第12羽 雀は足りない頭で考える

 あの後、お父さんは部屋を出ていってしまったので、私は来た道を戻っていた。

 正直、私の足りない頭では理解できていないこともある。

 お父さんの言い方だと、ロベル君と「魔王」は別人だと言っているように聞こえる。

 ロベル君は魔王の生まれ変わりなんだから、魂としては同一人物と言っていいはずだ。

 でも、お父さんの言い方は、魔王としての記憶を取り戻したロベル君の性格が変わるから別人だ、と言うのとはちょっと違う気がする。

 まるで、ロベル君の意識とは別に「魔王」の意識があると言っているみたいだった。

 もし本当にそうだとすると、ゲームとこの世界にはズレがあるのか、はたまたロベル様を含むゲーム内の人物達が勘違いをしていたのか。

 でも、そのどちらにしても、ゲームで得た知識とはズレがあるということだ。

 そうなると、私の持っている知識が役に立たない可能性が高くなってきた。

 うーん、情報のすり合わせがしたいなぁ。

 お父さんと会話できたら良かったんだけど、私、雀だからね。

 どうやって会話したらいいのやら。

 あと、ユリウスとお父さんのこともどうにかしてあげたい。

 ぶっちゃけ、ユリウスにさっきの会話を聞かせてあげれば万事解決だと思うんだよね。

 ユリウスがお父さんのことを別の理由で避けるようになるかもしれないけど。

 でも、少なくとも、殺そうとは思わなくなるはずだ。

 そして、それは多分ロベル君が「魔王」になるのを防ぐことに繋がると思う。

 とはいえ、録音機器みたいな物なんて見たことがないし、そもそもそれをどうやってユリウスに聞かせるんだって話ですよ。

 はぁー、何で私は雀になってしまったんだ。


「――スズ? どこにいるの?」


 そろそろロベル君の部屋かな、という所で彼の声が聞こえた。

 やばい、もう終わって部屋に戻ってきたみたいだ。

 慌てて部屋の中に入ると、ロベル君が不安そうに辺りをキョロキョロしていた。


「あっ、スズ! どこにいたの?」


 彼は私を見つけると顔を綻ばせた。

 私は差し出された彼の手の上に乗った。


「……あれ? スズ、ちょっと汚れてるよ。一体何してたの?」


 あ、しまった。

 この前、通気口の中を通った時はすぐ水浴びしたから気づかなかったけど、汚れがつくのは当然だよね。

 あんな天井にある通気口なんて滅多に掃除しないだろうし。

 うっかりロベル君のお手手を汚してしまったよ。


「スズと遊ぼうと思ったんだけど、その前に身体洗おうか」


 ロベル君は部屋に準備してくれた水浴び用の水桶で私を丁寧に洗ってくれた。

 申し訳ない気持ちで一杯になりながら洗われている時、ふと、彼の手が少し赤くなっていることに気づいた。


「チチッ(どうしたの、これ)?」

「……ああ、この赤くなってるのが気になるの? 大丈夫だよ、ちょっと怒られちゃっただけだから」


 怒られたって……もしかして、カーミラに手を叩かれたの!?


「ジュウジュウ!」


 やっぱり、カーミラは信用ならない女だったんだな!

 くそう、今から行って間に合うか?

 これ以上ロベル君をいじめないようにつついてやらないと!


「スズ」


 怒り心頭の私に、ロベル君が優しく声をかけた。

 随分と冷静な声に、私は動きを止めた。


「これはきっと、強くなるために必要なことだと思うんだ。だから、僕は頑張るよ」


 そこには、決意に満ちたロベル君の顔があった。


「スズがいるから、僕は大丈夫。何をされても、僕はスズのためなら耐えられる。だから、心配しないで」


 まだ10歳にも満たない子供が、体罰を受けて辛くないわけがない。

 でも彼は、耐えるつもりなんだ。

 私のために、強くなろうとしているんだ。

 ……そんなこと言われたら、怒りも引っ込んじゃうよ。

 結局、私は大人しく洗われた後、ロベル君と遊んでこの日を終えた。




 ――しかぁーし!

 このままロベル君が苦しんでいる様子を黙って見ていられるわけがない!

 それに、カーミラがゲーム通りのヤバい奴の可能性が高くなった以上、ゲーム通りの展開になる可能性も高くなった。

 つまり、お父さんが死ぬ可能性があるのだ。

 そうなると、ロベル君に疑いがかけられるかもしれない。

 今のユリウスがロベル君に罪を着せるとは思えないけど、万が一ということもある。

 だから、どうにかしてお父さんの死亡フラグをへし折らなければ。

 その方法を一晩中考えた結果、私はあることを思い出した。

 私がロベル君の部屋以外で最初に見た部屋にあったタイプライター。

 あれを使えば良いのでは?

 幸い言語は日本語なわけだし、キーを足で押せば文字は打てるはず。

 問題は、お父さんの部屋にタイプライターがあるのかということ。

 昨日見た時には気にしてなかったから、タイプライターがあったかどうか覚えてないんだよね。

 あのタイプライターがあった部屋は位置的にも内装的にもお父さんの部屋じゃなさそうだった。

 でも、使用人の部屋にしては調度品が豪華だったし、綺麗に整えられている部屋だった。

 もしかすると、ユリウスの部屋だったのかな?

 もしそうなら、あのタイプライターを使ってユリウスにお父さんの本当の姿を教えられるかもしれない。

 今日もカーミラが来る日だから、ロベル君が部屋を出たら早速あの部屋に移動しよう。

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