第42羽 だから、出し抜かれちゃうんですよ
「神聖剣」は悪を断つ。
通常、人がその剣で切られても、傷がつくことは無い。
その剣で切ることができるのは「魔王」や彼の眷属になった者達だけ。
じゃあ、「魔王」の魂を持つロベル君は?
彼が「神聖剣」で貫かれて、無事でいられる保証はない。
……それなのに。
私の目の前で、ロベル君が「神聖剣」に貫かれてしまった。
誰よりも守りたい人だったのに、自分のせいで彼は死んでしまう。
そう考えたら、私の頭は真っ白になった。
「何をしている!? ロベル・アコナイトを殺してしまっては元も子もないんだぞ!?」
近くにいるはずなのに、ネペンテス先生の慌てふためく声が遠くから聞こえてくる。
もし私の思考がまともだったら、何で先生が慌てているのか不思議に思っただろう。
でも、その時の私にそんな余裕はなかった。
ロベル君が死んでしまう。
私のせいで、死んでしまう。
ただそれだけが、頭の中を占めていた。
ロベル君に「神聖剣」を刺したマリアちゃんが、先生の声に反応して剣を彼の身体から引き抜こうとする。
背を丸めてぐったりしているように見えるロベル君の身体から、簡単に剣が引き抜かれてい……かなかった。
マリアちゃんが両手で剣を引き抜こうとしても、まるで何かに引っかかったように「神聖剣」はビクともしない。
今まで無表情だったマリアちゃんの顔が、ほんの少しだけ怪訝な表情を浮かべる。
彼女は引いてダメなら押してみようとでも考えたのか、より深く剣をロベル君の身体に突き刺した。
それを見たネペンテス先生は、悲鳴にも似た声を上げた。
「なっ、そんなことをしたら余計傷が深くなるだろう!? 早くその剣を抜け!」
私はあまりにも恐ろしくて、声すら上げられなくなっていた。
先生の命令を聞いたマリアちゃんは柄の近くまで深々と刺した剣を引き抜こうとする。
その瞬間。
突然動き出したロベル君が、彼女に向かって何かを振り下ろした。
「……え?」
私の口から間抜けな声が漏れる。
ロベル君は針のようなものをマリアちゃんの腕に刺していた。
マリアちゃんが刺された腕を見て目を見開く。
しかし、彼女がロベル君に向かって何かする前にその手は剣から離れた。
そして、彼女は気を失ったかのように地面に倒れてしまった。
「な……何が起こった?」
ネペンテス先生は状況を理解できていないらしく、訝しげにこちらを見つめている。
とはいえ、私も何が起きたのかさっぱりわからない。
動揺している私と先生の前で、ロベル君はお腹に突き刺さっていた「神聖剣」を引き抜いた。
刺さっていたところに傷跡は無い。
「――死なないと頭ではわかっていても、剣で刺されるのはヒヤッとするな」
ロベル君がそう言った。
でも、その声はロベル君のものじゃなかった。
「先生が
ロベル君の声じゃないけど、喋っているのは目の前にいるロベル君だ。
この声、もしかして……。
「き、貴様はロベル・アコナイトでは無いな!? 一体何者だ!?」
ネペンテス先生がそう聞くと、ロベル君(?)はニヤリと笑った。
「……先生はもっとお仲間さんを大切にした方がいいですよ? 少なくとも、顔くらいは覚えてあげないと」
すると、後ろの方で複数の呻き声が上がった。
慌てて振り返ると、フードを被った人達のうちの一人が同じくフードを被った人を倒していた。
いや、その人だけじゃない。
フードを被っている人の何人かが、近くのフードの人を倒している。
傍目から見ると、仲間割れが起きたようにしか見えなかった。
「お前達、何をしている!?」
ネペンテス先生が驚いたように声を上げる。
フードの人を倒していた人の一人がその質問に答えた。
「何って、悪者退治ですよ?」
「何……?」
「わかりやすく言うと、僕は先生のお仲間じゃないんです」
そう言って、その人はフードをとった。
「お前はルーファス・ペチュニア!? 何故お前がここに……」
「ヤダなぁ、先生。ちょっと前からずっと一緒にいたじゃないですか。まあ、フードで顔見えなかったと思うんで気づかなかったかもしれないですけど」
「そんなまさか、人数は変わっていないはず……」
「そりゃあ、変わらないですよ。一人捕まえて入れ替わったんですから。あ、実際に捕まえたのは一人だけじゃないんですけどね?」
ルーファス君がそう言うと、まだ立っていたフードを被った人達がネペンテス先生に向かって武器を構えた。
「なるほど、私が気づかない間にここまでの人数を入れ替えていたのか……」
「先生ってば、周り見て無さすぎでしょ。そんなんだから、こんな若造に出し抜かれちゃうんですよ」
「おい。煽るのはやめろ、ルーファス」
ニヤニヤと笑うルーファス君を、ロベル君(?)がそう言って窘めた。
それを見て、私は確信した。
「……ローラス君、だよね?」
私がそう聞くと、目の前にいるロベル君(?)がニコッと笑った。
「どうも、スズさん。さっきは呼び捨てにしてすみません」
やっぱり、ローラス君なんだ。
何で彼がロベル君そっくりの顔で立っているんだろう?
魔法で変身してるのかな?
