第22羽 「黒の聖女」

 倒れたお父さんとユリウスをプラムさんが回収……否、ロベル君から遠ざけて、部屋から運び出した。

 ちゃんと床に落ちた血まで拭き取って、さっさと回収していった手際は慣れたものだった。

 プラムさんの日頃の苦労が窺えるなぁ……。


「チュン……(プラムさん大変そうだなぁ)」


 思わず声を発すると、ロベル君がこちらを向いた。

 どうやら今まで私の存在に気づいていなかったらしく、長い前髪の向こうで目を大きく見開いていた。


「……スズ、だよね?」


 え、何で疑問形なの?

 そう思ったけど、とりあえず頷いた。


「……そっか、戻っちゃったんだ」


 ボソッと、ロベル君が呟く。

 その顔はどこか残念そうだった。


「チュピ?(戻ったとは?)」

「人の姿からまた雀に戻ったんだよね?」

「チュンチュ……?(人の姿……?)」

「え……もしかして覚えてないの?」


 覚えてたらこんな反応しな……って、あれ?


「チュイ?(ロベル君、私の言葉わかるの?)」

「うん、わかるよ……あれ、そういえば何でわかるんだろう?」

「チュピ?(何でだろうねぇ?)」




「それはね、ロベルの中の『魔王』が目覚めたからだよ」




「チュチュチュ!?」

「うわぁっ!?」


 私とロベル君は二人揃って肩を跳ね上げた。

 い、今の声は……。


「お、お父様……お身体の具合は大丈夫なのですか?」


 部屋の入り口には、お父さんが立っていた。

 肩で息をしているし、口から血が垂れてるし、何だか満身創痍に見える。


「ああ、大丈夫だよ。こんなことは日常茶飯事だからね。ちょっと増血剤飲んだら回復したから」


 日常茶飯事て。この人そのうち出血多量で死ぬんじゃない?


「あの、お父様。僕の中の『魔王』とは?」

「……お前には隠していたが、お前の身体にはお前だけでなく『魔王』の魂も入っている」

「え……」


 お父さんがオブラートに包まず、どストレートに告げる。

 ロベル君が傷ついたのではとハラハラしたけど、彼は冷静に聞き返した。


「あの、『魔王』というのは、世界を滅ぼそうとしていたあの『魔王』のことですか?」

「そうだ。そして、その『魔王』の魂はお前の魂と繋がってしまっている」

「繋がってる……?」

「簡単に言うなら『魔王』もお前の力を使え、お前もまた『魔王』の力を使える状態にあるということだ」

「では、僕がスズの言葉を理解できるのは『魔王』の能力ということですか?」

「ああ、そうだ」


 あれ?

 でも、ゲームで「魔王」に動物の言葉かわかるみたいな能力あったっけ?


「正確に言えば、お前はスズさんの言葉だけを理解できるようになったのだ」


 えっ、何その能力。

 使いどころが限定的過ぎない?


「な、なぜスズだけなのですか?」

「その話をするには、まず『魔王』について話さなくてはならない。世間には知られていない『魔王』の真実を」


 「魔王」の……真実?


「『魔王』は魔物の中から生まれたなどと言われているが、それは違う。『魔王』はかつて人間だったのだ。魔物を操る能力を持った、少し魔力の多い男だった」


 それは、ゲームに出てこなかった話だった。

 ゲームでは「魔王」は魔物の最上位種と見なされていて、何らかの術で人間に転生したのだと言われていた。

 それが、元々人間だったなんて。


「だが、彼はその能力のせいで周囲の人達に疎まれていた。そして、彼が住んでいた場所が魔物に襲われた時、彼が操って襲わせたのだとあらぬ疑いをかけられ、人々に殺されかけた」


 その瞬間、急に私の心臓が痛み出した。

 理由は、全くわからない。

 お父さんの言葉が耳に入る度、痛むような気がする。


「しかし、逃げ込んだ森の中で、彼は一人の少女に助けられた」

「一人の少女?」

「ああ。その少女も不思議な力を持っていて、死の間際にあった彼をその力で救ったそうだ」


 お父さんの口から語られているのは、聞いたことの無い話だ。

 そのはずなのに……何で、知っているような気がするんだろう?


