第38羽 カラスと白い小鳥と時々ヘビ

 か、カラスが喋ってる……。

 あれ、この世界のカラスって喋れるの?

 いやいや、そんな話一度も聞いたことがないし、外で鳴いてるカラスは普通にガーガー鳴いてたし。

 じゃあ、目の前のカラスは何で人間の声を出してるの?

 あ、もしかしてどこかで誰かが腹話術を……。


「うふふ、私はちゃんとこの口から声を出しているわ。ほら、よく見て?」


 カラス(?)はふわりと舞い上がり、私のすぐ側に降り立った。

 そして、私に顔を近づけてくる。


「よく聞いてご覧なさい? 私の声はどこから聞こえてくる?」

「チュ、チュピ……(す、すぐ側からです……)」

「ふふ、そうでしょう?」


 そう言うと、カラス(?)は私から離れていった。

 ひぇぇ、緊張した……。

 見た目はただのカラスなのに、妙にセクシーな雰囲気がするんだよね。

 おかげで何だかセクシーなお姉さんに近寄られてる気分になって、心臓がバクバクしちゃった。


「あら、緊張しなくていいのよ? 別に、あなたを取って食おうとしているわけじゃないもの」


 カラス(?)はクスクスと笑っている。

 ずっと思ってたけど、何も言ってないのにこっちの考えていることがわかるのは何でなんだろう?

 「私の姿を見ればわかる」って言われたけど全然わかんないし……。


「あらぁ、私が普通のカラスじゃないってわかれば自ずと答えは出てくると思うわよ?」


 あ、やっぱり普通のカラスじゃないんだ。

 じゃあ、魔法で話せるようになったカラスとか?

 そうなると、私の考えが読めるのも魔法なのかな。


「半分正解ね。私があなたの考えを読めるのは魔法よ。でも、私は魔法をかけられたカラスではないわ。そもそも、私はカラスではないの」

「チュピ?(え?)」


 それって、もしかしてこのカラスも元人間ということ……?


「人間……ふふ、そうね、人だったわ。他の人達は私を人だと思っていなかったけれど」

「……チュン?(どうしてですか?)」

「さあ、どうしてかしらね。私が人より少し優秀で、ほんの少しだけ長生きだったからかもしれないわ」

「チュピピ?(ちなみに何と呼ばれていたんですか?)」

「……『魔女』よ。そう呼ばれていたわ」


 「魔女」?

 何となく童話に出てくる悪い魔女を想像しちゃうけど、そういう意味じゃないよね?


「うふふ、そうかもしれないわよ。悪い魔女だったから、人々に魔法をかけられてカラスにされたのかもしれないじゃない?」

「チュンチュピ(それなら、その魔法は失敗ですね。カラスの姿でも魔法使えてるんですから)」

「……あら、確かにそうね」

「チュン(それに、本当に悪い魔女なら私のことを助けないと思いますよ)」


 私を助けてくれた時点で悪い人……悪いカラスではないのは確定だからね。

 私が起きるまで待っててくれたし、悪い魔女だなんて言って私をからかっているだけなのでは?


「……本当、お姫様は優しいのねぇ」


 カラス(?)はそう言って笑った。


「チュン?(ところで、何で私のことをお姫様って呼ぶんですか?)」

「あなたがお姫様だからよ」


 それ、何も答えになってないです。

 お姫様って呼ばれるのはむず痒いからやめて欲しいんだけどなぁ。


「そんなことより、ここでお喋りしていていいの? 何か大切なことを忘れているんじゃない?」


 はっ!

 そ、そうだよ。こんな所でカラス(?)と話している場合じゃない!

 早くロベル君と合流しないと!

 謎の喋るカラスに気を取られてる暇じゃなかった!


「チュピピ!?(で、出口はどこですか!?)」

「まあまあ、そう焦らなくても大丈夫よ」


 いやいや、焦らないとまずいですよ!

 そうこうしている間にロベル君が大変な目に遭っているかもしれない。

 それに、私が離れたことで「魔王」がロベル君の中で暴れ出してたら……!


「安心なさい、あなたの王子様はとても聡明な子だから、まだ何も起こっていないわ」


 まだってことは、これから悪いことが起きるかもしれないってことだよね?