「貴様、ローラス・ブルームか。しかし、貴様は魔法を使っていないはず……」
「そりゃあ、魔法使ったらバレるでしょう。だから、ルーファスが変装マスク作ってくれたんですよ」
そう言って、ローラス君は顔に被っていたマスクを剥いだ。
「ちなみに声は本人のものですよ。小型スピーカーを仕込んで、そこから流してたんです」
「それを作ったのももちろん僕でーす!」
ルーファス君が自慢げに、両手でピースサインを作る。
ネペンテス先生がイラッとした顔になるのも無理はなかった。
「急ごしらえだったけど、何とかなるもんだね。流石はアコナイト家、手際良すぎて味方で良かったって心底思ったよ」
ん? 何でそこで「アコナイト家」が出てくるんです?
私が首を傾げたのが見えたのか、ローラス君が教えてくれた。
「このマスクとか小型スピーカーとかの材料を用意してくださったのはアコナイト家の方々なんです」
「えぇ!?」
「ついでに言うと、僕達がここに潜入したのも会長さんのお兄さんの頼みだったからだよ」
「……ユリウスの?」
「そ! ユリウス先生はネペンテス先生がコソコソ何かしてるのに気づいてたみたいでね。会長さんに内緒で調べてたらしいんだ。んで、『色々ヤバくね?』てことで僕達をここに送り込んだってわけ」
ルーファス君達がここにいる理由はわかった。
でも、何でユリウスはルーファス君達にそんなことを頼んだんだろう?
あと、ユリウスが何でネペンテス先生の不審な動きに気づいたのかも知りたいんだけど。
「何故ユリウスが私の計画に気づいた? それに、貴様らをここに送り込んだ理由は何だ?」
……ネペンテス先生が私の疑問を全部聞いてくれた。
「マリアちゃんの身辺調査してたら気づいたらしいよ。彼女が会長さんに近づくにふさわしい人物かどうか見定めてる過程で、彼女に近づくネペンテス先生が怪しく見えたんだって」
なるほど、ユリウスがブラコン拗らせてたおかげで気づいたってわけか。
でも、見定めってなんだよ。
ユリウスに見定められるでもなく、元々のマリアちゃんは良い子だからロベル君に近づいても何の問題もないよ。
むしろ、ユリウスの方がロベル君に近づいて欲しくないよ。
「僕達が送り込まれたのは単純に使えそうだったかららしいよ。優秀だと言ってくれたようなものだけど、こんなことやらされるとは思わなかったなぁ」
「潜入中に連絡取るのも大変だったしな」
ケラケラと笑うルーファス君とローラス君。
「……こんな状況なのによく笑えますね」
そんな二人を見て、フードを被った人達の後ろにいたシーボルト君が長いため息をついた。
そういえば、シーボルト君は彼らの作戦のことを知っていたのかな?
「シーボルト君もルーファス君達がここにいたこと知ってたの?」
「いや、知らないです。顔が見えてなくても、俺には見えるんで気づいてはいましたけど」
ああ。本性が見えるから、シーボルト君はわかってたんだ。
彼は不満そうな顔でルーファス君を睨んだ。
「何で俺には教えてくれなかったんですか?」
「いやぁ、だってシーボルト君が来てくれるとは思わなくてね?」
「俺はそんなに薄情な人間じゃないです」
そんな会話をしていると、ネペンテス先生が声をかけてきた。
「……危険なことは貴様らに任せて、当のロベル・アコナイト本人は安全な場所に隠れているのか? 奴こそ薄情じゃないか」
そう言って、先生はククッと笑った。
確かに、ロベル君の姿は見えない。
でも、最初に塔に入った時、私は本物のロベル君と中に入った。それは確かだ。
つまり、飛ばされた後にロベル君とローラス君が入れ替わったことになる。
ということは、彼はここのどこかにいるんじゃないかな?
と、私が思った時。
「――大切な人を危険な目に遭わせているのに、一人で逃げるわけないでしょう?」
私のすぐ後ろで、ロベル君の声が聞こえる。
慌てて声のした方を見ると、フードを被った人が私の背後に立っていた。
その人がフードを取ると、艶やかな漆黒の髪とルビーのような赤い瞳が顕になった。
「ロベル君……!」
「怖い思いをさせてごめんね、スズ」
ロベル君はそう言って微笑んだ。
「本当はもっと穏便に済ませる予定だったんだけど、ローラスさんが勝手な行動をしたのでね」
それを聞いたローラス君が、ビクッと肩を跳ね上げる。
「いやいや、あの時はあれが最善だと……」
「スズが危険な目に遭うのが最善なのですか?」
「そんなことは一言も言ってないです!」
ロベル君はただ微笑んでいるだけなのに、それを見たローラス君の顔は青い。
こんなにカッコイイのに、ローラス君は何で青ざめているのやら。
「……まあ、その話は後にしましょうか。今はマリアさんの救出と、ネペンテス先生の計画を阻止するのが先です」
「後で怒んないでくださいよ?」
そう言いながら、ローラス君は倒れていたマリアちゃんを抱き上げる。
そして、入口近くの安全なところまで移動した。
「もうあなたの思い通りにはさせませんよ、ネペンテス先生」
ロベル君がネペンテス先生を睨みつける。
もう、先生の好きにはさせない。
この人の計画はここで止めてみせる!
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