第11羽 親バカも度が過ぎればただの危険人物

「またお独りで反省会してらっしゃるんですか?」


 お父さんのものとは違う、比較的若い男性の声がした。

 あれ、もう一人いたの?


「プラム……お前、ノックした?」

「してませんよ。どうせノックしても聞こえないでしょうし」

「まあ、それもそうだね……ぐすっ」

「いや、『それもそうだね』で納得しちゃダメですよ。仮にもご当主様なんですから、使用人が不敬なことを働いたらネチネチと嫌味を言わないと」


 後から勝手に入ってきたらしいプラムさんという人は、使用人みたいだ。

 ていうか、嫌味を言われる側の使用人がそんなこと言ってどうする。


「え、プラムって嫌味言われたいの? 超変態じゃん」

「言われたいわけないじゃないですか。どうせ言われるなら美女に言われたいです」


 やっぱり変態じゃないか。

 あと、随分口調がフランクになりましたね、お父さん。


「そんなことより、今度はまた何で泣いてるんです?」

「ユリウスに酷いこと言っちゃった……」

「そんなんいつも通りじゃないですか」

「でも、ユリウス怒ってた……」

「むしろ、今まで切れなかったユリウス坊ちゃんがおかしいんですよ」

「あ゛? ユリウスのどこがおかしいって?」

「うわ、めんどくさ。その親バカ治さない限り、ユリウス坊ちゃんの誤解は解けませんよ」


 え、親バカ?


「だって、しょうがないじゃないか。遺伝なんだから」

「遺伝的な親バカなんて聞いたことありませんけど、アコナイト家の皆さんは全員、家族愛が強すぎるんですよねぇ」


 家族愛が強い?

 お父さんはロベル君のこと、なんとも思ってないんじゃないの?

 ユリウスに対しても冷たかったし。


「でも、パパヴェル様は別格ですよね。自分の子供見て鼻血噴き出すなんて変態ですもん」

「あの子達が可愛すぎるからね、しょうがないね」

「一人で納得しないでください」

「いや、本当に可愛いのだもの。ユリウスはローズに似て華やかで美しい顔立ちしてるし、ロベルは幼い頃の私に似て物凄く可愛い。二人とも可愛すぎて、想像しただけで鼻血が出るよ」

「うっわぁ、マジで出てるよ……イイ笑顔で鼻血出してるオッサンとかキモいんでさっさと拭いてください」


 ……なんというか、うん。

 お父さん、結構やばい人なのかも。

 子供のこと想像しただけで本当に鼻血出す親なんて、普通はいないでしょ。

 親バカ通り越して、危ない人だよ。

 正直、こんな人がロベル君の父親だってことに恐怖を感じ始めてるよ。


「……自分でも気持ち悪いとは思っているんだよ? だからこそ、あの子達の前でこんな姿を晒さないように頑張ってるんだ」

「その頑張りのせいで、ユリウス坊ちゃんに誤解されてるみたいですけどね」

「だって、ユリウスの顔を真正面から見たら、1分も経たずに鼻血出ちゃうんだもん!」


 いい歳の大人が「だもん」て。

 あと、正面から子供の顔を見られない親もどうなの。


「だからって、ユリウス坊ちゃんの顔を一度も見ないのはどうかと思いますよ」

「そうだよね……ちょっとだけでも見られるようにならないと。まずは写真見て特訓しとこうかな」

「一人の時にやるのはやめてくださいね。どうせ写真でも鼻血出してぶっ倒れるでしょうし」

「いやぁ、流石にそんなわけ」

「こちら、最近のロベル坊ちゃんと雀のスズさんのお写真です」


 え、いつの間に撮られてたのそんな写真。

 てか、写真の技術もあったのね、この世界。


「んあああ! がわいいよロベルぅ!」

「ほらやっぱりダメじゃないですか。両方の鼻穴から血出てますよ」


 写真でもダメって、どんだけ親バカ《変態》なんだこの父親。


「ロベルが小鳥に頬ずりしてる写真は反則だろう」

「反則かどうか知りませんが、まあ、可愛らしいですよね」

「……やらんぞ?」

「いらないって言ったらまた面倒なことになりそうなんで無視しますね」


 プラムさんはロベル君達のお父さんの扱いに慣れているのか、使用人とは思えない行動をしている。

 お父さんが情けない姿を晒してる相手だから、信頼しているんだとは思うけど。


「そんなことより、この写真を見て他に思うことはないんですか?」

「え、ロベルがウルトラスーパーキュートな以外に何があるんだい?」

「ほんっと、この人は子供が絡むとダメ人間になるんだから……」


 プラムさんが大袈裟にため息をつく。

 その直後、お父さんの笑い声がした。


「冗談だよ。プラムが言いたいのは、この雀――スズがロベルに懐いているのが不思議だと言いたいのだろう?」

「わかってるなら最初からそう言ってくださいよ。パパヴェル様的にはどう思います?」

「どう思うも何も、考えられる可能性はこの雀が恐怖を感じていないか、ロベル自身が他者に恐怖を与えなくなり始めているかの二択しか考えられんがな」

「……後者の方がまずいですよね」

「そうかもしれないな。だが、お前からの報告では、後者の可能性の方が高いのだろう?」

「ええ、まあ、そうなんですけど」


 何で、ロベル君が恐怖を与えなくなるとまずいんだろう?