 それなら尚更早く行かないと!


「まあまあ、あと少しで来るから待ってなさい」

「チュン?(来るって、誰が?)」


 すると、カラス(?)の背後に細長い棒のようなシルエットが浮かび上がった。


「おい、来てやったぞ。いい加減にこいつのお守りを押し付けてくるのはやめろ……て、何だその雀?」


 その棒のような影が私達のいる月明かりの下までやって来る。

 その影の正体は、一匹のヘビだった。


「何でこんなとこに雀がいるんだよ? お前の飯か?」

「チュチュッ!?(た、食べられる!?)」


 ていうか、このヘビも喋ってる!?

 若い男の人のような声を出すヘビは、舌を出しながら私に近づいた。


「やあね、違うわ。よく見てみなさいよ」

「あん?」


 カラス(?)にそう言われ、ヘビ(?)は私を食い入るように見つめた。


「……お前、こいつ」

「不思議な縁よねぇ。これも神様の思し召しなのかしら」

「はんっ、無神論者の魔女のくせに何言ってるんだか」


 呆れたようにヘビ(?)はため息をついた。

 このヘビはカラス(?)の知り合いみたいだけど、彼も元人間なのかな?


「今からこのお姫様は王子様を助けに行くの。とても勇敢でしょう?」

「そうかもな」

「でも、お姫様が向かうには少し危険が多すぎるわ。私も手助けできることはやってみてるけれど、とても私だけでは助けられないの」

「……で、俺は何すりゃいいんだ?」

「話が早くて助かるわ。あなたに彼女を守ってもらいたいの」

「はああ!?」


 ヘビ(?)が勢いよく、カラス(?)の方を振り返った。


「何で俺がそんなこと」

「あら、いいの? せっかく今度こそ役に立つチャンスなのに。あなた言ってたわよね。あの時、何も出来なかった自分が悔しいって。だから、そんな姿になってまで待っていたのではなかったの?」


 カラス(?)にそう言われると、ヘビ(?)は黙り込んだ。

 今度こそ……?

 彼女達は一体何の話をしているのだろう?


「でも、この姿じゃ」

「何もその姿で、とは言っていないわ」

「……おいおい、良いのかよ? 誰かに見られたらまずいんじゃないか?」

「大丈夫よ。お姫様のことを助けたのだから、私達を悪く言う人はいないはずよ」

「はずってことは、言われるかもしれないんじゃねえか」

「未来の出来事を完璧に予測するなんて不可能よ」

「そうだな、お前はそういう女だったな」


 ヘビ(?)は深いため息をついた。


「あなたに無茶をさせる代わりに、その子を連れて行ってもいいわ。まだ雛鳥ではあるけれど、もう充分に戦えるわ」


 カラス(?)が私の方を向く。

 いや、微妙に視線が私からズレているような?

 私は彼女の視線の先を追った。


「ピ?」

「チュチュチュッ!?(うわあああ!?)」


 いつの間にか、私のすぐ側に真っ白なモフモフが立っていた。

 私と同じくらいの大きさのモフモフ。

 よく見ると、上の方に黒い点が二つに黄色のくちばしがあった。

 どうやら雀と同じくらいの小鳥のようだ。

 え、まさかこの子も喋るの?


「ピピ、ピー!」


 ……うん、喋らないみたいだね。

 良かったー、カラスとヘビに加えてこの小鳥まで話し出したら頭がパンクするところだったよ。


「うふふ。その子はただの雛鳥ちゃんだから話したりはできないわ」

「まー、将来的に念話で話しかけてくるかもしれないけどな」


 え、この子もただの白い小鳥じゃないの?

 謎の場所に謎の動物達まで出てきて、正直私もうお腹いっぱいなんだけど?


「ボーッとするのは後だ。王子様を助けに行くんだろ?」

「チュ、チュン(は、はい)」

「場所は西の森の塔よ。道中の露払いはしておいてあるから、あなた達は塔の中へ入った後が本番よ」

「おう、わかった」


 私が戸惑っているうちに、一羽と一匹の間で話がまとまったらしい。


「ほら、行くぞ。あの穴から外に出られるぜ」


 ヘビ(?)に連れられて、私は白い小鳥と一緒に壁に空いた穴から外に出たのだった。

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