第14羽 不穏な昼食会の行方は

 マリアちゃんを挟むようにして、ロベル君とシーボルト君が座る。

 向かい合って座っているわけじゃないのに、シーボルト君の方から痛いくらい視線を感じた。


「お二人共、学校生活には慣れましたか?」


 少しの沈黙の後、ロベル君が微笑みを浮かべながら尋ねた。


「あ、はい! 皆さん優しくて、おかげさまで楽しく過ごさせていただいてます!」


 マリアちゃんが笑顔で答える中、シーボルト君は眉間にシワを寄せた。


「……よく俺が新入生だってわかったな。学年がわかるようなもの、身につけてないのに」


 この学校は学年でネクタイ(女子であればリボン)の色が変わる。

 でも、シーボルト君はネクタイをつけていない。

 だから、見た目じゃ学年はわからないはずだし、マリアちゃんと親しげに話しているところを見ると彼女と同学年なんじゃないかって普通は思いそうなものだ。

 私はゲーム知識があったから一年生だってわかったけど、確かにロベル君は何でわかったんだろう?


「それは私がこの学校に通う皆さんの顔と名前を覚えているからです。貴方のことも良く存じ上げていますよ、シーボルト・プリムラさん」

「全員分覚えてるんですか!? 私なんてまだクラスメイトの名前を覚えるので精一杯なのに、流石会長さんです!」


 ふふーん、そうでしょうそうでしょう。

 ロベル君は記憶力が良いから、そんなことは朝飯前なのよ!

 まあ、私はゲームに出てくるキャラ以外ほとんど覚えてないんだけど。

 ……鳥頭とか言ったやつ、怒らないから出てきなさい。


「ちっ、自慢かよ」

「そういうつもりはありません。それに、貴方のことは入学式の時から知っています」


 え、入学式?

 あれ、そういえば、入学式の時にこんな目立つ髪色の生徒いたっけ?

 かなりの数の新入生がいたけど、こんな髪色してたら目につくはずだよね。


「シーボルトさんは入学式の時に私に質問してきたでしょう?」

「チュピ?(え?)」


 質問してきた……って、もしかしてあの男子生徒がシーボルト君だったの!?

 髪の毛は焦げ茶色だったし、メガネだったし、制服ちゃんと着てたし、印象全然違うんですけど!?