「彼女はどんな怪我や病も治すことができる力を持っていた。しかし、死にかけの男を救うには普通に力を使うのでは力不足だった。そこで、彼女は自らの魂を削り、男の魂と癒着させることで治す力を強め、男を救ったと言われている」

「魂を癒着させるなんて、そんなことができるのですか?」

「少なくとも我々には不可能だ。しかし、少女と男が魂で繋がっていたと思われる記載が文献には残っている」

「それはどのような内容なのですか?」

「そうだな……例えば、互いに離れていてもどこにいるかわかったり、言葉を介さずとも互いの考えがわかったりしていたようだ」


 お父さんの言葉に、ロベル君がハッとする。


「もしかして、僕にスズの言葉がわかるのは……」

「スズさんがその少女の生まれ変わりだからだと、私は推測している」


 私がその子の生まれ変わり……?

 あれ、でも、お父さんは私のことを「黒の聖女」だと思っていたんじゃなかったっけ?

 ……まさか。


「そして、その少女こそ、後に『黒の聖女』と呼ばれる女性だ」


 予想が的中してしまった。

 ゲームにも登場していなかった「黒の聖女」は「魔王」の命の恩人だったんだ。

 そして、彼女の生まれ変わりが私かもしれないと。

 ……にわかには信じ難いけどな。


「男と少女は二人きりで人目を避けて生活していた。だが、男は自分達をこんな状況へと追いやった人々を許せなかった。彼は少女が止めるのも聞かず、危険な鍛練を続けた。そして、正真正銘の化け物になってしまった」

「それが『魔王』なんですね」

「そうだ。しかし、当時の『魔王』は自らの力を上手くコントロールできなかったらしい。禁術を使うなどして無理やり強化していったのが仇となったようだった」

「では、力を抑えるのも難しかったのではないですか?」

「確かに、そうだったらしい。だが、彼のそばには彼の力を抑えられる存在がいた」

「……『黒の聖女』という方のことですか?」

「その通りだ。彼女は『魔王』の全てを消し炭にしてしまうほどの魔力に触れても無事でいられる唯一の存在だった。そして、その力を抑えることもできた」


 お父さんがチラリと私を見た。

 今の話、さっきお父さんから聞いた「人間になった私」がしたことと似ている。

 だから、お父さんは私が「黒の聖女」じゃないかって思ったんだ。


「……その文献を見た時、私は思った。彼女なら、ロベルの中の『魔王』をどうにかできるかもしれないと。しかし、彼女の記録はそこで途絶えてしまっていた。まるで、誰かが意図的に記録を抹消したように」


 お父さんが悲しそうに目を伏せる。


「私はローズと……お前の母親と約束をしていた。彼女が命を賭してお前の中の『魔王』を封印し、私が『魔王』を消滅させると」

「お母様も、僕の中に『魔王』がいることを知っていたのですか……?」

「ああ。彼女が最初に、胎内にいるお前の中に歪な魔力があることに気がついたのだ。そして、彼女は命を賭して、その『魔王』が目覚めないようお前の魔力ごと封印を施した」


 ……だから、ロベル君のお母さんは亡くなってたんだ。

 そして、ロベル君に魔力の発現がなかったのも、その封印のせいだったんだね。


「彼女は死ぬ前に、お前を私に託した。その時『魔王』が目覚める前に必ずお前の中の『魔王』を取り除いてやると、心に誓ったのだ」


 お父さんはロベル君に近づくと、屈んでロベル君と目の高さを合わせた。


「だが、既に『魔王』は目覚めてしまった。私は、その誓いを果たせず、ただロベルに辛い思いをさせてしまった」

「そんな、お父様が僕のためにしてくださったことなのですから、僕は……」

「いや、それだけじゃない。これから先、ロベルは自分の中の『魔王』との戦いを強いられることになる。ロベルの魂が『魔王』に飲み込まれてしまえば『魔王』が完全復活を遂げてしまうからな」

