第21羽 何それ聞いてないんですけど!?

 ――うーん、むにゃむにゃ。

 ロベルきゅんったら、何てモチモチスベスベ肌をしてるの……はっ!


 私は急激に目を覚まして、周囲をキョロキョロする。

 私はふかふかの毛布に包まれていて、まるでロベル君と初めて出会った時のようになっていた。

 まさか、今までのは夢だったとか?

 そんなアホなことを考えていると、頭上から声をかけられる。


「スズ、起きたんだね」


 顔を上げると、至る所を包帯ぐるぐる巻きにされているユリウスがいた。

 うわっ、そんな酷い怪我してたの?

 治癒ヒールだけじゃ治り切らなかったんだろうか。無茶しやがって、全く。


「スズさん、目を覚まされましたか」


 ユリウスの背後から、プラムさんが音もなく現れる。

 相変わらず心臓に悪い現れ方しないでくださいよ。


「パパヴェル様を呼んでまいります」


 そう言うと、プラムさんは部屋を出ていった。

 ドアを閉める音もしなかったんだけど。忍者か、あの人。


「……父上はあなたに話があるらしい」


 ユリウスの視線が私の横にずれる。

 その先を追うと、ロベル君がベッドですやすやと眠っていた。

 顔しか見えない(その肝心の顔も前髪でよく見えない)けど、ユリウスと違って怪我はなさそうで安心した。


「ロベルを助けてくれたのは、あなたなのでしょう?」


 ……へ?

 いや、何の話ですか?


「あなたがいなければ、私だけでなく屋敷にまで被害が出ていました。もしそうなっていたなら、心優しいロベルは自分を責め続けていたでしょう」


 ユリウスに敬語使われてる意味がわからなくて気持ち悪いんだけど。

 ついさっきまで小動物に接するような感じで話しかけてきていたのに。


「そして、ロベルの中の『魔王』が目覚めてしまっていたかもしれません」


 え? ユリウスもロベルが「魔王」の生まれ変わりだって知ってたの?


「ロベルのことを助けていただき、本当にありがとうございました」


 ユリウスはそう言って、深々と頭を下げた。

 でも、お礼を言われる理由がわからない。

 ロベル君を私が助けた?

 前世のように人だったならまだしも、今の私は魔力も何も持ってないただの雀。

 確かにあの時、「ロベル君を助けたい、安心させてあげたい」とは思っていたけど。

 何故か記憶が曖昧なところがあるけれど、ロベル君を私が助けただなんて、そんなことあるわけがない。


 ユリウスの言葉に首を傾げていると、扉が開いてお父さんが姿を現した。


「スズさん、おはようございます。ユリウス、彼女は目覚めたばかりなのだからあまり無茶をさせてはいけないよ」


 おや? 何だかお父さんのユリウスに対する話し方がこの間とは違うような……?


「わかっております、父上。ですが、ロベルを助けてくださったお礼をすぐにでも伝えたかったものですから」

「そうか……弟想いの良いお兄ちゃんに育ってくれて、パパは嬉しいぞ!!」


 お父さんが懐からハンカチを取り出して涙を拭う。

 あ、あれ。お父さんってば、そんな情けない姿をユリウスに見せても良いの?


「……いくらユリウス坊ちゃんに真実を伝えたとはいえ、そんな気持ち悪い姿見せて大丈夫ですか?」

「大丈夫だって。なんて言ったって、ユリウスは優しいからね!」

「ユリウス坊ちゃん。気持ち悪いと思ったら、ちゃんと言ってくださいよ」

「ああ。私は慣れたから問題無い」

「嫌な慣れだなぁ……」


 どうやら、お父さんが意図的にばらしたみたいだ。

 それに、ユリウスとも和解できたようだ。

 いやぁ、良かった良かった。


「そんなことより、ロベル坊ちゃんの目が覚める前にさっさとスズさんから話を聞きましょうよ」

「そ、そうだな」


 お父さんが咳払いをして、私の方を向いた。


「まずはユリウス同様、私からも感謝を述べさせていただきます。この度はロベルを助けていただき、ありがとうございました」


 お父さんが礼をすると同時に、ユリウスとプラムさんも頭を下げた。

 うーん、身に覚えのないことで感謝されるのは居心地が悪いというか何というか。


「そして、一つお尋ねしたいのですが……スズさんは『黒の聖女』様なのでしょうか?」


 ……「黒の聖女」?

 初めて聞く言葉だなぁ。

 ゲームに似たような言葉で「白の聖女」というのは出てきていたけど、その人と対になる様な人物のことなんだろうか。

 ていうか、お父さんがそう聞いてくるということは、私がその人だと思われてるってことだよね?

 いやいやいや、そんなわけないですよ!

 私はそういう意味を込めて、首をブンブンと横に振る。


「では、あなたが人間の女性になったのは何故ですか?」


 ……んんん?


「ロベルの中の『魔王』が魔力を放出させて周囲に害を及ぼしていたあの時、あなたは黒髪の女性となり、ロベルを救ってくださいました」


 はぁ!? 何それ、全く覚えてないんですけど?


「あなたは魔力に触れても平気な様子でロベルを抱き締めて、あの子から溢れる魔力を止めてくださった。まるで、文献に載っていた『黒の聖女』様のように」


 な、なんだと……私はロベル君を抱き締めていたというのか。

 そんな貴重な体験をしていたというのに、なぜ何も覚えていないんだ……!

 ロベル君の柔肌の感触とか、抱き締め心地とか、そういうのも何一つ覚えてないし!

