第43羽 ゲームの裏事情
睨みつける私達を、ネペンテス先生は黙って見ていた。
しかし、しばらくして先生が突然笑い出す。
「……ククッ。その程度で私を出し抜けたとでも?」
「あなたの仲間もマリアさんも無力化させていただきましたし、下にいる方達も後から来る応援の皆さんによって捕えられます。あなたにできることはもうありませんよ」
ロベル君の言葉に同調するように、ルーファス君が頷いた。
「そうそう。先生の目的が何なのか知らないけどさ、いい加減降参したら?」
「……降参? そんなことするわけないだろう」
ルーファス君の挑発に対しても、ネペンテス先生はそう言って笑う。
こちらが有利な状況のはずなのに、何でそんなに余裕の表情を浮かべているのだろう?
「お前と彼女がこの場にいる時点で私の目的はほぼ達成されているようなものだ。彼女のことは残念だが……他の方法を探すよ」
ネペンテス先生はクスクスと笑っている。
最早そこに、私の知っている「アンドレイ・ネペンテス」の姿は無かった。
一人称もいつの間にか「俺」から「私」に変わっているし、これが本来の姿なのだろう。
「……あんた、ネペンテス先生じゃないのか?」
後ろからシーボルト君の驚く声が聞こえた。
「シーボルトさん、それはどういう意味ですか?」
「いや、そのままの意味だよ。先生の本性が、違う人の顔に見えたからさ……」
ロベル君の質問に対し、シーボルト君は戸惑っている様子で答えた。
そんな彼に、先生は笑いながら言った。
「君の能力ではそうやって見えるのか。それなら、そう思ってしまうのも仕方ないな」
「どういうことだ?」
シーボルト君が怪訝な顔で尋ねる。
先生は頬笑みを浮かべたまま答えた。
「私はね、『アンドレイ・ネペンテス』に転生したんだ。私には前世の記憶がある……そこにいる彼女のようにね」
先生が私を指さす。
やっぱり、私と同じ転生者だったんだ。
それで、ゲームの知識を使ってこんなことを……。
「しかし、シーボルト・プリムラの能力は凄いな。そこの彼女と『黒の聖女』を結び付けられたのも君のおかげだし、私が怪しいとなったのも君の能力あってのことだろう? 君の能力については知っていたが、
先生はどこか嬉しそうに笑っている。
「実際に存在していると」?
何だか妙な言い方だ。
ゲームではシーボルト君にそんな能力が無かったから、そんなことを言っているのだろうか。
でも、それにしたって変な言い方だと思う。
「ふふ、私の言っている意味がわからないという顔をしているな」
先生は私を見つめてそう言った。
「君にもわからなかっただろう。何故私がゲームにも出ていないシーボルト・プリムラの能力について知っていたのか」
「……はい。私が死んだ後に設定資料集みたいなのが発売されたんですか?」
「それは私にもわからないな。まあ、仮に発売されていたとして、彼の能力については一言も書かれていないだろう」
「どうしてですか?」
「ゲームのシーボルト・プリムラはこの能力を持っていないからだ」
ゲームのシーボルト君は能力を持っていない?
「……じゃあ、どうして先生はそれを知ってるんですか?」
私がそう聞くと、先生は不気味に微笑んだ。
「私が彼の設定を考えたからだよ」
「……え」
私は一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
先生が設定を考えたということは……それって、つまり。
「先生は、あのゲームの制作に関わっていたんですか?」
「ああ。私はシナリオを担当していたんだ」
まさか、シナリオライターだったの!?
前世の私だったら思わずあのゲームの魅力とか、ロベル様がいかに素晴らしいかとか言っていたかもしれない。
あと、ロベル様によくもあんなことを、なんて恨み言も。
でも、今そんなことはどうでもいい。
ゲームに携わっていて、しかもシナリオを考えた人なんでしょう?
どうして、自分が考えたキャラ達が傷つくようなことをしたの?
ゲーム通りの展開にしようとして、その過程で傷つくようなことをしてしまったというのならまだわかる。
だけど、先生がゲーム通りにしようとしていたとは思えない。
ヒロインを洗脳して、先生自身もゲームとは違う動きをしていたから。
それに、先生がゲームのキャラに愛着を持っていたとも思えない。
愛着があったら、マリアちゃんにあんな酷いことはしないだろう。
「……君は、『神聖剣の乙女』というゲームが好きかい?」
突然、先生にそう聞いてきた。
「好きでしたよ。徹夜で推しキャラのストーリーを全回収するくらいには」
「はは、そうか。でも、私は嫌いだよ」
あまりにもあっさりと言われ、私は顔をしかめた。
「何故ですか? あなたがシナリオを書いたゲームなんですよ?」
「そうだな。あのゲームが
「……それは、どういう意味ですか?」
「あのゲームのシナリオは、私が書いたものとは別物になっていたんだ」
そう言った瞬間、先生の顔から笑みが消えた。
「大筋はあっていたよ? 選ばれしヒロインが攻略対象と愛を育み『魔王』を倒す……そこは変わらなかった。だが、私のシナリオにあった部分が何ヶ所も消され、無かったものが継ぎ足されていたんだ。シーボルト・プリムラの能力が良い例だろう」
ゲームには無かったシーボルト君の能力。
元のシナリオには存在していたんだ。
だから、先生は「実際に存在していると」なんて言ったのか。
「キャラクターの設定がシナリオから削られてしまうのはしょうがない部分もある。シナリオから実際にゲームにするには様々な問題が発生する時があるからな。だがな、私への相談も無しにシナリオを勝手に書き換えたことは許されるべきではないと思わないか?」
「他の人に勝手に書き換えられたということですか?」
「ああ。酷いだろう?」
確かに、それは酷い。
ゲーム業界について詳しくないけど、シナリオを勝手に書き換えるのは著作権の侵害になるんじゃないのかな?