 ……あー、思い出した。

 この子、学園に入学すると同時にグレちゃった設定もあったわ。

 素行も悪くなるんだけど、根が優しいから不良には成りきれてない。

 ま、そうじゃなきゃ攻略対象になんてならないと思うけど。


「ええっ!? あれってシー君だったんですか?」


 マリアちゃんも知らなかったらしく、目を丸くしてシーボルト君を見た。


「……そうですけど」

「全然雰囲気が違うね! 何でそういう格好するようになったの?」


 ちょっと、マリアちゃん。

 こういうのは繊細な理由があってやってることが多いから、そんな軽々しく聞くもんじゃないよ。


「別に、理由なんかないですよ」

「そうなのですか? お父様は随分と心配しておられましたけど」


 ロベル君はお弁当のおかずを優雅に口に運びながら、そう言った。

 それを聞いたシーボルト君の顔が、ますます不愉快そうに歪む。


「親父のことも知ってんのかよ」

「ええ、存じ上げておりますよ。何せ、教会の司祭様ですからね」


 シーボルト君は司祭の息子で、こんな身なりをしているけどゲームでは聖属性の魔法を得意としていた。

 回復系魔法も得意だったから、ヒロイン以外の回復要員として重宝してたんだよね。

 RPGパートでは活躍していた彼だけど、彼のルートは早々にクリアしちゃったからよく覚えてない。ごめん、シーボルト君。


 ちなみにこの世界の「教会」とは「白の聖女」を信仰している宗教のことを指している。

 今マリアちゃんが持っている「神聖剣」も元はこの総本山で保管していたらしい。

 その総本山の司祭が「神聖剣」の声を聞いて、マリアちゃんが使い手として選ばれたことを告げられたそうな。


「お父様は素晴らしい司祭様ですよね。教会としては忌むべき存在である『魔王』をその身に宿す私にも優しく接してくださるのですから」


 私もロベル君に付き添って、シーボルト君のお父さんに会ったことがある。

 教会の人達の中にはロベル君のことを快く思っていない人が多かったらしいけど、彼のお父さんはロベル君の話に耳を傾けてくれたし、私達に自ら協力を申し出てくれた。

 教会内ではそこそこ偉い立場にいるシーボルト君のお父さんのおかげで、私達は教会からも支援を受けられている。

 お父さんに協力してもらえてるし、シーボルト君にも協力してもらえるかな、なんて思ってた矢先にこれだよ。

 何でロベル君のこと敵視してんのさ。

 ロベル君に嫌いになる要素なんか、どこにも無いのに。


「……お前、親父にまで取り入って、一体どうするつもりだ?」

「はい?」

「親父はお前のこと信用してるみたいだが、俺は絶対信じないぞ。どうせ良い人ヅラして利用するだけ利用して裏切るつもりだろ?」


 はぁ、何言ってんの君?

 ロベル君は良い人ヅラしてるんじゃなくて、素で皆と接してるだけ。

 とっても優しいから、皆から信頼されてるし、信用されてるの。

 そんな騙してるみたいに言うんじゃないわよ。


「だいたい、お前が『魔王』と戦ってるなんて証拠もない。案外、もう乗っ取られてるんじゃないのか?」


 コイツ……!

 ロベル君がどれだけ頑張っているかも知らないで!


「何も言ってこないってことは、図星なんだろ? ほら、さっさと正体明かしたらどうだ?」


 くっそぅ、もう我慢ならんぞ!

 お前の目ん玉つついてやる!

 そう思ってロベル君の肩から離れそうになった時だった。


 ――パンッ。


 そんな良い音を立てて、マリアちゃんがシーボルト君の頬を引っぱたいた。

 突然のことに呆然とするシーボルト君を、マリアちゃんはキッと睨みつけた。


「シー君、言って良いことと悪いことがあるよ。会長さんは私達の知らないところで、私達のために頑張ってくれてるんだよ? それなのにそんなことを言うなんて……サイテーだよ」


 今にも泣き出しそうなほど、マリアちゃんの目は潤んでいる。

 本当に良い子だ……。

 少なくとも、そこのヘンテコな髪色の男よりかはずっと人の気持ちを考えられる子だよ。


「ほら、会長さんに謝って!」

「な、何で謝る必要が……」

「そんなの、会長さんが傷ついたからに決まってるでしょ!」


 マリアちゃんがシーボルト君を謝らせようとするけど、彼はそっぽを向いた。


「こんな奴に頭下げるなんて死んでもゴメンだね」


 そして、食べかけの弁当箱を片付けると、校舎に向かって歩き出した。


「シー君!」


 マリアちゃんの声にも反応せず、シーボルト君は校舎の中へと消えていった。


「……ごめんなさい。こんなつもりじゃなかったんです」


 マリアちゃんが申し訳なさそうに頭を下げる。

 別に君が謝るようなことじゃないよ。

 本当に謝るべきはシーボルト君の方だ。

 アイツ、ロベル君を傷つけておきながら謝りもしないだなんていい度胸してやがる。

 今度会ったら目潰しの刑にしてくれるわ!


「マリアさんが気にする必要はありませんよ」

「ですが、誘ったのは私ですし……」

「私も彼と話をしたいと言いました。それに、私の方も少々大人げなかったですから」


 大人げなかった?

 どう考えても向こうの方が大人げなかったけど?

 ロベル君の方が気にしすぎだよ。

 悪いのは全部アイツだ。


「本当にすみません……」

「何度も謝らなくて大丈夫ですよ。それより、残りの時間は貴女とお話できたらと思うのですが、いかがですか?」

「良いんですか?」

「はい、もちろんです」


 ロベル君がにこやかに言ったその言葉に、マリアちゃんはパアッと顔を輝かせる。


「じゃあ、是非!」


 そして、私達はマリアちゃんの近況を聞きながら、お昼ご飯を食べ終えたのでした。

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