 くそぅ、私としたことが何たる失態だ。


「もう一度お聞きします。あなたは本当に、『黒の聖女』様では無いのですね?」


 違う……と思うけど。

 でも、ただの雀が人間になるだなんて有り得ないわけで。

 そうなってくると、自分が本当にただの雀なのか疑いたくなってくる。

 実は、私が気づいていないだけで、何か特殊な力を持っている可能性が無きにしも非ず。

 だから、お父さんの質問に対しては何も返事ができなかった。


「……もしや、スズさんもよくわかってはいらっしゃらないのですか?」


 うわ、お父さんめちゃくちゃ勘が鋭いですね。

 私は首を縦に振った。


「マジですか。せっかく手がかり掴んだと思ったのに」

「まあまあ、プラム。焦りは禁も……」

「スズ、本当に何もわからないのか!?」


 ユリウスがお父さんを押しのけて、私に顔を近づけた。

 その顔は、何だか焦って苛立っているように見えた。


「ユリウス、スズさんを困らせるんじゃない」

「ですが、父上はロベルを救えるのは『黒の聖女』様しかいないと仰っていたではありませんか! あの子が『魔王』になるのを防げるのは彼女しかいないと!」

「だが、まだスズさんが『黒の聖女』様だと決まったわけではない」

「しかしっ!」


 ちょ、やめて! 私のことで喧嘩しないで!

 ああもう、私が思い出せないのがいけないのね!

 こうなったら、気合いで思い出すしかないか!?


「お二方、そんなに大声出したら……」

「……んっ……んん」


 ベッドの上にいるロベル君がもぞりと動く。

 どうやら二人の大声のせいで起きてしまったらしい。


「ほ、本当に目を覚まされるとは……」


 プラムさんが何故か動揺している。

 その横で、さっきまで口論していた二人が同時にロベル君を見る。


「「ロベル!」」


 異口同音にそう叫ぶと、二人とも光の速さでロベル君に近寄った。

 ……息ピッタリじゃん。さすが親子。


「……っ! お、おはようございます」


 ロベル君は二人に気づくと、慌てて頭を下げた。


「兄様、それにお父様もいらっしゃるなんて……僕、何かしてしまったんでしょうか?」


 オロオロと狼狽えているロベル君。

 そんな彼を、ユリウスが抱き締めた。


「え!? に、兄様?」

「良かった……ロベルが無事で、本当に良かった」


 感極まっているのか、ユリウスの目には薄ら涙が浮かんでいる。

 その後ろで、お父さんがじっと彼らを睨みつけていた。


「お、お父様……」


 その視線に気づいたロベル君が怯えたようにお父さんを見つめ返す。


「――うわああん! ロベルが無事でよがっだよぉ!」


 お父さんは小さな子供のように大声を上げて泣き出すと、ロベル君をユリウス共々抱き締めた。


「ちょ、苦しいです父上!」

「ユリウスもロベルもごめんよぉ! パパが不甲斐ないばかりにぐるじい思いざせてじまっで!」


 お父さんは目からも鼻からも大量の水を出していた。めっちゃ汚い。

 ユリウスは鬱陶しそうにしてるけど、ロベル君は照れくさそうに頬を赤く染めている。


「……スズが言ってた通りだ」


 お父さんのうるさい泣き声の裏で、そんな呟きが聞こえたような気がした。


「お父様、兄様。心配をかけてごめんなさい」

「「ロベルが謝る必要は無いよ!」」


 ユリウスとお父さんが再び全く同じことを言う。


「私がロベルにろくでもない家庭教師をつけてしまったからこんなことに……」

「いやいやいや、元はと言えばパパがロベルを外に出さないようにしてしまっていたから……」


 二人はロベル君の目の前で自らの過ち(?)を語り始めた。

 第一回ロベル君に対する懺悔大会、始まる。

 いや、そんなの今やってどうするよ。

 ロベル君は目が覚めたばかりだから、全然状況がわかってないだろうに。


「違うんです。僕、勘違いしてました」


 ロベル君の一言に二人は喋るのを止めた。


「僕、お父様には嫌われているのだと思っていました」

「……それは仕方ないことだ」

「それに、兄様も、僕のことを可哀想だと思って、僕に付き合ってくれているのだと思っていました」

「……そう思っていた時期もあった。だが、今は違うよ」

「はい、わかっています。お二人は僕のことを嫌ってもいないし、可哀想だと思ってもいません」


 ロベル君が二人を真っ直ぐ見つめた。


「お二人は僕のことを愛していてくださっていたんですね。それに気づけなくて、ごめんなさい」


 ぺこりと、ロベル君が頭を下げる。

 そっか、ロベル君は二人に愛されているということに気づいたんだ。

 独りぼっちじゃないんだって気がついたんだね……ううっ、良かった。

 気づけないままだったら可哀想過ぎるもの。


「……そういう時は『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』と言うんだよ」


 お父さんがそう言って、ロベル君に向かって微笑んだ。

 その顔はいつものデレデレした感じではなく、父親らしい威厳と慈愛に満ちていた。

 ……ちゃんと父親らしいことも言えるんだ。

 だったら、普段からそんな感じで接すれば良いのに。


「えっと、その……愛してくださって、ありがとうございます」


 ロベル君がにっこりと満面の笑みを浮かべる。

 その破壊力たるや――。


「「かはぁっ!!」」


 大人二人を吐血させるほどだった。

 お父さんとユリウスが、あまりの尊さにほぼ同時に口から血を吐いて倒れた。

 気持ちはわかる。気持ちはわかるんだけど……変態かよ。


「め、めんどくさいのが一人増えた……」


 プラムさんがゲンナリとした顔をする。

 あはは……頑張ってください。


 かくして、罪なロベル君によって二人の大人が撃墜させられたのでした。

 待って、私の「黒の聖女」説はどうしたよ!?

 てか、「黒の聖女」って何?

 その話をしてから倒れてくれよ!

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