第4羽 ロベル君の宣言。あるいは独擅場。

 ええーっ!?

 ロベル君、今それを言っちゃうの!?


「後ほど国王陛下より正式な発表があるかと思いますが、事前にこの場で先に発表する許可をいただきました」


 そんな許可、いつの間に取ってたの?

 そもそも、どうして国王陛下からの発表を待たずにここで公表しちゃうのさ!

 会場にいる皆さんの顔を見てみなよ!

 目を見開いたまま固まっちゃってるよ!

 ユリウスだけはカメラでロベル君のこと撮ってるけどさ!


「何故ここで公表したのかと疑問に思った人もいるでしょう。しかし、私はここにいる皆さんに真っ先に知ってもらいたかった」


 ロベル君は会場の様子を気にすることなく、淡々と続けた。


「皆さんは『魔王』を倒すという志を持ってこの学校へ入学したことと思います。では、今ここで私の身体が『魔王』に乗っ取られたとしたら、貴方達はどうしますか?」


 その言葉に、時が止まったように静まり返っていた会場が騒がしくなる。


「乗っ取られるって……」

「そりゃ、戦って倒さないとだろ」

「でも、生徒会長さんってとても強いんでしょう?」

「そんな人の身体を『魔王』が乗っ取ったりしたら、絶対勝てないよ!」


 聞こえてくる声は悲観的なものばかり。

 それもそうだろう。

 彼らはこの学校に入学したばかりで、戦い方も何も教わっていないのだから。


「ていうか、何で生徒会長は生きてるんだ? 『魔王』の魂が入ってるなら、器を殺せばいいんじゃ……」

「ちょっと、不謹慎だよ!」

「普通そう思うだろ?」

「……言われてみれば、わかった時点で殺されてそうだよね」


 次第にそんな声も聞こえ始めて、私は胸が苦しくなった。

 彼らがそう思うのは当然だ。

 実際、お父さんは周囲にバレたら殺されると思って、ずっとロベル君を匿っていた。

 でも、ロベル君は「魔王」じゃない。

 とても優しくて他人への思いやりに溢れた、少し優秀なごく普通の男子学生だ。

 そんな彼を殺せばいいと言われるのは、とても辛い。

 だけど、ロベル君は顔色一つ変えなかった。


「『乗っ取られる前に私を殺せば良い』という考えを持った人もいらっしゃるようですね。ですが、それは無意味です。そんなことをしても、私が死ぬだけで『魔王』は死にません」

「それは『魔王』の魂が消滅しないから、ということでしょうか?」


 新入生が座っている場所にいた男子生徒の一人が声を上げた。

 ロベル君はその質問に頷いた。


「その通りです。私が殺されて私の魂が肉体を離れても『魔王』の魂は肉体に留まり続ける。そして、その膨大な魔力で肉体を再生し、復活を遂げることでしょう」


 再び会場がざわつく。

 ロベル君の中にいる「魔王」は、既に目覚めてしまっている。

 そうなってしまっている以上、今のロベル君を倒しても何の解決にもならないのだ。

 ……本当は、目覚める前にロベル君を殺していれば「魔王」が身体を乗っ取ることもなかったのだけど。

 そんなこと私が絶対にさせなかったし、何より今更言っても遅いことだ。


「皆さんを絶望させてしまうようなことを言ってしまって申し訳ございません。しかしながら、私は皆さんを悲観に暮れさせるために、自らの秘密を打ち明けたわけではありません」


 彼の良く通る澄んだ声が、ざわめく会場に響く。


「私はずっと、内なる『魔王』と戦ってきました。私がここまでこられたのは、私を支えてくださった、私が愛する人々のおかげです。私はそんな彼らの命を『魔王』に奪わせるつもりはありません」


 それは新入生に贈る言葉というより、誓いの言葉のようだった。

 ロベル君の固い決意を、今ここで宣言しているのだと思った。


「私はいつか『魔王』を完全消滅させます。誰も傷つかないような、最良の選択を持って。そのためには、ここにいる皆さんの協力が必要です」


 いつの間にか静かになった会場で、ロベル君の訴えかける声が木霊する。


「私は今、自らの身体から『魔王』の魂を分離しようとしています。その分離した『魔王』の魂と、皆さんが戦っていただきたいのです」

「戦うって、魂だけで肉体がないならどうしようもないんじゃ……?」

「いえ、直接『魔王』と戦っていただきたいのではありません。皆さんには『魔王』が眷属化した魔物達の相手をしていただきたいと思っております。『魔王』の相手をするのは……『神聖剣』に認められた貴女です」


 ロベル君が視線をある一点に移す。

 そこには、さっきぶつかってきたヒロインが座っていた。


「えっ……わ、私?」

「そうです。『魔王』を消滅させられるのは『神聖剣』だけですから」


 会場中の目がヒロインに向く。


「噂には聞いてたが、あんな普通の女の子が選ばれたのか」

「随分と非力に見えるな……」

「なんだか頼りない感じ」


 そんな話がヒロインの耳に届いてしまったのか、彼女は身を縮こまらせた。


「皆さんの仰る通り、彼女は非力です。例えこの先どんなに努力を重ねても、彼女だけでは『魔王』を倒すことは難しいかもしれません。ですが、それは彼女が戦った場合の話です」


 皆の視線がロベル君の方に戻る。


「私達は一人で『魔王』に立ち向かうわけではありません。この学び舎で共に過ごし、切磋琢磨した仲間と共に立ち向かいます」


 ロベル君は更に声を張り上げた。


「『魔王』は一度倒されています。当時は急に現れた『魔王』という脅威への対策など何も取られていなかったにもかかわらず、です。それは、当時の人々が協力し合ったから成し遂げられたことでした」


 会場中にいる人々は誰一人として微動だにせず、ロベル君を見つめている。


「今は『魔王』への対策が練られたことによって、当時よりも良い環境で迎え撃つことができます。そんな中で私達が一丸となって戦えば、『魔王』になんて負けるはずがありません」


 いつの間にか、さっきまでウザったいくらい写真を撮っていたユリウスでさえ動きを止めていた。

 まるで、ロベル君以外全ての時が止まってしまったようだった。


「『魔王』との戦いは勝ち戦です。貴方達が今以上の力を身につけ、互いに協力し合えるようになれば。この学校は貴方達全員がそうなれるような学び舎です」


 そして、ロベル君は全員に向かって頭を下げた。


「どうかお願いです。私と一緒に『魔王』と戦ってください。そして、貴方達の愛するものを守らせてください」


 ロベル君がそこで言葉を切った。

 会場が、シン……と静まり返る。

 でも、その長く感じられた沈黙は、会場中の人々が沸き立つ声で一瞬にして打ち破られた。


「すげぇ良いスピーチだった!」

「会長さん、素敵……!」

「俺、会長の隣に立てるよう頑張ります!」

「隣に立つのは私よ!」

「何言ってるの! 私が隣にいくわ!」

「はぁ? 会長のそばは俺がもらうからな!」


 ……何か、新入生の間でロベル君の奪い合いが始まってるんですけど?

 ま、まあ、それだけロベル君が魅力的だったということで。


 かくして、ロベル君の突然の告白は、大きな波乱もなく大盛況のうちに終わったのでした。

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