第16羽 何故それを知っているのか

 一瞬、シーボルト君が何を言っているのかわからなかった。

 確かに私の前世は人間だけど、どうしてそのことを彼が知っているの?


「……何故そんなことを聞いてくるのでしょうか?」


 ロベル君が警戒しながら尋ねる。

 自分が「黒の聖女」かどうかは知らないけど、少なくとも日本の女子大生だった記憶はある。

 そのことはロベル君やアコナイト家の人達に話してある。

 でも、その他の人達には話していない。

 ロベル君はもちろん、アコナイト家の人達も話していないはずだ。

 それなのにどうして……。


「質問に質問を返すなよ。俺はその雀が元人間なのかそうじゃないのかを聞いてるんだ」


 シーボルト君は真剣な顔でロベル君を見つめている。

 その顔に何か裏があるようには見えない。


 その時、ロベル君がチラリと横目で私を見た。

 私に話しても良いか聞いているのかな?

 ……正直、シーボルト君の質問の意図が掴めない以上、話すべきではないとは思う。

 だけど、彼を味方につけるなら、本当のことを話すべきだろう。


「チュン(話して良いよ)」

「……彼を信用するの?」


 私は頷いた。

 それを見たロベル君が、一瞬だけ不快そうに眉間にシワを寄せた。

 もしかして、ヤキモチ妬いてる?

 でも、そう思った次の瞬間には、彼は真面目な顔でシーボルト君の質問に答えていた。


「……貴方の言う通り、スズの前世は人間の女性です」

「前世?」


 シーボルト君が首を傾げた。

 あれ、そのことを聞いてきたんじゃないの?


「はい。彼女は生まれ変わって雀になったそうなのですが……貴方が聞きたかったのはこのことではないのですか?」

「……いや、ちょっと予想と違ったな。まさか、前世が人間だったとは」


 シーボルト君はあごに手を当てて難しい顔をしている。

 ええ……彼は誰かから私の話を聞いたわけじゃないの?


「次は私の質問に答えてもらいましょうか。何故スズが元人間だと思ったのですか?」


 ロベル君の質問に、シーボルト君が顔を上げた。


「ああ。それは、その雀の後ろに女の人が見えるから……」


 女の人!?

 私は慌てて後ろを振り返る。

 当たり前だけど、後ろには誰もいない。

 ロベル君も私越しに後ろを見たけど何も見つけられなかったみたいで、すぐにシーボルト君の方を向き直った。


「誰もいないようですが?」

「……まあ、普通の人には見えないと思う。てか、多分見えてんの俺だけだと思うし」


 え、それって、まさか幽霊……?


「シーボルトさんは幽霊が見えるのですか?」


 ロベル君、随分とハッキリ聞くね。

 私だったら怖すぎて聞けないよ。


「幽霊じゃない。なんて言うんだろうな……その人のオーラというか、本性のようなものが見えるんだ」

「本性?」

「ほら、良い人そうな奴でも、内心悪いこと考えてる奴っているだろ? その場合、俺には悪人面したそいつが後ろに見えるんだよ」


 へぇ、面白い能力だなぁ。

 そんな能力持ってたら、詐欺にも引っかからずにすみそう。

 でも、シーボルト君がそんな能力持ってたなんてゲームで出てきた覚えないんだけど。

 ゲーム本編に出てこない裏設定であったのかな?


「では、スズの後ろに見える女性とは?」

「俺にもわかんねーよ。普通、人以外の動物では何にも視えないし。その雀が初めてなんだよ、この能力で動物の本性が視えたの」


 シーボルト君の視線が私――ではなく、後ろに向けられる。

 私の本性って、どんな顔してるんだろう?

 まさか、ロベル君を見てニヤニヤしてたりしないよね?

 そんな変態じみた顔はしてないですよね!?


「ちなみにその女性はどのような人なのですか?」

「そうだな……見た目は俺達より少し上くらいの、黒髪が綺麗な女の人だな」


 黒髪か。

 そういえば、随分前に人になった時も黒髪の女性になってたらしいね。

 前世の姿なのかどうかは見てないからわからないんだけどさ。


「黒髪の女性、ですか」

「ああ。だから、最初は雀に変えられた元人間なのかと思ったんだよ」


 あ、それであんな質問をしたんだ。


「会長が無理やりその人を雀に変えて、そばに置いてるのかと思ったんだけど……」


 失礼な!

 ロベル君はそんな酷いことしません!


「私はそんなことしてませんよ」

「だよな。無理やりだったらその雀も嫌がる素振りを見せるはずだし」


 そんなことされてないから嫌なわけが無いよ。

 むしろ、ロベル君のご尊顔を間近で拝めることができて幸せすぎるんだが。


「まあ、前世が人間だって聞いて納得した。でも、昔見た『聖女様』の肖像画にそっくりだったのが気になるけど」


 ……ん?

 今サラッととんでもないこと言いませんでした?


