第32羽 身内だからこそ頼りにくいこともある

 次の日。

 そういえばこの家にはネペンテス先生に詳しそうな人物がいたなと思い、その人の所へやって来た。

 ロベル君が部屋を訪ねると、ちょうど在室中だったようですぐに返事が返ってくる。

 彼が扉を開けると、机に向かっていた人物が顔を上げた。


「おや、ロベルじゃないか! 私に何か用かな?」


 ネペンテス先生に詳しそうな人物とは、ユリウスのことだ。

 ロベル君を目にすると暴走するユリウスのお目付け役として、ネペンテス先生が選ばれていた。

 それなら、自然と関わる機会が多いはず。

 私達はユリウスにネペンテス先生がどんな人物なのか聞くべく部屋にやって来たのだ。


「あっ、もちろん何も用がなくても来てくれて良いんだよ! 私はいつでもどこでも喜んで迎え入れるからね!!」


 相変わらずのブラコンっぷりに、私は思わず顔をしかめた。

 こんなんだから、食事の時以外には会いたくないんだよなぁ。


「それで、今日は私の顔が見たくて来てくれたのかな?」

「いえ、ネペンテス先生のことをお尋ねしたくて来ました」

「そ、そうか……」


 ユリウスは残念そうな顔をしている。

 てか、毎日少なくとも朝と夜には顔合わせてるでしょうが。

 それでロベル君成分が足りないなら、アンタから会いに来れば良いのに。


「でも、何故彼のことを聞きに来たんだい? まさか、彼に何かされたのか!?」

「違います。私達はまだ何もされてません」

「……まだってことは、これから何かされそうなのかな?」


 ユリウスの言っていることは当たらずとも遠からず、という感じだ。

 ネペンテス先生が犯人かどうかはまだわからないけど、かなりその可能性が高い容疑者だから。


「わかりません。もっとも疑わしいのがネペンテス先生であるというだけです」

「彼は一体何の嫌疑をかけられているんだい?」

「実は、マリア・カモミールさんの様子がおかしいのです。調べましたところ、どうも彼女が変わったのはネペンテス先生と関わりを持つようになってからのようでして」

「それで、彼が彼女に何かしていると考えているんだね?」

「はい」

「そうか……とはいえ、私も彼についてそんなに詳しくはないよ」


 ユリウスが苦笑いを浮かべる。


「彼は私のお目付け役みたいなことをしていたけれど、あまり日常会話はしてこなかったから」

「知っている範囲で構いません。ネペンテス先生についてご存知のことを教えてください」


 ロベル君がそう言うと、ユリウスはしばし考え込んだ。


「……彼、あまり自分のことは話さない人でね。お菓子をよく食べていることくらいしか私にはわからないよ」

「では、他に親しい教師がいるということはありませんか?」

「私が知っている限りではいないよ。町に飲みに行かないかと誘われているところを度々見かけるけど、全て断っているようだし」


 ネペンテス先生って付き合い悪いのか。

 確かに、ゲームの印象だと飲み会とか面倒くさがりそうだけど。


「ちなみに私も誘われたことはあるけど、夕食はロベルと食べないといけない、と話したら誘われなくなったよ」

「そんな、兄様が行きたいのであれば、私のことなど気にせずとも……」

「何を言ってるんだ。ロベルと一緒にいること以上に大切なことなんて無いよ!」


 ……きっと、ブラコン過ぎて他の先生達にも呆れられたんだろうな。

 ユリウスのことはともかく、これじゃあネペンテス先生の情報がほとんど得られてないじゃないか。

 もうちょい何かないの?


