わったと思っている人はいなかった。


 次に、マリアちゃんが保健室に入っていく姿を結構な数の生徒が目撃していること。

 中には保健室でネペンテス先生と親密な感じで話をしている姿を目撃した子もいた。

 このことから、マリアちゃんは頻繁に保健室に出入りして、ネペンテス先生と親交を深めていたことが推測された。


 最後に、シーボルト君からもらった情報によると、どうもマリアちゃんは学外でもネペンテス先生と出歩いているらしい。

 生徒と先生が二人きりで出歩くのは外聞がよろしくないと思うのだけど、彼らがそれを気にしている様子はなかったみたいだ。

 でも、シーボルト君はその様子を語っている時に気になることを言った。


「ネペンテス先生は……やばいかもしれない」

「それはどういう意味ですか?」

「あの人の本性は真っ黒だ。何かどす黒い感情に支配されているのか、人の形を成した化け物みたいな本性してた」


 シーボルト君が自分の能力に関する話をするのは久しぶりだった。

 あまり能力のことを話さないようにしているみたいだったけど、話したくないものを話さなければいけないほど深刻なのかもしれない。


「それに、マリアさんの本性も……何か、おかしなことになってた」

「おかしなこととは?」

「無表情だったんだよ、マリアさんの本性」


 それを話している時のシーボルト君は暗い顔をしていた。


「普通、本性が無表情だって言うのは有り得ない。人間誰しも色々な思いを抱きながら生きてるんだ。どんなに無表情な人間でも、心の中では色んな感情を抱いてる。それなのに、今のマリアさんは何も思っていないんだ」


 ――まるで、人形みたいに。


 シーボルト君は最後に、消え入るような声でそう言った。

 その日、彼はそれだけ伝えて去っていってしまった。

 かなりショックを受けているように見えたけど、あのまま帰して大丈夫だったかな……。

 その時のことを思い返していると、不意にロベル君が話しかけてきた。


「シーボルトさんのことを心配してるの?」


 私達は今、ロベル君の部屋で手に入れた情報を文字に起こしていた。

 ペンを動かす手を止めて、彼は机の上にいる私を見つめてくる。


「チュピ……(随分落ち込んでるみたいだったから……)」

「確かに、相当参ってしまっているみたいだったね。無理はしないように伝えておかないと……それにしても」


 ロベル君は紙にまとめた情報を読み返した。


「まさか、ネペンテス先生が絡んでいるかもしれないとはね」


 情報からして、マリアちゃんがネペンテス先生とよく会っているのは確実。

 加えて、ネペンテス先生の本性が真っ黒だなんて言われたら、彼がマリアちゃんに何かしているのではと思ってしまう。

 でも、彼は攻略対象だ。

 ヒロインの味方であるはずの彼が、彼女に何かするとは思えない。


「スズはネペンテス先生のことをどう思う?」

「チュンチュ(私は、先生のことを信じたいよ)」

「……僕も学園の先生を疑いたくは無いのだけど、シーボルトさんの言っていたことを無視することもできないからね」


 ロベル君の言う通り、シーボルト君の能力は信頼できるものだから無視できない。

 だけど、ネペンテス先生を疑うこともできない。

 ゲームの彼は不真面目な養護教諭だったけど、実はとても生徒想いで優しい先生だった。

 この世界の彼と話したことはほとんどないけど、ゲームの通りならマリアちゃんに何かするような人じゃない。

 ……本当にゲーム通りなら、なんだけど。


「ネペンテス先生を疑うにしても、情報が足りないね。一応、彼の動きにも注意しておくことを他の皆さんにも知らせておこう」


 その時、部屋に扉をノックする音が響いた。

 ロベル君が返事をすると、メイドが扉を開けて一礼する。


「お取り込み中失礼します。ロベル様、プリムラ様がいらっしゃっています」

「プリムラ司祭様ですか?」

「はい。談話室でお待ちになってはと申し上げたのですが、急を要する話だそうで……」


 メイドが話している途中、遠くから走ってくる足音がした。

 気づいたメイドが音の方を向くと、ギョッと目を見張った。


「プ、プリムラ様! ロベル様をお呼びしますのでお待ちくださいと申し上げたはずです!」


 そう言って慌てるメイドを押しのけて、プリムラさんが部屋の中へ入ってくる。

 肩で息をしながらも私達の姿を見つけると、これまた慌てた様子で口を開いた。


「ロベル様、大変です! 捕まえた『裏切り者トレイター』のスパイが殺されました!」

「殺された?」


 それを聞いた瞬間、ロベル君の顔が険しくなる。


「見張りが交代するほんの僅かな時間に殺されたようで……」

「待ってください。何故殺されたと断定できるのですか? 自殺したという可能性はないのでしょうか?」

「それはありません。彼は首を切られて亡くなっていましたが、そばに凶器はありませんでした」

「誰かが持ち去ったのですね」

「ええ。十中八九、犯人が持ち去ったと思われます。監視がついていながらこんなことになるとは……本当にしてやられました」


 プリムラさんが悔しそうに顔を歪める。

 いつも穏やかに微笑んでいる人なのにそんな顔をするなんて、余程悔しかったのだろう。


「他に被害者や目撃者はいないのですか?」

「殺されたのは彼だけです。目撃者もいないようでして、今、教会は犯人探しの真っ最中ですよ」

「そうでしたか……ところで、プリムラ様はどうしてスパイが殺されたことを知っているのですか? 確か、その男の身柄が拘束されていたのは教会の本部で、プリムラ様はそこにはほとんど出向かないとお聞きしたのですが」