 むしろ、誰からも避けられなくなるから良い兆候なんじゃないの?


「でも、ロベル坊ちゃんには今のところ特に変わった様子は無いんですよ。強いて言えば笑顔が増えたぐらいで。それだって、スズさんや周囲の人の態度が優しくなってきたからかもしれませんし」

「つまり、『魔王』が出てきたとは考えにくいということか?」

「そうですね」

「では、プラムはユリウスや使用人達のロベルへの態度の変化をどう思っている?」

「どうって言われましても……現段階では俺の口からは何とも言えないです」


 いつの間にかお父さんの声音がユリウスと話していた時みたいになっている。

 真面目な話なんだろうけど、正直よくわからない。

 ロベル君が他人に恐怖を与えなくなるとまずいということもだけど、お父さんが言っていた「魔王が出てきた」って、どういうこと?

 ロベル君が魔王の記憶を取り戻すってこと?

 でも、それだったら「出てくる」なんて言い方しないよね。

 ……あれ、ちょっと待って。

 どうして、お父さんの口から「魔王」なんて言葉が出てくるの?

 まるで、ロベル君が魔王の生まれ変わりだって知っているみたいに。


「まだ封印は解かれていないようだが、ほんの些細なきっかけで『魔王』が肉体の主導権を得てしまう可能性がある。ロベルの変化がその予兆でなければ良いのだが」

「ロベル坊ちゃんの監視を強化しますか?」

「いや、プラムは調査を続けてくれ。もしかすると、『魔王』を消滅させる方法が見つかるかもしれん」

「家庭教師の件はよろしいんですか?」

「……それは一旦保留せざるを得ないだろう。ロベルに変化が見られた以上、対策を考えるのが先だ」

「その家庭教師のせいで『魔王』が復活したらどうするおつもりで?」

「私はユリウスが選んできたその教師を信じているよ。ユリウスが弟のためを思ってやったことだからね」

「本当に子供に甘いんだから……別に構わないですけど、もしもの時は責任取れませんよ?」

「もしもが起こったら、我々は生きていないと思うがな」

「そういう不吉なこと言うのはやめてくださいよ」

「そうならないためにも、プラムには期待しているぞ」

「重い期待をどうも。じゃ、調査は続けますけど、念の為ロベル坊ちゃんの監視も多少強化しときますよ。調査しながらなんで、今までと大して変わらないかもしれませんけど」

「ありがとう、プラム。しかし、くれぐれも無茶はしないでくれよ。お前は大事な、私の友なのだから」

「……勿体無い御言葉です」

「謙遜するな。私のこんな情けない姿を見せられるのはプラムくらいなのだから」

「光栄ですよ。それじゃ、ロベル坊ちゃんの様子を確認してから調査に戻りますね」

「ああ、よろしく頼む」


 ドアの閉まる音が聞こえると、お父さんが大きなため息をついた。


「……ローズ。私は、ちゃんと父親を務められているだろうか?」


 今まで隠れていたけど、ほんの少しだけ顔を出して部屋の中を覗いた。

 そこには、ロベル様によく似た壮年の男性がいた。

 唯一違うのは、瞳の色が黒いことだろうか。


「時々不安になるんだ。子供の顔もろくに見られない父親なんて、親失格だろう?」


 お父さんの手には写真立てが握られていた。

 きっと、ローズさんという人の写真が入っているのだろう。


「……ふふ。君が生きていたら、こんな私を見て叱るのだろうね。『貴方を信じてあの子達のことを任せたのに、その情けない姿はなんですか』なんて言ってね」


 お父さんの口振りからして、ローズさんはユリウスやロベル君の母親なのだろう。

 つまり、お父さんの亡くなった奥さん、ということだ。

 ゲームではロベル様の両親の名前は一切出てこなかったし、お母さんに至ってはロベル君を産んで亡くなったこと以上の情報は出てこなかった。

 だから、きっと、ゲームのロベル様は知らなかったんだろう。


「愛しているよ、ローズ。君も、君の忘れ形見のあの子達も、心の底から愛している。だから……私は頑張るよ」


 お父さんがこんなにも家族愛に満ちた人だったなんて。

 お母さんがロベル君やユリウスをお父さんに任せて、旅立っていったなんて。

 両親が自分を深く愛してくれていたなんて、知らなかった――ううん、知ることができなかったんだろう。

 それを知る前に、お父さんが亡くなったから。

 事情を知っていたプラムさんからそのことを知らされる前に、使用人全員を操ってしまったから。

 しかも、彼が知らなかったことはまだありそうだ。


「ロベルを『魔王』から救う方法を必ず見つけ出す。あの子を『魔王』なんぞに渡してなるものか」


 お父さんは、ロベル君を魔王の生まれ変わりと知っている。

 そして彼が生まれてから今に至るまでずっと、彼の中の「魔王」をどうにかしようとしてきたんだ。

 全ては、ロベル君を「魔王」から守るために。

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