第22羽 「黒の聖女」の目覚め
目が覚めたルーファス君が言うには「黒の聖女」の力を引き出すには儀式を行う必要があるらしい。
儀式を行うにはそれなりに広い場所が必要だということで、ロベル君が屋敷の一室を彼に貸した。
儀式の準備を手伝い、遂にその時がやってきた。
「はい、それじゃあこれから儀式を始めまーす」
ルーファス君がおちゃらけた様子でそう言った。
そんな彼を見て、ローラス君がため息をつく。
「気の抜ける声を出すなよ、ルーファス」
「皆の緊張をほぐそうとしただけだよ。ほら、そこの彼なんてガッチガチじゃん」
ルーファス君の指さす先にはシーボルト君がいた。
彼は顔を強ばらせて小刻みに震えていた。
「おーい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。ちょっと、もしものこと考えたら怖くなってきただけで……」
シーボルト君がロベル君を横目で見る。
その視線に気づいたロベル君は、彼にニコッと笑いかけた。
「心配いりませんよ。そう易々と『魔王』に身体を明け渡したりしませんから」
「でも、もしものことがあるだろ。この間のリボンの件もあるしよ……」
「そうなった時は、容赦なく殺してください」
ロベル君は真剣な眼差しでシーボルト君にそう告げた。
「他の皆さんも、私が『魔王』になった時は躊躇わず殺してください」
「殺せとか言われたって、俺らじゃ『魔王』の魂を消滅させられないぞ。やっぱり、マリア先輩を呼ぶべきなんじゃないのか?」
この場にいるのはロベル君と私、ルーファス君とローラス君に、シーボルト君、そして部屋の入口で静かに佇むプラムさんだけ。
一応、他の部屋にはロベル君のお父さんや使用人の人達もいる。
でも、ロベル君に何かあった時に対応できるのはここにいるメンバーだけだ。
ロベル君が「魔王」に身体を乗っ取られることを考えると、「神聖剣」の使い手であるマリアちゃんを呼んだ方が良いんじゃないかと思うのは当然だと思う。
「いえ、彼女は呼べません」
「何でだよ?」
「シーボルトさんは何故『白の聖女』が『魔王』を打ち損じたのかご存じですか?」
ここで言っている「打ち損じた」というのは、「魔王」の魂を消滅させられなかったことを指している。
「神聖剣」は「魔王」の魂を消滅させられる唯一の武器であるはずなのに、「白の聖女」はそれができなかった。
「『魔王』が何らかの手段で神聖剣の直撃を避けたって言われてるよな」
シーボルト君の言った通り、公にはそうなっているらしい。
「そうですね。しかし、それは事実とは少し異なるのです」
「どういうことだよ?」
「『魔王』は直撃を避けられたわけではありません。『白の聖女』が未熟だったが故に、魂を消滅させられなかったのです」
ゲームだと、ヒロインのレベルによって「神聖剣」を用いて使える技が違っていた。
そして、どうやらこの世界でも「神聖剣」は持ち主のレベルによって使える技が異なるらしい。
以前、マリアちゃんに確認を取ったからほぼ間違いない。
彼女はまだ、「魔王」を消滅させられる技を身につけていない。
ゲームに例えて言うなら、今の彼女はラスボス戦に挑んで勝てるだけのレベルじゃない。
「マリアさんは「魔王」を倒せる唯一の人物です。そんな彼女を失うわけにはいきません」
ロベル君がそう言うと、シーボルト君は呆れたような顔をした。
「じゃあ、俺達は死んでもいいってことか?」
皮肉たっぷりのシーボルト君の言葉に、ロベル君は苦笑いを浮かべる。
「そんなつもりはありませんよ」
「でも、現に俺達は命の危険に晒されてるんだけど?」
シーボルト君ってば、またロベル君に喧嘩売るつもり?
私がシーボルト君に苛立ち始めていると、ロベル君が彼に向かって微笑んだ。
「大丈夫です。私がそんなことはさせません」
自信満々の彼の言葉に、流石のシーボルト君もたじろいでいた。
「お、おう……」
「あはは、頼もしい限りだねぇ。じゃあ、これ見てももう反応しないのかな?」
ルーファス君が箱の中から一本の紐を取り出した。
……いや、あれは紐じゃなくて、隠れ家で見つけたリボン?
「それ、ルーファス先輩が持ってたんですか」
「儀式に使うから貸してもらっただけだよ。で、どうなんですか、会長さん?」
ルーファス君は手に持ったリボンをヒラヒラさせる。
それを見たロベル君はわずかに顔をしかめた。
「平気ですが……あまり刺激するようなことは止めてください」
「そうだぞ、ルーファス。わざわざ呼び覚ますようなことをするな」
「ごめんごめん。ちょっと確かめておきたくて。もしスズさんが人の姿になった時に反応するようなことがあれば大変でしょ?」
「そうかもしれないが……」
「てなわけで、はい!」
ローラス君の説教を無視して、ルーファス君はロベル君にリボンを手渡した。
「それをスズさんの首に結んで」
「これをですか?」
「そそ。それで儀式の準備は完了だからさ」
ルーファス君に促されるまま、ロベル君は私が元々付けていたリボンを外してそのリボンを結び付けた。
特に違和感もなく、思ったより質の良いリボンは着け心地が良かった。
まあ、他人の持ち物を身につけているというむず痒さはあるんだけど。
「で、スズさんにはあの魔法陣の中心に行ってもらいたいんだけど」
部屋の中心には、ルーファス君が魔法陣をでかでかと描いていた。
私は言われた通り、ロベル君の肩を離れてその中心に立った。
「ほい。じゃあ、いきまーす」
えっ、もうやるんですか?
ちょっと待ってよ、まだ心の準備が……。
「皆も準備しててねー」
ルーファス君は相も変わらず気の抜ける声で呼びかけた。
でも、その顔はとても真剣だった。
周囲のロベル君達も、私を真剣な眼差しで見つめている。
これは、止められるような空気じゃないね……。
ルーファス君が魔法陣に手を触れて、呪文を唱え始める。
私には何て言っているのかわからないそれを、彼はお経を上げるかのようにスラスラと唱えている。
そして、それが唱え終わった時。
私は自分の身体が急激に熱くなるのを感じた。
そして、周囲が眩い光に包まれ、私は意識を失ってしまった。
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