第15羽 雀が人にモテるなんて、そんなことがあっていいのか?

 昼食会のあった日の放課後、ロベル君は生徒会室で書類作業をしていた。

 相変わらず騒々しい室内に、不意に扉をノックする音が響く。

 来客を告げるその音がした瞬間、皆真面目に書類に向き合った。

 普段は騒がしいけど、誰か来た時だけは真面目な振りをするんだよね……。

 防音対策されてるから音漏れの心配はないけど、そのうち化けの皮を剥がされそうだ。


「……失礼します」


 扉が開かれると、現れた姿に私は驚いた。


「チュチュ!?(シーボルト君!?)」


 ノックの主はシーボルト君だった。

 さっきの今で一体何の用だろう?

 まさか、またロベル君に酷いこと言いに来たわけじゃないよね?


「……えっと、生徒会に何か用っすか?」


 ローラス君が少し動揺しながらそう聞いた。

 初対面だとシーボルト君の見た目にビビるよね。

 生徒会とは無縁そうというか、生徒会を敵視してそうな格好だもの。

 もっとも、彼は生徒会長たるロベル君を敵視しているみたいだけど。


「生徒会長に用があって来ました」


 シーボルト君は見た目にそぐわない丁寧な態度でそう答える。

 ワンチャン、別の人に用事があってきたとかを期待したんだけど、やっぱりロベル君目当てで来たみたいだ。


「申し訳ないが、ロベル様は忙しい。急ぎでないのなら業務が終わった後に……」

「私は構いませんよ」


 カーティスの言葉を遮るように、ロベル君がそう言った。


「しかし、ロベル様」

「書類も一段落つきましたし、何より彼の用件は急ぎだと思いますから」


 ロベル君がシーボルト君に微笑む。

 彼にとっては普段通りの笑顔だけど、微笑まれたシーボルト君は顔を歪めた。


「……別に急ぎじゃないんで、後でもいいです」


 敬語なのは周囲の目を気にしてだろうか。

 でも、彼とロベル君の関係を知らないカーティスがその無愛想な態度に過剰反応を示した。


「なんだその態度は!? ロベル様に失礼だろう!」

「何でカーティスが怒ってんの?」

「そりゃあ、怒りますよ! 彼の態度はロベル様を舐めてかかっているようにしか思えません!」

「まあまあ、落ち着けって。ロベルは怒ってないのに、お前がブチ切れてたらロベルが困るだろ?」

「む、それはそうですね……本当にロベル様が怒っていなければですが」


 アランに宥められたカーティスがロベル君を見る。

 その瞳はロベル君が命じればシーボルト君の首を跳ね飛ばしそうなほど荒々しい怒りに満ちていた。

 控えめに言って怖いです。

 少なくとも攻略対象がしていい顔ではない。


「怒っていません。むしろ、私は彼と話をしたいです」

「ロベル様がそう仰るなら……」


 カーティスがすごすごと引き下がる。

 何か、主人に怒られた飼い犬みたいだ。

 実際の主従関係は逆なはずなんだけど。


「ここでは話しにくいでしょう。少し席を外しますので、皆さんは業務の続きをよろしくお願いします」


 ロベル君がシーボルト君を引き連れて部屋を出る。

 そのまま人気のないところに移動すると、シーボルト君が口を開いた。


「……さっきは悪かった」


 ぶっきらぼうに告げられたそれに、私は一瞬目を丸くする。

 謝った?

 昼間はあんなに嫌そうにしてたのに?


「アンタが『魔王』と戦ってる証拠はないけど……アンタが『魔王』だっていう証拠もない。もし、アンタが本当に『魔王』と戦ってるって言うならあれは言い過ぎた。だから……ごめん」


 ロベル君に向かってタメ口だし、めっちゃ生意気だけど、一応は謝っている。

 何で突然謝る気になったんだろう?

 後で冷静になったら言い過ぎたと思ったとか?


「良いんですよ。私も言い過ぎましたから」


 いやいや、ロベル君は何もしてないって。

 シーボルト君が一方的にロベル君の悪口言ってただけだからね。

 私はシーボルト君を睨みつけた。

 すると、彼がビクリと肩を震わせる。

 うん? 今、私の視線に驚いた?


「……なるほど、そういうわけでしたか」


 ロベル君が何かに気づいたみたいだ。

 え、今ので一体何がわかったの?


「シーボルトさんはスズに睨まれたから謝りに来たのですね」


 クスクスと笑いながら、ロベル君がそう言った。

 ええ、何で私に睨まれたから謝るのさ?

 私なんかに睨まれたところで怖くないでしょうに。

 でも、シーボルト君は痛いところを突かれたように顔を赤くした。


「な、んで……いや、違っ」

「貴方の視線の先にいるのが私ではなくスズなのは最初から気づいていましたよ。それこそ、入学式の時も私ではなくスズを見ていましたよね」


 え、マジで?


「私のことは睨むのに、スズを見るときだけは眼差しが優しいですよね」


 ロベル君がニッコリと微笑みながらシーボルト君に近づいていく。

 その迫力満点の笑みに、シーボルト君が後退る。


「……もしかして、貴方もスズのことが好きなんですか?」


 ロベル君の質問に私は思わず吹き出しそうになった。

 いやいや、私のことを好きになる人なんて、ロベル君以外にいないでしょ。

 そもそも、シーボルト君はヒロインに一目惚れするんだよ?

 つまり、彼が惚れているのはマリアちゃんのはずで、決して私では無い。

 ……はずなのに。


「な……そんなことあるわけないだろ!」


 シーボルト君は耳まで真っ赤にしていた。

 その様子は、まるで好きな子を当てられて照れる少年の如し。

 もしかして、本当に私のことが好きなの?


「す、雀相手に惚れるなんて、そんな奴がいるわけないし!」

「いますよ。貴方の目の前に」


 ロベル君が恥ずかしげもなくそう答える。

 もうちょっと恥ずかしがってくれてもいいのよ?

 何だか私の方が恥ずかしくなってくるから。


「スズは魅力的ですから、惚れてしまうのも無理は無いでしょう。ですが、惚れていることを認められない貴方に、スズを渡すつもりは毛頭ありませんよ」


 ロベル君が肩にいる私を撫でる。

 ひぇぇ、私に向けられてるわけじゃないのに彼から冷たい空気を感じるよぉ……。


「……別に、アンタらの仲を邪魔するつもりはない」

「スズに惚れているのに、ですか?」

「そ、それはまあ……そうなんだけどさ。ただ、気になることがあって……」


 そこまで言って、シーボルト君がもにょもにょと口篭る。

 そんな状態で私のことをチラチラ見てくるから、居心地が悪いったらありゃしない。


「言いたいことがあるならはっきり言った方が良いですよ。スズに嫌われる前にね」


 いや、ロベル君の悪口言った時点で嫌いでしたけど。

 私に既に嫌われていることを知らないシーボルト君は、ロベル君の言葉に腹を括ったらしい。


「……俺がアンタの肩にいる雀を見てたのは、何も惚れてるからってだけじゃないんだ」


 シーボルト君がゆっくりと言葉を紡ぐ。


「その雀……もしかして、元人間だったりしないか?」


 ……え?

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