第41羽 誰かが死ぬのは嫌だから
シーボルト君と共に一つ上の階に上がる。
その階にはロベル君はおろか、フードを被った人達もいなかった。
ここに来るまでの階には見回り役がいたのに、ここにだけいないのは妙だ。
どこかで隠れているのかな?
そう思ったけど、上の階へと続く階段の前に来ても誰かが出てくる気配は無かった。
人員が足りなかったとか?
でも、下の階にいた人数を見る限り、そんなことはなさそうだけど。
やっぱり、意図的に人を配置していない……?
「下の階との差が激しいな。先生は一体何を考えているんだ?」
シーボルト君も同じ疑問を抱いたようで、怪訝な表情を浮かべていた。
「……考えてもしょうがないか。早く会長と合流しよう」
そこから更に上の階へ上がっていく。
あの階以降、どこにも人影が見当たらない。
今までの妨害が嘘のように何も起きないので、まるでこの先に誘導されているように感じてしまう。
だけど、ロベル君がこの先にいる以上、進む以外の選択肢はない。
数階上がったところで、私達の目の前に巨大な扉が現れた。
階段を上りきった先にあったそれは全体が真っ黒で、ドアの取っ手は金色に輝いていた。
見た目からして重々しく、ここが今まで見てきた部屋とは異なるものだということを窺わせる。
周囲を見回すが、私達が上がってきた階段以外に階段は見当たらない。
どうやら、ここが最上階みたいだ。
「今まで誰もいなかったことを考えると、会長も先生もマリアさんもここにいるんだろうな」
シーボルト君はそう呟くと、深呼吸をした。
相当緊張しているのか、身体が小刻みに震えている。
「……開けますよ、スズさん」
シーボルト君が重そうに扉を押し開ける。
「ギギッ……」という不快な音を立てて開いた扉の向こうには、大勢のフードを被った人達がいた。
そして、その人達の正面で私達に背を向けて立っていたのは……。
「チュン!(ロベル君!)」
名前を呼ぶと、彼がこちらを振り返る。
「スズ……それに、シーボルトさんまで」
驚いたようにこちらを見てくるのは、紛れもなくロベル君だ。
振り返った彼の手には剣が握られている。
しかし、彼自身に怪我はなさそうだし、剣も汚れていない。
彼らと戦っていたわけではないのかな?
「――なんだ、お前まで着いてきてたのか」
状況を把握しようとしていると、部屋の奥からそんな声が聞こえてきた。
私は声の主を見た。
「チュピ……(ネペンテス先生……)」
そこには、冷ややかな顔でこちらを見遣るネペンテス先生がいた。
彼は部屋の奥で、悠々と足を組んで座っている。
その隣には、制服姿の女の子が立っていた。
「マリアさん……!」
シーボルト君が女の子にそう呼びかけた。
ネペンテス先生のそばにひかえるように立っていたのは、マリアちゃんだった。
彼女はシーボルト君の呼びかけに反応することなく、ただじっと宙を見つめている。
「無駄だよ。彼女の意思はもう無い」
「……先生が、マリアさんに何かしたんですか?」
シーボルト君がネペンテス先生を睨みつけながら聞いた。
先生はニヤリと笑う。
「そうだよ。あの日記にもそう書いてあっただろ?」
私達が日記を読んでここに来たということも、先生にはわかっていたようだ。
「まさか、シーボルト・プリムラまで来るとは思っていなかったがな。いや、攻略対象だからヒロインがピンチの時に助けに来るのは当然か。そこは少し見誤ったか」
先生が喉を鳴らして笑う。
何が楽しいのか、私には理解できない。
「まあ、問題ない。邪魔な者は排除すればいいだけだからな」
その言葉で、フードを被った人達が一斉に武器を構えた。
シーボルト君とロベル君も、剣を構えて身を固くする。
「彼らは下にいた奴らとは違って優秀だぞ。たった二人だけで敵う相手じゃない」
「そんなもん、戦ってみないとわからないだろ!」
「そうカッカするな、シーボルト・プリムラ。俺は何もお前達を殺したいわけじゃない。邪魔をしないなら見逃してやってもいい」
「アンタがマリアさんを解放しない限りは逃げるなんてしない!」
シーボルト君がネペンテス先生に噛み付くように言い返す。
睨みつけてくるシーボルト君を、先生は笑いながら見つめていた。
「威勢が良いな。安心しろ、用が済めば彼女も解放する」
「本当か?」
「本当だとも。だから、ここは身を引いてくれないか?」
「その用というのは何だ? それが言えないなら、身を引かないぞ」
「君もつくづく強情だな」
やれやれ、というふうにネペンテス先生が肩をすくめた。
「用というのは、そこの雀にあるんだ」
「……チュピ?(私?)」
ネペンテス先生が指さす先には、どう見ても私がいる。
というか、この場に雀は私しかいない。
「スズさんに?」
「そうだ。彼女を『黒の聖女』の力を使える状態で引き渡してくれるなら、マリア・カモミールは解放しよう」
「人質がマリアさんからスズさんに変わるだけじゃないか!」
「人質だなんて人聞きの悪い。彼女も用が済めば解放するさ」
「スズに何をするおつもりで?」
今まで黙って二人のやり取りを見ていたロベル君が、ネペンテス先生にそう尋ねた。
「それは言えない。そこから先は機密事項だ」
しかし、今度は教えるつもりがないらしく、ネペンテス先生はそう返してきた。
「それでスズを引き渡してもらえるとお思いですか?」
「はは、まさか。でも、君達の身が危険に晒されてるなら、話は別だよな?」
フードを被った人達が段々私達に近づいてくる。
「わかっているだろうが、君達がまだ悩んでいる間は襲わせない。しかし、君達が反発して戦うつもりなら、こちらも容赦はしない」
今は襲ってくる様子はないけど、こちらの出方次第でロベル君達は戦闘に巻き込まれてしまう。
先生の言っていることが本当なら、二人ともやられてしまうかもしれない。
「スズさん、耳を貸してはダメです。スズさんが向こうに行っても、俺達が襲われる可能性は充分にあります」
確かにそうだ。
先生が嘘をついているかもしれない。
それに、先生の目的もわからないのに、向こうからの提案に乗ることなんてできない。
「ほう、良いのかな? お前達だけじゃなく、マリア・カモミールも死んでしまうかもしれないぞ?」
先生がそう言うと、微動だにしていなかったマリアちゃんがどこからか短剣を取り出した。
そして、それを自らの首筋に突きつける。
「なっ、マリアさん!」
「彼女を洗脳したと書いてあっただろう。私が命じれば彼女は自殺する。君達が反発してくるなら、彼女は自分で自分を殺すぞ」
そんな……なんて酷いことを!
