第2章 雀、学校へ行く

第1羽 そして、ゲームの舞台へ

 皆様、お久しぶりです。

 雀のスズでございます。

 ロベル君の魔王覚醒を回避してから約10年が経過しました。

 今のところ、あれ以来魔力の暴走は起こっていないし、「魔王」が彼の身体を乗っ取るなんてことも起こってない。

 この10年間で大きな騒動はなく、最初の頃に比べればずっと穏やかな日常を過ごしていた。

 でも、彼にとっては激動の日々だったに違いない。

 ロベル君の存在が世間に公表されて、今まで外出できなかったのが、許可がおりて町に出られるようになった。

 そして、お父さんに色んな分野の家庭教師をつけられて、毎日稽古や授業を受けさせられていた。

 もっとも、ロベル君にとっては苦ではなかったようで、毎日楽しそうに受けていたのだけど。

 偉いなぁ、ロベル君。

 私なんて前世で無理やり習い事させられてた時は何度も逃げ出して怒られてたよ。


 それはさておき。

 今現在、ロベル君は魔王を倒す者を育成する学校に通っている。

 「王立神聖学園」と呼ばれるゲーム本編の舞台となる場所だ。

 彼はついこの間、そこの三年生になった。

 ゲーム本編でも彼は三年生で、主人公は入学式の日に二年生に編入してきていた。

 そして、今日は入学式当日。

 つまり、ゲーム本編が始まる瞬間がもうすぐやってくる。


「ロベル、忘れ物はないかい?」


 お父さんが心配そうにロベル君に尋ねた。

 今、私達は入学式に向かうための準備をしている。

 まあ、昨日のうちに準備はほとんど終わってるから、家を出る直前の最終確認してるというのが正しいのだけど。

 10年間で更に渋さが増したお父さんは、傍から見るとどこかの組織のボスみたいである。

 そんな人が、眉尻を下げてロベル君に話しかけていた。


「大丈夫です。何度も確認しましたから」


 ロベル君がにこやかに答えた。

 当たり前だけど、彼の見た目はもう完璧に「ロベル様」だ。

 ゲームのロベル様は、通常時は長い前髪と眼鏡で顔を隠し、魔王として現れた時には長い前髪をオールバックにしていた。

 でも、今のロベル君は前髪を短く切り揃えていて、綺麗な赤い瞳がバッチリ見えている。

 切れ長の瞳をしているけど、常に微笑んでいるからか冷たい印象は受けない。

 まだあどけなさが残る顔は、かっこよさと可愛さが相まって、見る人を魅了する魔性の顔立ちをしている。

 実際、彼は非常にモテている。

 老若男女問わず、学園内にも町中にもファンがいるらしい。

 しかも、血の繋がっている相手すらも魅了している……のはアコナイト家が身内に甘過ぎる家系だからかもしれない。


「式での挨拶文は覚えた? カンニングペーパーは持たなくてもいいのかい?」


 そうそう!

 なんと、ロベル君は今、生徒会長なんですよ!

