第33羽 いつから自分だけだと錯覚していた?

 ……本当に、一体何が起きてるんだろう?

 ゲームでは無かったことが起きるなんて。

 もしかして、私がゲームの筋書きを変えてしまったせいなのかな?

 それで世界が辻褄を合わせようとしてきているとか?

 そうだとするなら、ロベル君が死んでしまうのは避けられないの?


 ……ううん。そんなことは無いはずだ。

 もしそうなら、ロベル君が「魔王」になっていないとおかしい。

 世界がゲーム通りにしようとしてるなら、そういう所も含めて辻褄を合わせてくるはず。

 それに、マリアちゃんの行動が変なのもおかしい。

 ゲーム通りにするという強制力が働いているなら、彼女の行動もゲーム通りじゃないといけない。

 それなのに、ゲームでもこの世界でもマリアちゃんは明るくて誰にでも優しい素敵な女の子だったのに、あんな露骨に敵意をむき出しにするなんて。

 それを踏まえると、世界がゲームのストーリー通りにしようとしているわけではなさそうだ。


 じゃあ、やっぱり誰かがマリアちゃんに何かしたことになるよね。

 だけど、ゲームで登場したキャラは皆ゲーム通りの性格だったし、ゲームに出ていた通りの出来事も起きていた。

 この世界、ある程度はゲーム通りのことが起きている。

 強制力みたいなのは無いのかもしれないけど、ここはゲームをベースにした世界と考えた方が良さそうだ。

 そうなると、ゲームのキャラがマリアちゃんに何がするとは考えにくい。

 ゲームに登場していない人物、もしくはゲーム本編の時間軸では既にいなくなっている人物が怪しいのでは?

 例えば……お父さんや、ユリウスとか。

 いや、あの二人に限ってそれは無いか。

 ロベル君LOVEだし、むしろロベル君の邪魔をする奴らを排除してそうなものだ。

 それにユリウスは先生だから多少接点はあるかもしれないけど、お父さんに至ってはマリアちゃんと全く接点無いし。


 接点があって、かつマリアちゃんと親しげなところを目撃されているのがネペンテス先生だ。

 しかし、彼はゲームのキャラであり、攻略対象。

 ゲームでは教師としての誇りを持っていた彼が、生徒であるマリアちゃんに何かしたとは思えない。

 親しげなのも、単にマリアちゃんがネペンテス先生ルートに進んでいるからでは?

 ゲームでも彼のルートに入るためにヒロインは保健委員になっていたし、親密度が上がれば二人きりで町にデートに行くイベントもあった。

 だから、一概には怪しいと言えないわけで……。


「チュピィ……(はぁ……)」


 考えれば考えるほど、頭がこんがらがってきた。

 くそう、私が賢ければこんな問題も御茶の子さいさいだったのに!


「スズ、大丈夫?」


 私のため息を聞いたロベル君が、心配そうに顔を覗き込んでくる。

 ユリウスから話を聞いた後、ロベル君は部屋で再び情報をまとめていた。


「チュン(大丈夫だよ)」


 うっかりため息をついてしまったばかりに、ロベル君の邪魔をしてしまった。

 以後気をつけねば。


「考えれば考えるほど頭が痛くなってくるね」


 クスッと自嘲するようにロベル君が笑う。


「情報を整理しながら色々と考えてはいたのだけど、ネペンテス先生以上に疑わしい人物がいないのが厄介だね」

「チュン(先生だから疑いたくないもんね)」

「それもあるけど、ここまで怪しすぎると、誰かがネペンテス先生を犯人に仕立て上げてるんじゃないかって思ってしまうんだ」


 なるほど、いわゆるミスリードさせようとしてるかもしれないわけか。

 もしそうだとするなら、ますます犯人がわかんなくなってくるぞ……。


「でも、仮に誰かがネペンテス先生を犯人に仕立て上げようとしてるなら、不自然な箇所が出てくるはずだ。今まで得た情報の中にそういった箇所が無いかを探しているんだけど……今のところは見当たらないね」


