第23羽 人になっちゃいました……?

 強い光が魔法陣から発せられ、その中心にいたスズの姿が見えなくなる。

 次第にその光が弱くなっていき、“彼女”が姿を現した。


「……あれが『黒の聖女』?」


 そう言ったのは誰だっただろうか。

 先程までスズがいたはずの場所には、黒髪の女性が立っていた。

 彼女は黒いワンピースを身につけていて、首にはスズがしていたリボンが巻かれている。


 その姿を見た“俺”は、心臓が跳ね上がった。


 あの時のまま、何一つ変わらない。

 触れれば壊れてしまいそうな儚さの中に強さを秘めた彼女。

 どうしても人類を許せなかった“俺”を叱りながらも、俺に寄り添ってくれた彼女。

 誰よりも優しく、自らを虐げた者達にさえ慈しみの心を持って接していた彼女。

 しかし、そんな彼女を裏切るような形で、奴らは彼女を殺した。

 悲しかった。許せなかった。

 だから、“俺”は――。


「『リン』……」


 一歩、足を踏み出せば届きそうな距離だ。

 愛しい彼女に触れたい。

 そう思って、“俺”は彼女に手を伸ばす。


「――しっかりしろ、ロベル・アコナイト!」


 その瞬間、僕は肩を揺さぶられた。

 ハッとして、僕の肩を掴んでいる相手を見る。


「シーボルトさん……」


 僕の肩を掴むシーボルトさんは、青ざめた顔でこちらを睨みつけていた。


「アンタ、今やばかったぞ」

「……やばい、とは?」

「自覚無いのか?」


 ……自覚がないわけでは無い。

 あれは「魔王」だ。

 彼女を見た瞬間、「魔王」の感じていた悲しさや愛しさ、憎しみが一気に襲いかかってきて、僕の意識は乗っ取られた。

 油断していたつもりはなかったが、シーボルトさんが止めてくださらなかったら、僕は「魔王」に身体を乗っ取られたまま彼女に近づいていただろう。


「今はもう大丈夫だよな?」

「ええ……ありがとうございます、シーボルトさん」

「礼はいい。それより、早く彼女のところに行ってやれよ」


 そう言われて魔法陣の方を見ると、彼女が目を開けていた。

 そして、自分の手足を確認して戸惑っているようだった。


「他の誰かより、彼女はアンタに支えられたいだろうから」


 そう言うと、シーボルトさんは顔を背けた。

 ちらっと見えたその顔は、悔しそうだった。

 彼もスズのことが好きなのは知っている。

 彼は自分の気持ちより、彼女の気持ちを優先してくれたのだ。


「シーボルトさん、本当にありがとうございます」

「……ふん」


 恥ずかしそうに頬を赤くするシーボルトさんに苦笑しつつ、僕はスズに近寄った。






 ――視線が高い。

 目を開けて、最初に思ったのはそれだった。

 次に目に入ったのは、皆のアホ面だった。

 いや、アホ面は酷いな。

 でも、私を見て驚いたように口を半開きにしている顔は何だか間抜けに見えた。

 てか、何で驚いてるんだろう?

 そう思って、私は自分の姿を見た。


「……え?」


 手だ……手がある。

 足もある。髪の毛もある。

 もしかして、私、人になってる?


「うわ、髪の毛ツヤツヤ……ワンピースも触り心地良すぎ……」


 あまりに突然のことで、頭が追いつかない。

 こうなることは想像できただろうって?

 本当にこうなるとは思わなかったんだよ!

 普通、雀が人になるなんて思わないでしょ!

 一回目は私の記憶ないし……。


「スズ」


 自分の身体を隅々まで見ながら狼狽えていると、ロベル君が近寄ってきた。

 わっ! こんなに背が高かったんだ、ロベル君。

 見上げないとその綺麗な顔が見えないよ。


「……気分はどう?」


 彼は何か考えた後に、そう聞いてきた。


「わ、悪くは無いかな」

「……そっか」


 そして、長い沈黙が流れた。

 うう……何を話せばいいんだろう?

 ロベル君は私の姿を見て、どう思ってるのかな?

 それを聞けたらいいんだけど、聞く勇気がないよ……。


「……おーい、お二人さん。いい加減、見つめあってないでこっち来てよ」


 そんなルーファス君の声に、私達はハッとする。

 何だか気まずくなって、互いに目を逸らした。


「話したいことは山ほどあるかもしれないけど、また今度にしてね」

「そ、そうだね。ごめん」


 私は慌てて動こうとする。


「うわっ……!」


 久しぶりに地に足をつけて歩くせいか、私は何も無いところでつまづいてしまった。

 やばい、顔面から地面に衝突する!


「おっと!」


 そんなロベル君の声と共に、私の身体が彼によって抱きとめられる。


「大丈夫?」


 さっきよりもずっと近い彼の顔に、私の体温が急上昇する。

 いつもこのくらい近くで見てたはずなのに、いつもの何十倍もカッコ良く見えるんですけど!

 てか、腕たくましいね!

 細身なのに胸板厚いし、抱き締められてると安心感がある。

 何が言いたいのかというと、ロベル君は最高ですね!