「さあ、どうする? このまま皆で仲良くあの世に逝くか?」
ネペンテス先生はニヤニヤと笑っている。
……先生が何をするつもりかわからないけど、彼の提案を断れば皆死んでしまう。
でも、私が向こうに行けば助かるかもしれない。
もちろん、先生が嘘をついていないという保証はない。
それでも、少しでも皆が助かる可能性があるのなら。
私が犠牲になれば、助けられるなら。
私は、喜んでこの身を差し出すよ。
「チュン(ロベル君)」
ロベル君の肩にとまり、彼の名前を呼んだ。
「チュピ(私、行くよ)」
「危険な目に遭うかもしれないのに、スズはそれでいいの?」
「チュン(皆が助かるなら)」
私はそう言って頷いた。
「……わかった」
ロベル君は懐からリボンを取り出した。
隠れ家で見つけた「黒の聖女」のリボン。
もしも何かの拍子に「魔王」が暴れ出しても抑えつけられるように、ロベル君にはそれを常に持ち歩いてもらっていた。
「おい、まさか会長!」
「スズがそう言ったから、彼女の意志を尊重するだけだよ」
シーボルト君に向かってそう言うと、ロベル君は床の上に立った私にリボンを付けてくれた。
その瞬間、身体が熱くなって視点が高くなる。
自分の姿が人になっていることを確認してから、私はネペンテス先生に向かって言った。
「これで力は使えます。あなたの方に行きますから、マリアちゃんを返してもらえませんか?」
「慌てなくても、君がこちらに来てくれれば彼女も解放するよ」
「マリアちゃんが無事に帰ってくるまで、私はここから離れません」
「そうか。それなら、二人同時に入れ替わるようにして動こう。君がこっちに来て、彼女が向こうに行く。それでいいだろう?」
「……わかりました」
私が前に出ようとすると、シーボルト君に肩を掴まれた。
「待ってください! 何をされるかわからないのに、行くのは危険です!」
「でも、私が行かないと皆が危険だよ」
「だからって……!」
「大丈夫。殺されそうなら逃げるから」
シーボルト君から離れ、私はネペンテス先生の元に向かう。
シーボルト君はまだ何か言いたそうにしてたけど、ロベル君に止められていた。
「二人ともごめんね、ありがとう」と心の中で呟いて、正面を向く。
「では、マリア・カモミールも向かわせよう」
その言葉を聞くと、マリアちゃんは剣を床に落とした。
「……ところで、君に聞いておきたいことがある」
私とマリアちゃんがゆっくり歩き出すと同時に、ネペンテス先生が私に質問してきた。
「君が日本語を読んだのかな?」
「……そうです」
「ということは、君には前世の記憶があるのか」
「はい」
何故突然そんなことを聞いてくるのだろうと不思議に思いつつも、私は正直に答えた。
「では、その前の前世の記憶は?」
「その前とは?」
「日本人として過ごした記憶の前に、他の人間として生きた記憶があるのかと聞いているんだ」
「いえ、無いですね」
「……それなら、『シスル』という人物の名に聞き覚えはあるか?」
「えっと、すみません。存じ上げません」
一体、先生は何の目的でそんな質問をしてきているのだろう?
質問の意図もわからないし、何で今聞いてきたのかもわからない。
私が戸惑いながらも先生の方へ歩いていると、彼は何故か残念そうにしていた。
「そうか……やはり、そうだったか」
先生がそう呟くのが聞こえたかと思うと、今度はハッキリとこう言った。
「なら、殺すしかないな」
私が「え?」と思った瞬間。
今まさにすれ違おうとしていたマリアちゃんの手に、剣が握られているのが見えた。
両手で「神聖剣」を握り締める彼女は、私の正面で剣を突くようにして構えた。
今、自分が何をされそうになっているのかは理解できた。
だけど、身体が動かない。
刺されそうになっているのに、私はそれを避けられなかった。
目の前の剣が、私目掛けて突き出される。
その時だった。
「スズ!」
そんなロベル君の声が聞こえてきたと思ったら、私の身体は後ろに突き飛ばされて。
その突き飛ばした人が、私の前に立って。
マリアちゃんの剣が、その人の腹部に突き刺さる。
「いや……いやああああっ!!」
その光景を見て、私は叫ぶ。
――「神聖剣」は、ロベル君を貫いていた。
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