「『魔王』と戦う……」

「そうしなければ、私はロベルを殺さなくてはならない」

「っ!」


 ロベル君の顔が一瞬にして青ざめ、ビクッと身体を震わせた。

 ちょ、ちょっと、こんな小さな子供になんてことを言うのさ!


「本来であれば『魔王』の魂を持った子供を産むことすら世の中では禁忌なのだ。お前が生き続けるためには、お前自身が強くならなければならない」

「ぼ、僕が強く……?」

「そうだ。肉体的にも精神的にも強くなれ。そうすれば『魔王』になど負けることはない」


 同じ身体の中に『魔王』がいるのに、肉体的に強くなっても意味があるのだろうか?

 てか、肉体が強くなったら「魔王」に乗っ取られた時にまずいんじゃないの?

 そんなことを考えていた時だった。


「それに、お前にはスズさんという守りたい女性がいるだろう?」


 ……ん?


「男子たるもの、大切な人を守れるだけの強さを身につけねばならない。わかるね?」

「は、はいっ!」


 いや、お父さんがちょっと何言ってるかわからない。

 ロベル君は元気な返事してるけど、本当に何言われてるかわかってる?


「確定ではないが、スズさんは特別な雀だ。測定しなければわからないが、魔力を持っているようだし、いつ何時悪い奴に狙われてもおかしくはない」


 私って魔力あったの!?

 というか、めちゃくちゃ物騒なこと言われてるんですけど!?


「ロベルもローズが施した封印を解いたことによって魔力が発現しているはずだ。魔法が使えれば戦術の幅はぐっと広がる」


 お父さんがロベル君の両肩をガシッと掴む。


「スズさんと一緒にいたいのなら、お前はもっと力を身につけねばならない。そのために私ができることとして考えたのが、お前に様々な分野の家庭教師をつけることだ」

「えっ! よ、よろしいのですか?」

「もちろんだとも。だが、厳しい家庭教師をつけさせてもらうぞ?」

「大丈夫です! 僕、頑張ります!」

「よし、良い返事だ! これから一緒に頑張っていこう!」

「はいっ、お父様!」


 ロベル君とお父さんが固い握手を交わす。

 ……の、ノリについていけない。

 さっきまでシリアスな話をしていたはずなのに、どうしてこうなった。


 私が頭を抱えていると、ロベル君がこっちに向かって微笑んだ。


「スズ、おいで」


 うっ、可愛い!

 そんな顔で「おいで」なんて言われたら、胸の中に飛び込んでいっちゃうのは当たり前だよなぁ?


「僕、これから君を守るためにもっと頑張るから。だから……ずっとそばにいてくれる?」


 不安そうに私を見つめるロベル君。

 いやだなぁ、ロベル君ったら。

 そんなの聞くまでもないよ。


「チュン!(もちろんだよ!)」


 何度聞かれても、私は何回だってこう答えるから。

 だから、安心して?


「……ありがとう、スズ!」


 ギュッと私を抱き締めるロベル君に、私は頬擦りをする。




 かくして、ロベル君は「魔王」に覚醒……いや、「魔王」に身体を乗っ取られることなく魔力を発現させた。

 そして、家族との仲も良くすることができた。

 まだゲームの時間軸にはなっていないし、ヒロインや他の攻略対象にも会っていない。

 だから、今は良くても、これから先どうなるかはわからない。

 でも、たとえどんなことが起きても、私はロベル君のそばに居続けるよ。


 だって、ロベル君のことが大好きだから!

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