 ゲームだと第一王子がやってたんだけど、彼よりもロベル君の方が優秀で、生徒達からの人気も高かったからね。

 当然のように推薦されて、当然のように選挙で1位を獲得したわけよ。

 それで、今日の入学式では生徒会長として新入生に向けた祝辞を述べることになっているのだ。

 流石ロベル君。私も鼻高々だよ。

 鼻よりくちばしの方が高いんだけども。


「ちゃんと覚えたので大丈夫ですよ」

「ええっと、じゃあ、身だしなみは……」

「使用人の方にも確認していただきましたから問題ありません」

「じゃ、じゃあ……」

「そこまでにして下さい、父上。そんなことをやっていたら入学式が始まってしまいます」


 奥の部屋からユリウスが姿を現す。

 スーツ姿の彼は呆れた様子で自分の父親を見つめていた。


「心配せずとも大丈夫ですよ。何せロベルは優秀ですから」


 ユリウスが自慢げにそう言うと、お父さんはハッと目を見開いた。


「た、確かにそうだね。ロベルは優秀だから、パパが心配するようなことなかったね」


 お父さんが肩を落とした。

 強面のイケおじが、怒られた子供みたいにしょんぼりしている。


「いえ、心配していただけて嬉しいです。色んな方から優秀だと言われるようにはなりましたが、私自身はまだまだだと思っていますから」

「謙虚だな、ロベルは」

「そこもロベルの魅力の一つですよ、父上」


 ユリウスとお父さんがうんうんと頷き合う。

 わかる。謙虚なロベル君、可愛い。


「ところで、兄様が首から下げているそれは一体……?」

「ああ、これかい?」


 ユリウスが首にぶら下がっている物を手に取った。


「一眼レフという凄く良いカメラを買ったんだ。これで今日のロベルの勇姿をバッチリ収められるよ」


 いや、何でユリウスがカメラ撮影しようとしてるの?

 会場には学校側で呼んだカメラマンがいるはずだから、その人が撮った写真を貰えば良いと思うんだけど。

 ていうかそもそも、お前はそんなことしていていいのか?


「兄様、それは有難いのですが……教師としての職務はよろしいのですか?」


 ロベル君が困ったようにそう言った。

 ユリウスは今、王立神聖学園で教師をやっている。

 ゲームでは当主の座を継いでいたけど、この世界ではお父さんが亡くなっていないから、本来成りたかった職業に就いたのだ……と思いたい。

 決してロベル君の学校生活を間近で観察したいから教師になったわけじゃないはずだ。


「ちゃんと式には出るよ」

「そのカメラを持ったまま、ですか?」

「そうしないとロベルが撮れないだろう?」

「は、はぁ……」

「大丈夫。ちゃんと校長先生から許可は貰ってるから」


 ユリウスがニコニコしながらカメラを掲げた。


「楽しみだなぁ……ロベルが壇上に立って、キリッとした顔で祝辞を述べる姿を見るの」


 「ふふふ……」と笑うユリウス。

 気持ち悪いよ、お兄さん。


「ユリウス、パパにも写真ちょうだい?」

「もちろんですよ。ついでにその時のロベルがいかに素晴らしかったか語りますね」

「おお……! 流石我が息子!」


 変態×2……じゃなくて、お父さんとユリウスが互いに手を取り合う。

 仲良くなってくれて嬉しいけど、ロベル君の前で親バカとブラコンを同時に発動するのはやめていただきたい。


「馬車の準備できましたよー……て、何してるんですか、パパヴェル様とユリウス坊ちゃん」


 私達を呼びに来たプラムさんが、二人を見て顔をしかめた。

 この10年間で全く変わった様子のないプラムさんだけど、変態ユリウスが増えたことで苦労人感は増していた。


「親子仲が良いのはいいんですけど、早くしないと遅れますよ」

「もうそんな時間なんですね」


 ロベル君が、肩にいる私を見た。


「行こうか、スズ」

「チュン!(うん!)」


 実は、私もロベル君と一緒に学校に行っている。

 普通は学園内に動物を連れ込んじゃいけないんだけど、ロベル君は特例で許可されている。


「では、行ってまいります」

「ロベルの勇姿はしっかりとカメラに収めてきますよ!」

「行ってらっしゃい、二人とも……! そして、ロベルのことをよろしく頼むよ、スズさん!」


 今生の別れみたいにお父さんが泣き出した。

 全く、式が終わったら帰ってくるっていうのに。


「チュン!(任せてください!)」


 そんなこんなで、私達は入学式――物語のプロローグにあたるイベントに向かっていったのだった。




 ――私達が馬車に乗った後。


「……ねぇ、プラム。私も入学式に行きた」

「パパヴェル様は自宅で通常業務です」

「ちょっとだけ参加するのは……」

「ダメです。そんな馬鹿なこと言ってないで、さっさと仕事始めますよ!」


 お父さんはプラムさんに首根っこを掴まれ、無理やり大量の書類の前に座らされたそうな。

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