第37羽 何の仕掛けも無い……わけがなかった

 教会に事情を伝えると、すぐに警察にも話をしてくれることになった。

 取り調べをしていたスパイの殺人事件に加え、マリアちゃんの行方不明という教会の失態を伝えなければいけないとはいえ、非常事態だからか思っていたより話はスムーズに進んだ。

 これで失態を隠そうとされていたら面倒なことになっていたと思う。

 教会の人達が話の通じる人達で良かった。


 警察にも情報が伝わった後は、塔へ突入する準備が急ピッチで進んだ。

 そして、夜も深けた頃、いよいよ塔へ向かうことになった。

 警察の人達も数十人近く着いてきてくれる。

 多分、前世で言うところの特殊部隊みたいな人達かな。

 そんな人達がロベル君を守るように取り囲んで森の中を進むことになっている。

 でも、一緒に行くのは彼らだけではない。

 何故かシーボルト君まで一緒に行くと言ってきたのだ。

 理由を聞くと、


「乗り掛かった船なんだから、最後まで付き合う」


 という答えが返ってきた。

 なんだかんだ言って、彼はマリアちゃんのこともロベル君のことも気がかりだったのだろう。

 ここに来てツンデレ発動かと思ったのは言うまでもない。


 深夜の西の森は昼間に見るよりも一層暗く、空気が澱んでいる気がした。

 一応、森には入口から塔まで続く道がある。

 でも、その道は長い間使われていなかったためか、今では短い雑草が茂っていた。

 ネペンテス先生が普段から使っていたなら、もう少し手入れされていても良さそうだけど。

 そんなに頻繁に使っていないのか、それとも今回のためだけに占拠したのか。

 いずれにせよ、この足元が悪い道を歩いていかなければならなかった。

 道中には獣や魔物が出てきたものの数はそれほど多くなく、罠のような仕掛けも施されていなかった。

 私達を殺そうとしているわけではないみたいだ。

 やっぱり、私達に会うことが目的なのかな。

 でも、会って何をされるんだろう?

 あの日記を読む限り、ネペンテス先生は「黒の聖女」に執着しているように思えた。

 となると、先生の目的は私?

 私を捕まえてどうしようっていうんだろう?

 まさか、ロベル君と引き離されたりしないよね?

 もしそうなったら、ロベル君の中の「魔王」が出てきてしまうかもしれない。

 私はロベル君から引き離され、マリアちゃんは洗脳されてしまっているから、「魔王」を止められる者はいない。

 そんなことになったら、この世界は……。


「スズ、そんなに不安そうな顔しなくても大丈夫だよ」


 ロベル君が私の様子に気づいて、そう声をかけてくれた。


「僕は死なないし、先生や『魔王』の好きにはさせない。だから、安心して」


 そう言って、ロベル君は微笑んだ。

 それでも、不安は拭えなかった。

 今まではこれから起こることは何となく予想がついていて、その対策をとっていた。

 だけど、今回は何が起こるか全くわからない上に、相手もゲームを知っている。

 しかも、私以上に詳しいかもしれない。

 そんな相手であれば、私の知らないことを他にも知っている可能性がある。

 そんな相手のところに向かっているのに、不安が募らないわけがない。


 私が不安で押し潰されそうになっているうちに、塔の目の前に到着してしまった。

 ゲームのデザイン通り、石レンガを積み上げて作られたような塔は所々ひび割れ、苔むしていた。

 出来上がったばかりの姿が想像できないほどボロボロになっているその塔は、何とも気味が悪い。

 入った瞬間に大量の虫やコウモリなんかに襲われそう。あるいは、幽霊が出てきそう。

 どこかのホラーアトラクションにありがちなその風貌に、私の心拍数はまた別の意味で上がった。


「私達が先に入って安全を確認しますから、アコナイト様とプリムラ様は我々の後に続いてください」


 警察の人にそう言われ、私達は大人しく彼らが塔の中へ入るのを見守った。

 しばらく入口付近から中を見回したり、中に入ってからも辺りを確認しているのが見えた。

 そして、安全を確認できたということで、私達も遂に中に入った。


 中は外装と同じく石レンガが見えていて、壁紙が貼られていたり、壁用の塗装が施されていたりした痕跡はない。

 元はエントランスホールだったのか、入口を入ってすぐはとても広い空間になっており、吹き抜けで二階部分が見えていた。

 その二階部分には部屋の扉が見えたけれど、一階には見当たらない。

 私達は一先ず二階へ行こうと、階段のある方へ足を向けた。

 その、直後だった。


「なっ! 魔法陣――」


 誰かがそう言った途端、私達の足元に突如として浮かび上がった魔法陣が強く光を放ち、視界を真っ白に染め上げた。

 そして、急激な浮遊感を感じて、私はとまっていたロベル君の肩から離れてしまう。


「チュピ!(ロベル君!)」


 必死にそう叫ぶも、彼からの返答はなく。

 私は浮遊感とクルクルと回る視界に酔ってきてしまい、そのまま意識を失ってしまった。




 ……うーん、痛たた。

 何か、硬いものの上にいるのかな。

 硬いし冷たいし全身痛いし、もう気分最悪なんですが。


「……うふふ。ようやく目が覚めたかしら」


 不快感からモゾモゾ動いていると、上の方から女性の声が聞こえた。

 塔に一緒に入った人達の中に女性なんていなかったはず。

 マリアちゃんの声でも無いし、聞いたことのある女性の声のどれとも違う。


「あら、それは当たり前よ。だって、私はあなたと初めて会うのだもの」


 え、私まだ何も言ってないですけど。

 てか、言っても今は雀の姿だから通じないはず。


「それはね、あなたが目を開けて、私の姿を見てくれたらわかると思うわ」


 そう言われて、私はゆっくりと目を開けた。

 最初に飛び込んできたのは、果てしなく遠い位置にある天井。

 少し崩れているらしく、天井からは月明かりがこぼれていた。

 周囲を見回すと、石レンガでできた床の上には同じような石の破片が散らばっていた。

 ここは、さっき入った塔?

 でも、辺りの様子が全然違うような……。


「私はこっちよ、お姫様」


 そう言って、女性はクスクスと笑う。

 その声の方を向いて、私はギョッとした。


「チュ、チュン?(か、カラス?)」


 声がした方向にいたのは、一羽の黒いカラスだった。

 周囲の薄暗い背景と同化して、パッと見回しただけでは見つけられなかったようだ。


「そうよ。私はカラス」


 そのカラスは、女性の声を発した。

 そして、どこか艶めかしくその羽根を広げた。


「ようこそ、お姫様」

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