 ロベル君にも見つけられないなら、不自然なところなんて無いのかもしれない。


 でも、そういえば不自然というか、妙に思ったことはある。

 ネペンテス先生が、マリアちゃんと二人きりで町の中を堂々と歩いていたという話。

 ゲームの彼は生徒想いだから、自分と生徒が恋愛関係にあるなんて噂を立てられないよう、親密度が低いうちはヒロインと二人きりになることを避けていた。

 だから、他の攻略対象とは違って二人きりでデートをするイベントの発生が遅い。

 確か、どんなに親密度上げを頑張っても初デートは冬になっちゃうんじゃなかったかな?

 しかも、親密度がほぼMAXじゃないと発生しないという。

 ルーファス君のルートも大変だったけど、ネペンテス先生ルートもキツかったなぁ。

 親密度が上がれば上がるほど、上がりにくくなるのはやめて欲しいよ。


 ……と、ゲームの思い出に浸るのは後だ。

 ともかく、ゲーム通りなら、ネペンテス先生とマリアちゃんが二人きりで町を歩くには時期が早すぎるんだよね。

 今は夏だから、ゲームではヒロインが攻略対象を一人に絞り、そのキャラの親密度上げを頑張り始める時期だ。

 それなのに、もう二人きりでデートしているとは。

 ゲームなら「チート使ってる?」と聞いているところだけど、生憎ここは現実だ。

 現実の親密度も、決まった選択肢が無いから早々上がらない。

 何でこんなに早い時期から二人きりになってるんだろう?


 それに、練習場でマリアちゃんと会った時に彼女の態度を注意しなかったのもやっぱり引っかかる。

 第二王子に無礼を働いていた彼女を注意しないなんて、生徒の身を案じる優しいネペンテス先生にしては変だ。

 まるで、彼女が王家に対する侮辱罪で捕まってもいいと言っているように見えた。


 ネペンテス先生に対する違和感。

 もしかして、彼の性格はゲーム通りでは無い?

 だから、ゲームのネペンテス先生では考えられないような行動をしているとか?

 でも、仮にそうだとするなら、どうしてゲーム通りじゃないんだろう。

 私がロベル君を助けるために、色んなことをゲームとは変えちゃったから?

 それなら他のキャラにも影響が出ていそうだけど……まあ、一部影響は出てるか。

 だけど、それは彼らに直接関わったからで、ほとんど絡みのないネペンテス先生が変わっているのはおかしい。


 一体、いつからネペンテス先生は変わってしまっていたのか。

 マリアちゃんが入学してきた時から?

 ロベル君が学園に入学した時?

 それとも……生まれた時、から?


「チュイ……(まさか……)」


 ふと、私の脳裏にとある考えが浮かんだ。

 私はマリアちゃんに初めて会った時、彼女が私と同じように異世界からの「転生者」なのではないかと思っていた。

 そこのところは未だにハッキリとしてないけど、彼女の行動を見た限り、ゲームの知識があるとは思えなかった。

 でも、もし他にも「転生者」がいるとしたら?

 その「転生者」が、ゲームキャラになっているとしたら……?


「チュ……(ロベルく……)」


 私の考えをロベル君に聞いてもらおうと、口を開いた時だった。


「ロベルさまぁー!」


 『バァーンッ!』とけたたましい音を立てて部屋の扉が開いた。

 開かれた扉の向こうに現れたのは、プリムラさんだった。


「た、大変です!」


 昨日の今日でやって来るなんて、一体何事?

 というか、またメイドさん達を振り払ってきたみたいだけど、プリムラさんがそんなに慌てるようなことが起こったの?


「ま、マリア・カモミールが……行方不明になりました!」


 この時、私はまだ知らない。

 マリアちゃんだけでなく、私達にも危険が迫っていたということを。

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