「シーボルトさん、その肖像画というのは?」

「俺がガキの頃にチラッとだけ見た肖像画のことだよ。あれ以来見てないけど、黒髪の美人だったのは覚えてる」


 この世界で「聖女様」と言ったら、普通は「白の聖女」を指すんだけど……以前、教会に行った時に見た肖像画の彼女はマリアちゃんと同じ亜麻色の髪をしていた。

 あんな薄い髪色を黒と見間違えることは無いだろうから、シーボルト君が見た肖像画の女性は「白の聖女」ではないと思う。

 じゃあ、彼が見たのは、まさか……。


「その『聖女様』は『白の聖女』様では無いですよね?」

「ああ。『白の聖女』様の肖像画は毎日見てるから、あの『聖女様』が別人なのは確かだ」

「では、何故『聖女様』と呼ぶのですか?」

「それは、その肖像画を見てた人達がそう呼んでたからだけど」

「他にも人がいたのですか?」

「他にいたって言うか、俺がその人達の集まりに勝手に侵入したんだと思う。その後、見つかって追っかけられた記憶あるし」


 何それ怖い。

 絶対怪しい集団じゃないか、そいつら。


「その人達は一体何者なんでしょうか?」

「さぁな。俺もテキトーにぶらついてたら見つけた場所だったし、その人達が何者かなんて知らねーよ」

「では、その場所は?」

「覚えてない。つーか、何でそんなに聞いてくるわけ?」


 シーボルト君が訝しげにこちらを見つめる。

 そんな彼に、ロベル君は万が一にも聞かれないよう、小さな声で告げた。


「……貴方が見た肖像画の女性は『黒の聖女』と呼ばれた方の可能性があります。そして、スズの前世はその女性かもしれないのです」

「『かもしれない』?」

「本人は覚えていないそうなので、断言はできませんが……彼女が過去に成したことを考えれば、恐らくそうだろうと」

「ふーん。で、その『黒の聖女』は一体どんな人物なんだ?」

「『魔王』の最も近くにいて、彼の力を唯一抑えることができた女性だと言われています」


 その言葉に、シーボルト君が固まった。


「……そんな人間がいたのか?」

「はい。確証はありませんが、教会の上層部が彼女の存在を隠していたようです」

「隠蔽か……上のやりそうな事だな」


 シーボルト君が舌打ちする。

 そういえば、ゲームでも彼は「教会」という組織が好きではなかった。

 お父さんのことは尊敬していたようだけど、組織には反発していたみたい。

 だから、こんな不良みたいな格好をしてるらしい。


「俺が見た肖像画が『黒の聖女』のものだったとして、その周りにいた奴らは何なんだ?」

「恐らく、『裏切り者トレイター』ではないかと」

「それって、確か『魔王』を復活させようとしている組織だよな?」

「はい。シーボルトさんは運が良いですね。もし捕まっていたら、今ここにいないでしょう」

「怖いこと言うなよ……」


 シーボルト君がわざとらしく身震いする。

 まあ、あの組織って過激派が多いから、教会の司祭の息子だってわかったら本当に殺されてたと思う。

 でも、ゲームでそんな危ない過去の話は出てなかったと思うんだけど……。


「ですが、これは少しまずいかもしれません」


 ロベル君が厳しい顔つきで呟いた。


「まずいって?」

「私達は彼らに『黒の聖女』の存在がバレていないと思っていました。彼女は『魔王』復活の邪魔になるかもしれない存在です。そんな彼女がもし生まれ変わっていたら、彼らはその生まれ変わり先の生物を殺しに来ると思いませんか?」

「つまり、その雀の命が危ないってことか」


 そ、そんな……。

 私が本当に「黒の聖女」の生まれ変わりかもわからないのに?


「しかも、貴方の話では少なくとも10年ほど前にはその存在を認知していることになります。もしかすると、私達の情報もどこかで入手している可能性がありますね……」


 ロベル君の顔が悔しそうに歪む。


「チュン……(ロベル君……)」


 私が思わず名前を呼ぶと、彼はニコッと笑いかけてくれた。


「……心配しないで。君のことは、僕が守るから」


 うん。そこは心配してないよ。

 ただ、ロベル君が無茶しそうだから心配なんだ。


「既に組織には探りを入れてますから、向こうの動きはわかります。しかし、こちらも急いで動かないといけませんね」

「動くって、一体何するんだよ?」


 シーボルト君が何気なく聞いた。

 でも、ロベル君はそれを見計らったように笑顔でこう言った。


「気になりますか?」

「え、いや別に」

「そうですよね。貴方が長年気になっていた『聖女様』のこともわかるかもしれないのに、気にならないわけがないですよね」

「ま、まあ、気になってはいたけど、凄く知りたいわけじゃねぇよ?」

「大丈夫です。貴方も私達に協力してくだされば、すぐにわかりますよ」


 ロベル君がシーボルト君の両肩を掴む。

 掴まれた彼は「ヒッ!」と短い悲鳴を上げた。


「ちょ、俺は協力するなんて一言も……」

「さて、まずは作戦を練りに行きましょうか」


 そして、シーボルト君はロベル君によって強引に私達の仲間に加えられたのでした。

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