「……ああ。そういえば、彼の家は敬虔な『聖女』の信者だと聞いたことがあるよ」

「チュピ?(え?)」


 それって、ネペンテス先生の家が「聖女」を信仰しているってことだよね。

 ゲームでそんな情報があった覚えは無いけど、もしユリウスの言っていることが本当なら、ネペンテス先生は教会によく出入りしていた可能性がある。

 それはつまり、彼に教会との繋がりがあるということだ。


「ネペンテス先生は教会に入っていたのですか?」

「すまない、それもわからないんだ。その敬虔な信者だと言うのも噂で聞いただけだからね」


 肝心なところはわかんないか。

 でも、関わりがあるかもしれないということはわかった。


「ネペンテス先生が犯人だとするなら、教会内に協力者がいてもおかしくはないね」

「チュン(そうだね)」


 プリムラさんの話では、マリアちゃんの監視がきちんと行われていなかったらしい。

 それがもしネペンテス先生の指示だったとしたら、何かよからぬことを企んでいるのは確かだ。

 段々と点と線が繋がってきている。

 だけど、目的がまだ不明なままだ。

 それに、確たる証拠も無い。

 ネペンテス先生に聞こうにも証拠が無ければ何も話してくれないだろうし……。


「気になるのであれば、私がネペンテス先生に聞いてこようか?」

「大丈夫です。兄様にご迷惑をおかけするわけにはいきませんから」

「……私は、ロベルの頼みなら迷惑だなんて思わないよ」


 ユリウスが優しく微笑んだ。


「ロベルは色々と抱え込みすぎるんだ。たまには私や父上を頼ってくれ」

「しかし……」

「今のロベルは良い仲間に恵まれているから、私達に頼らなくてもどうにかなるかもしれない。でも、それはそれで悲しいんだ。そんなに私は頼りないのかと思ってしまってね」


 ユリウスが悲しそうに目を伏せる。

 確かに、昔はよくユリウスやお父さんを頼っていたけど、最近は全然だもんね。

 ユリウスは可愛い弟から頼られないのが悲しいらしい。


「私も父上も、プラムからある程度のことは聞いている。だから、何かあればいつでも私達を頼って欲しい。どんなことだって力になるよ」


 そう言って笑うユリウスに、ロベル君も嬉しそうに笑った。


「……ありがとうございます、兄様。しかし、ネペンテス先生に話を聞くのは待ってください。仮に彼が犯人だった場合、本当のことは何一つ話さないでしょうし、目的達成のために手段を選ばないような人物であれば兄様の身まで危険に晒しかねません」

「わかった。ロベルに心配をかけるようなことはしないよ。だけど、無理は禁物だからね」

「はい、わかりました」


 うん、イケメン兄弟が微笑みあってる姿は眼福だね。

 ユリウスもいつもまともなら絵になるのに……普段あんなんだからつつきたくなるんだよ。


「お時間取らせてしまい申し訳ございません。今日はこれで失礼します」

「えっ、もう行っちゃうのかい? お茶の準備をさせるから、もう少し兄様とお話しない?」

「すみません。部屋で情報の整理をしておきたいので、また後日ゆっくりお話したいと思います」

「そんなぁ……」


 ユリウスは「ショボーン」という効果音が付きそうな顔をしている。

 若干涙目なのも気持ち悪い。

 これが無ければ優しいイケメンお兄さんなのに。

 私は小さくため息をついた。


「本当に申し訳ございません」

「……まあ、ロベルがそう言うならしょうがないね。せっかくの長期休みなんだからゆっくり休ませてあげたいところだけど、大変なことになっているみたいだもんね」


 そういえば、今は長期休み中だった。

 それなのに全然ゆっくりできる気がしないよ。


「息抜きがしたくなったらいつでもおいで。もちろん、何も用事がなくても来てくれて構わないからね」

「お気遣いありがとうございます」


 そして、私達はユリウスの部屋を出た。




 ユリウス一人になった部屋で、彼は机の上に置かれていた機械を動かした。


「様子はどうですか? ……そうですか。では、そのまま監視していてください」


 ユリウスは先程までの笑顔とは打って変わり、無表情だった。


「決して気づかれないようにお願いしますよ。そうでないと、あなたの命もどうなるかわかりませんから」


 そう言い放ち、ユリウスは機械の電源を切る。

 その冷ややかな目はロベル達が出ていった扉の方に向けられていた。

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