 言われてみると確かに変だ。

 プリムラさんは司祭として教会の支部と呼べるような場所で働いている。

 本部からの指示を仰ぐこともあるとはいえ、基本的に支部と本部はやっている業務内容が異なっているらしい。

 だから、様々な地域の教会の人達を集めた報告会がある日以外は教会本部行かないと聞いていた。


「それはマリア・カモミールさんの監視者から何か情報が得られないかと本部に行っていたからですよ。その時に偶然にも事件が起きてしまって、私も一時疑われてしまいました」

「プリムラ様もですか?」

「私は本部勤めではありませんから、部外者扱いなんですよ。アリバイを証言してくださる方もいましたが、念の為にと身体検査をされてから、こちらに伺った次第です」


 教会内でそこそこ上にいるはずのプリムラさんも身体検査をされるってことは、犯人の目星がついてないんだろうな。

 やったのは外部の人間なのか、それとも教会関係者なのか……。


「犯人が見つかり次第またご連絡させていただきますよ」

「よろしくお願いします。マリアさんのことでも何かわかりましたらご連絡ください」


 その言葉に、プリムラさんがハッとする。


「ああっ! そうですよ、そのこともお話せねばならないと思っていたのに私としたことが……!」


 プリムラさんが再び見たことも無いくらい慌て出す。 


「実は、監視役のものが業務をサボっていたようでして」

「と、言いますと?」

「責任者の元に上がってきていた報告書が穴だらけだったんですよ! しかも、明らかに学校にいるはずの時間に町を出歩いていただなんて書いていたり、嘘をつくにしてももっとマシな嘘をついていただきたいですよ!」


 そもそも嘘つくこと自体悪いことだと思うんですけど。

 相当興奮しているのか、プリムラさんは顔を真っ赤にしていた。


「その報告書を見た責任者はどうしていたのですか?」

「それが、その方もろくに報告書を読んでいなかったようで、私が指摘した瞬間に慌て出したのですよ。全く、教会はいつの間にこんなに使えない屑ばかりになったのか……」


 わぁお、プリムラさん口が悪くなってるよ。

 実は、結構ガラ悪いんですかね?

 穏やかなおじ様も昔は不良少年だった……うん、それはそれでアリだな。

 ま、ロベル君の魅力には敵わないんですけど。


「……はっ! 失礼しました。ロベル様の前だというのに見苦しいものをお見せしてしまいました」

「お気になさらず。その現状を聞けばそう思ってしまうのも仕方ないことでしょう。しかし、その監視役は何故サボっていたのでしょう?」

「監視役は役職としては下の方にいる者でしたから、これ幸いとサボっていたのではないかと。学校内には入れませんので、彼女が外に出てくるまで監視役には自由行動させていたようですし」

「そうですか。では、責任者の方は本当に見落としていただけでしょうか?」

「……それはどういう意味ですか?」

「私は誰かが指示してわざと穴だらけの報告書を書かせたのではないかと思います。その報告書を見て見ぬふりしたのも、誰かから指示を受けていたからでは?」


 確かに、監視役がサボって、責任者も職務怠慢で見落としていただなんて都合が良すぎるもんね。

 あえてマリアちゃんの行動が記録に残らないようにしていると考えた方が自然かも。


「……なるほど。つまり、教会の人間と繋がりのある者がマリア・カモミールさんに何かしている、あるいはしようとしている可能性があるわけですか」

「このように大変な時に申し訳ないのですが、マリアさんを監視していた方やその監督者さんにより詳しい話を聞いてきていただいてもよろしいでしょうか?」

「わかりました。殺人事件のこともあってしばらくは本部に近づけないと思いますが、その事で彼らに話を聞けましたらお伝え致します」


 来た時よりも幾分か落ち着きを取り戻したプリムラさんは、そう言って部屋を出ていった。


「チュンチュピ(何だか慌ただしかったね)」

「それくらい大変なことが起きたってことだよ。捕まえたスパイをみすみす殺されるなんて、教会のメンツ丸潰れだからね」

「チュピ?(ロベル君はこの二つに関連はあると思う?)」

「わからない。今のところ繋がりを示す証拠は無いし、ただの偶然かもしれない。でも、それにしてはタイミングが良すぎると思うよ」


 そうなんだよね。

 プリムラさんが本部に行った時に事件が起きるなんて、彼が本部に来るということを知っていた人物が起こした可能性がある。

 でも、その目的は?

 騒ぎを起こして何の意味があるの?


 ……犯人の考えが全く読めない。

 だって、こんなのゲームにはなかった。

 ゲームでヒロインがピンチになるのは「魔王」であるロベル様が魔物をけしかけたり、罠にはめようとしたりした時くらい。

 だから、ロベル君が「魔王」じゃない以上、マリアちゃんが危険に晒されることはないと油断していた。

 マリアちゃんは何に巻き込まれているの?

 一体誰が、何のために……?


「……スズ。今日はもう休もうか」

「チュピ?(え、まだお昼だよ?)」

「午後はゆっくりしようって誘ってるんだ。今日はもう色々起きてしまったから、疲れたでしょう?」


 ロベル君は私の不安な気持ちに気づいていたみたいだ。

 やっぱり、彼は優しいな。


「お昼ご飯を食べたら、久しぶりに部屋で遊ぶのも良いね。ここ最近は忙しかったから」

「チュン!(そうだね!)」


 ロベル君の優しさを噛み締めながら、昼食後は彼とイチャイ……遊んで過ごしたのでした。

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