第3羽 ヒロインとぶつかったことよりも衝撃的かもしれない
「す、すみません! 式に遅れそうだったものですから、周りを見ずに走ってしまっていて」
ぶつかってきた女の子がペコペコと頭を下げる。
その度に亜麻色の髪がサラサラと揺れた。
うーん、やっぱりどこかで見たことある気がするんだけどなー。
「ああ、新入生の子かい?」
式に参加すると言うのであれば、ロベル君がそう思うのは当然だった。
だけど、女の子は首を横に振った。
「い、いえ。新入生というか、二年生のクラスに編入させていただくことになっているのですが……」
その言葉で、私はピンと来た。
ま、まさか、この子は……。
「編入ということは、もしかして君は『神聖剣』に選ばれたという子?」
「はは、はい!」
やっぱり、
これ、もしかしてプロローグにあったイベントなんじゃないか?
確か、式に遅刻しそうなヒロインが分かれ道でどちらに向かうかで、第一王子か第二王子のどちらかとのイベントが発生するものだったはず。
角でぶつかるのは第一王子とのイベントだったと思うんだけど……何でロベル君との出会いイベントになってるの?
もしかして、ロベル君が生徒会長になったから、イベントの内容も変化してる?
「そういえば、編入生だけど入学式にも参加すると校長先生が仰っていましたね」
「入学式の日に校内見学もやるから、ついでに式にも参加したらどうかと言われたので……」
「そうだったのですか」
ロベル君がニコニコと対応しているすぐそばで、私はハラハラしながら二人のやり取りを見守っていた。
何かの拍子にロベル君の中に「魔王」がいるなんてバレたら、この場でヒロインに切られるかもしれない。
それに、彼女がもし私と同じようにゲームの知識を持っている「転生者」だとしたら、名前がわかった瞬間に殺されてしまうかも……。
「式場にはここから真っ直ぐ行くとたどり着きますよ。時間はまだありますから、焦らず向かってください」
「わ、わかりました。ありがとうございます!」
ヒロインは拍子抜けするくらいあっさり私達と別れ、そのまま走って会場へと向かっていった。
「……スズ、どうかしたの?」
ヒロインの後ろをじっと見つめる私を不審に思ったのか、ロベル君が声をかけてきた。
「チュン?(ロベル君は彼女のこと怖くないの?)」
「どうして?」
「チュピピ(だって、剣で殺されちゃうかもしれないよ)」
私の言葉に、ロベル君は微笑んだ。
「大丈夫。殺されるのは僕じゃなくて『魔王』の方だよ」
「チュン……(でも……)」
「神聖剣」は「魔王」の魂を消滅させられるだけでなく、悪だけを断つという能力も持つ。
通常、人がその剣で切られても、傷がつくことは無い。
その剣で切ることができるのは「魔王」や彼の眷属になった者達だけ。
でも、ゲームのロベル様は剣で貫かれたり、切りつけられたりして死んでいた。
彼の身体を「魔王」が乗っ取っていたからかもしれないけど、今のロベル君が切りつけられても無事という保証はない。
「スズは僕のことを心配してくれているんだね。ありがとう。でも、本当に心配いらないよ。彼女は敵じゃなくて、一緒に『魔王』を倒す仲間になる子だから」
そう……だよね。
ロベル君は自分の中の「魔王」に打ち勝つために頑張っている。
今のところ、彼の中に「魔王」がいるというのを知っているのは身内と学園に入学するのを許可してくださった国王陛下だけ。
でも、それを知らなくても、周囲の人達は彼が誰よりも努力をしていることを知っている。
応援してくれている人もいれば、一緒に戦おうと言って切磋琢磨している人もいる。
そんな彼のことをヒロインがいきなり切りつけてくるなんて、そんなことは起こるわけがないよね。
「でも、もし彼女がスズを傷つけようとしてきたら……その時は、容赦しないけどね」
ロベル君、笑顔が怖いよ。
私のことを大切にしてくれているのは嬉しいけど、ヒロインと敵対するのは止めてね。
「おっと、立ち話している余裕はなかったね。急がないと僕らが遅刻しそうだ」
結局、それ以降ヒロインのことが会話に出てくることなく、私はロベル君から新しいリボンをプレゼントされた。
入学式にも無事に間に合い、後はロベル君の出番を待つだけだ。
「チュンチュ?(緊張してる?)」
「スズが一緒だから大丈夫……と言いたいところだけど、実を言うとかなり緊張しているよ」
ロベル君は凛々しい表情で会場中の人々を見つめている。
普段はニコニコしていておっとりした印象を受けるけど、今の彼は生徒会長らしく堂々としていた。
いつものロベル君ももちろんカッコイイけど、今の彼も最高にカッコイイ。
こういった表情を超間近で見られるなんて、雀に転生して良かったと思ってしまうよ。
「では続いて、在校生代表挨拶。生徒会長ロベル・アコナイトは登壇してください」
「はい」
司会の人に呼ばれ、ロベル君は私を肩に乗せたまま壇上に上がる。
彼が正面を向くと、会場が一瞬ざわついた。
「生徒会長さん、めちゃくちゃイケメンじゃない?」
「しかも、すごく優秀だって噂だよ」
「どの科目でも成績一位なんだろ? すげぇよな……」
「でも、何で肩に雀なんて乗せてるんだ?」
大勢の人がヒソヒソと会話する声が聞こえてくる。
中には予想通りの発言をしている人もいて、内心笑ってしまった。
「――新入生の皆さん」
しかし、そんな彼らの声は、ロベル君が第一声を放った瞬間に静まり返った。
誰もが会話を止め、壇上のロベル君を黙って見つめている。
「ご入学、おめでとうございます」
以降、会場にはロベル君の祝辞を述べる声だけが響き渡り、終始厳かな雰囲気で進んだ。
……まあ、職員席から離れてロベル君を自前のカメラで撮りまくる
それ以外は特に何も無く進み、もうそろそろ挨拶の最後にさしかかろうとしていた。
私はロベル君から祝辞の内容を見せてもらっていたから、ぼんやりと会場を眺めながら、彼の声を聞いていた。
「それでは、挨拶を締めくくらせていただく前に、新入生並びに会場にいらっしゃる皆様にお伝えしたいことがございます」
……ん?
そんな文章、前に見せてもらった中にあったっけ?
私はロベル君の方を向いた。
彼は、この場にいる全ての生物が見惚れてしまいそうなほど麗しい笑みを浮かべる。
「――私の中には、『魔王』の魂が入っています」
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