あのゲームにそんな裏があったなんて……。
「それで、先生はあのゲームが嫌いなんですね」
「それだけじゃない。奴らは、私がこだわって書いたところまで消したんだ!」
先生が急に声を荒らげる。
さっきまでの笑顔とは打って変わって、怒りに満ちた表情を浮かべていた。
「私が書いたシナリオには『黒の聖女』と『魔王』の話があったんだ。隠しシナリオとしてね」
な、なんですと!?
「そのルートでは『魔王』の真実が明かされ、プレイヤーは彼を人に戻す方法を探すことになる。探しているうちに『黒の聖女』の存在を知り、現世に残っていた彼女の意志と『魔王』を会わせることで『魔王』を人に戻すことができた」
ということは、ロベル様と恋愛できたということですよね!?
もう「魔王」じゃないなら敵じゃないですし!
何故そんなシナリオを消したんだ!
「そして、人に戻った『魔王』は『黒の聖女』と共に現世を去るんだ」
……ん?
「あの、それって『魔王』死んでません?」
「死ぬのではなく、現世を去るんだ」
「だから、それは死んでますよね!?」
死んでたら恋愛とかできないですね!
というか、「黒の聖女」と一緒にいる時点で恋愛とか無理じゃないですか!
「恋愛シミュレーションゲームとして、イケメンが他のキャラとくっつくのはどうかと……」
「ヒロインが他のキャラを攻略した後に出てくるシナリオだから問題ないだろう?」
ええ……。
まあ、普通のRPGだったら面白いと思うけど、乙女ゲームだから賛否両論ありそうな内容だ。
少なくとも私だったら「結局ロベル様と恋愛できないんかい!」ってブチ切れてコントローラー投げてるね。
「だが、このシナリオを盛り込むのを許可してくれなくてね。私は何度も直談判したのだが、面倒くさがられたのだろう。最終的には私の知らないところで、他の誰かにシナリオは書き換えられてしまった……スタッフロールにも私の名前はなく、私がこの作品に携わったという証もゲームには残っていない」
えっ、そんなの酷すぎない?
先生が書いたシナリオを勝手に書き換えただけでなく、スタッフからも外すなんてあんまりだ。
「まあ、それに関してはもうどうしようもない話だ。訴えようにしても私は死んでここにいる。このことはもう世に知られることは無いだろう」
「……それで、先生はこの世界をめちゃくちゃにしようとしてるんですか?」
「まさか。そんなことはしないさ」
「でも、マリアちゃんを洗脳したり、『黒の聖女』や『魔王』を復活させようとしたりしていたじゃないですか。それって、『魔王』の力を使ってこの世界を滅ぼそうとしてたんですよね?」
私がそう言うと、先生は目を瞬かせた。
え、何でそんなキョトンとした顔をしてるんですか?
「……ああ、傍から見るとそうとも取れるか。だが、私の目的はそんなものじゃないよ」
「じゃあ、その目的って一体何ですか?」
そう尋ねると、先生はニヤリと笑った。
「私はね、自分の書いたキャラが幸せになるのが好きなんだ」
「はい?」
突然何の話が始まったんだろう?
困惑する私を無視して、先生は話を続けた。
「『黒の聖女』の完全復活が失敗に終わってしまったのは残念だが、きっと問題ない。『魔王』と会えば、自然と記憶を取り戻せるはずだ」
「あの、それはどういう……」
「ゲームでは決して結ばれることのなかった二人が、この世界では結ばれるんだ。私はそれを見るためだけに、この計画を立てたんだよ」
先生がそう言うと――地面が急に輝き出した。
「魔法陣……しまった、元々仕掛けられてたのか!」
ルーファス君の悔しそうな声が聞こえる。
光り輝く地面には不思議な模様が浮かび上がっていた。
何かの魔法陣であることは、私にもわかった。
「君の目を出し抜けるかどうかだけが心配だったが、油断していてくれて何よりだよ」
「くっそ……!」
ルーファス君を含む数人が先生に向かって攻撃しようとする。
しかし、その動きがピタリと止まる。
「ちっ、動けない! 魔法陣の効果か!」
どうやら魔法陣のせいで皆の動きが止められているらしい。
でも、起きたのはそれだけじゃなかった。
「うっ!」
突如として聞こえてきた呻き声。
私はその声の主を見て、血相を変えた。
「ロベル君!」
呻き声を上げてうずくまる彼の身体からは、真っ黒な魔力が溢れ出ていた。
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