「まだ歩き慣れてないんだね。僕が支えるからゆっくり歩こう」


 そんな彼の言葉に、私はコクコクと頷くことしかできなかった。

 流石、紳士的だなぁ。

 こんなふうにエスコートされたら、誰だって彼に惚れちゃうよ。

 まあ、私はずっと前から彼にメロメロですけど!


「はぁー、見せつけてきますねぇ」

「ルーファス、冷やかすなよ」

「僕はそこの彼の気持ちを代弁しただけでーす」


 ルーファス君がシーボルト君を指さす。

 彼は眉間にシワを寄せてこちらを見ていた。


「……別に、そんなこと思ってないです」

「またまたぁ、強がっちゃってー」


 そんな二人の様子に、私は思わず笑ってしまった。


「二人とも仲良くなってよかったよ」


 私がそう言うと、シーボルト君は顔を真っ赤にして首を横に振った。


「別にルーファス先輩とは仲良くないです!」

「僕は仲良しだと思ってるんだけど?」

「なっ!?」

「こら、後輩をからかうな」


 うんうん、皆仲良いね。

 微笑ましくて顔が綻んでくるよ。


「そ、そんなことより、スズさんが本当に『黒の聖女』の力を使えるようになったか確かめなくてもいいのかよ?」


 シーボルト君が赤い顔のままそう言った。

 あ、そうだった。

 そもそもこの儀式って「黒の聖女」の力を使えるようにするためのものだったんだよね。

 でも、確かめると言ったって、何をどうしたら……?


「それなら、まずはビアンカを助けて欲しい」


 ローラス君が鋭い眼差しでロベル君を見つめた。


「協力するならビアンカを助けてくださる。そういう約束でしたよね?」


 ローラス君の言葉に、ロベル君は頷いた。


「わかりまし……」

「あ、ちょっと待って」


 二人のやり取りに待ったをかけたのは、意外にもルーファス君だった。


「ルーファス、何で邪魔するんだよ?」

「邪魔ではないよ。ただ、この場でも確認できることを確認しておこうと思ってね」

「それは一体何ですか?」

「まあ、とりあえずスズさんの首のリボンを外してもらえる?」

「……スズ、外してもいい?」

「うん」


 ロベル君は首を傾げながらも、私の首にあるリボンを解いた。

 でも、これで何が確認できるんだろ……。


「きゃっ!?」


 『ボフンッ!』という音を立てて、辺りが煙に包まれる。

 そして、それが晴れると。


「……チュピ(えっ)」


 私は、雀の姿に戻っていた。


「チュチュ!?(何で!?)」

「ルーファスさん、これはどういうことですか?」


 ロベル君が戸惑いを隠さず、ルーファス君に尋ねた。


「会長さんとスズさんってずっと一緒にいないといけないんでしょ? スズさんがずっと人の姿だと一緒にいるのは大変だろうなと思って」

「そんなことは……」

「でも、トイレとかお風呂とか、一緒には入れないでしょ?」


 た、確かにそうだけど……。

 いや、雀の姿でも流石にそんな所までついていってないから!

 トイレもお風呂も、中になんて入らずロベル君が出てくるまで扉の外で待ってるからね!


「あと、会長さんの隣に女性がいたら変な噂が立つかもしれないし、何より黒髪の女性って目立つからさ」

「要するに、組織や教会にバレないようにしたいから雀の姿にも戻れるようにしたってことか?」

「流石はローラス、僕の言いたいこと全部言ってくれて助かるよ」


 なるほどね。

 でも、雀の姿に戻れるなら早く言ってよ。

 突然元に戻って驚いたじゃないか。


「ちなみにリボンをつけたらまた人の姿になるよ」

「人の姿にならないと『黒の聖女』の力は使えないのでしょうか?」

「いや、そんなことは無いけど」


 え、じゃあ人の姿になったのは何でなの?


「僕の予想だと、雀の姿のままで力を使ったら身体が耐えられないかもしれないんだよね。多分、使った瞬間にスズさんが破裂するよ」


 何それ怖い。

 さらっとR指定つきそうなグロテスクなこと言うのはやめてよ。


「リボンの付け外しの効果も問題なし。儀式はちゃんと成功したみたいだね。ふふん、流石僕! 良い仕事した!」


 ルーファス君がドヤ顔で胸を張った。

 うん、まあ、凄いとは思うよ。

 正直、君がここまで天才だとは思わなかったし。

 でもさ、事前に色々伝えておいて欲しかったよ。

 特に自由に人の姿になったり、雀の姿に戻ったりできることとかさ!


「自慢げなルーファスは放っておいて、確認が終わったならビアンカのところに行きましょう」

「あ、ローラスってば酷い!」

「お前が余計なことするからだ」

「何事も確認は大事でしょ!」

「まあまあ。『黒の聖女』の力を確かめるためにも、まずはビアンカさんのところへ行きましょう」


 ロベル君が入口にいたプラムさんを見る。


「移動の準備はできております」


 それまで壁の飾りのように微動だにしなかったプラムさんがそう言った。

 そういえばいたな、この人。

 気配無くてすっかり忘れてた。


「ありがとうございます、プラムさん」

「……準備良すぎないか、アンタの家の執事」

「これが仕事ですので」


 プラムさんはシーボルト君に深々と頭を下げた。

 何だか色々起きたけど、とりあえず私達はビアンカさんのところに向かうことになったのでした。

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