第35羽 保健室の匂いって好き嫌いが分かれるよね

 私達はまず職員室に向かい、ネペンテス先生が来ているかどうかを確認した。

 職員室に数名いた教師の一人に尋ねると、今日は来ていないらしかった。

 これはチャンス……と思ったけど、私はハッと気づいた。

 これ、保健室が開いていないのでは?

 保健室は養護教諭がいない時は鍵をかけていると聞いたことがあるんだけど、それが本当だったら保健室の中を調べられないじゃん!

 一応職員室にもネペンテス先生のデスクがあるらしいけど、他の先生方がいる中でそこを調べるわけにはいかないし……。

 そう思っていると、話を聞いていた先生に向かって、ロベル君がこう言った。


「では、保健室は開いていないのですか……これは困りましたね」

「どうかしたの?」


 心底困っているような顔をするロベル君に対して、女性教師はそう尋ねた。


「実は、ネペンテス先生からお借りしていたものをお返ししたかったのですが、それは保健室に返しておいてくれと言われていたので……」

「デスクではダメなの?」

「はい。何故なのかはわかりませんが……」

「そうなのね。わかったわ、鍵を渡すから用事が済んだら返してくださいね」


 女性教師はそう言って、保健室の鍵を渡してくれた。

 職員室を出た直後、シーボルト君がロベル君に白い目を向ける。


「……会長、名演技ですね」

「褒めても何も出ませんよ、シーボルトさん」

「皮肉だとわかった上でそうやって返すの止めろよ」


 シーボルト君は皮肉で言っていたみたいだけど、確かに名演技だった。

 一瞬本当にロベル君はネペンテス先生から何か借りていて、そう言われていたんじゃないかって思ったもん。

 演技力も天才級なんて、流石ロベル君!


「そんなことより、あんまり遅いと疑われるかもしれないからさっさと行くぞ」


 仏頂面のシーボルト君と共に、私達は保健室の中に入った。

 入った瞬間、独特な匂いが鼻をついた。

 多分消毒液や何かの薬品の匂いだと思うけど、前世で通っていた学校の保健室もこんな感じの匂いがしていたっけ。

 私がそんなふうにちょっと感傷に浸っている間に、ロベル君とシーボルト君は手近なところから捜索を始めていた。


 しばらくして、シーボルト君が険しい顔で呟いた。


「……今更なんだけど、ここに本当に手がかりがあると思うか?」

「と、言いますと?」

「だって、証拠になりそうなものなんて普通は処分するだろ。学校なんて誰でも入ろうと思えば入れる場所に重要な物を残したりするか?」


 た、確かに。

 犯罪者は捕まりたくないから、普通は証拠を隠すよね。

 突発的な犯行ならまだしも今回の件は絶対計画的なものだから、証拠になりそうなものもマリアちゃんの居場所の手がかりも残ってないのでは?


「いえ、恐らくネペンテス先生は何らかの手がかりを残しているでしょう」

「何でそう言えるんだよ?」

「シーボルトさんは不思議に思いませんでしたか?」

「何を?」

「ネペンテス先生がマリアさんと一緒にいるという目撃証言がやけに多いなと感じませんでしたか?」

「それはまあ……でも、それはネペンテス先生がマリアさんに近づいていたからじゃないのか?」

「マリアさんに何かしようとしている人間が、わざわざ大勢の人に目撃されるような場所で近づきますか?」

「先生だから疑われないと思ったんじゃないのか?」

「ですが、町中でも二人きりのところを目撃されているのですよ? 後から調べましたらシーボルトさん以外にも目撃者がいましたから、かなり堂々と歩いていたのでしょうね」

「……で、結局のところ何が言いたいんだよ?」


 痺れを切らしたように、シーボルト君はイライラした様子でロベル君に尋ねた。


「ネペンテス先生は私達に気づかせたいのではないでしょうか。自分がマリアさんに何をしているのか……いえ、あるいは私たちをおびき寄せているのかもしれませんね」

「俺達をおびき寄せる? そんなことして何がしたいんだ?」

「それは本人に直接聞く他ないですね。今のところ、マリアさんが何故あんな状態なのかすらわかっていませんから」

「結局、会長の推論でしかないじゃないか」

「そうですね。しかし、そんな愚痴をこぼしている割には探す手を緩めていませんよね」


 ロベル君がそう言って微笑んだ。

 それを見たシーボルト君が思いっ切り顔をしかめる。


「……せっかく来たのに、わずかな可能性すら探さないのはもったいないだろ」

「そうですか」


 それからまたしばらく、無言で手がかりを探した。

 私も雀の姿で調べられるところを探す。

 でも、引き出しとか棚の扉は開けられないから、調べられるところは限られてるんだよね。

 私、役に立ってないなぁ……。


「……おい、引き出しの底に鍵のかかった本があったぞ」


 ゲームではネペンテス先生がよくお菓子を隠していた机の前で、シーボルト君が一冊の本を手にしていた。

 近づいて見てみると、その本は錠前がかかっていて簡単には開かないようになっていた。


「一番下の引き出しの、更にお菓子に埋もれた下に隠されてたんだ。明らかに怪しいよな」

「鍵はありましたか?」

「いや、無かった。鍵開けを無効化する魔法がかかっているのか?」

「……いえ、どうやらそれはかけられていなさそうです。鍵開けの魔法を使って開けてみますね」


 ロベル君がその魔法を使うと、錠前はあっさりと外れた。

 本当に無効化する魔法はかかっていなかったようだ。

 いくら隠しておいていたとはいえ、随分と不用心じゃない?

 実は大したことは書かれてなかったりして……。


「こんなにあっさり開くなら、手がかりは期待できなさそうだな」


 シーボルト君も私と同意見らしく、落胆したようにため息をついた。


「本の内容を読めばわかる話ですよ」


 そう言って、ロベル君が本を開く。

 その直後、彼はその端正な顔を歪ませた。


「おい、どうした?」

「……シーボルトさんも見てください」


 ロベル君は疑問には答えず、シーボルト君に開いた状態で本を手渡した。

 その本の内容を見たシーボルト君も、ロベル君と同じように眉間にシワを寄せた。


「なんだこりゃ。全然読めないぞ」

「どうやら暗号で書かれていたようですね」

「マジかよ……」

「暗号で書かれているのならば、重要な手がかりが隠されているかもしれませんね」

「でも、これを解かなきゃそれはわかんないだろ。俺達だけでこの暗号解くとして、一体何時間かかると思ってるんだよ」


 ロベル君達は暗号を解くという壁にぶつかったせいか、表情が暗い。

 この人数で何のヒントも無しに暗号を解くなんて、厳しい以外の何ものでもない。

 もっと人を増やして解いてもいいけど、それだったらその増やした人手でマリアちゃんを探した方が早いかもしれない。


 しかし、それはこの本が本当に暗号で書かれていた場合の話である。

 私は本を見せられたわけじゃなかったけど、ロベル君が中を見た時にその文字がチラリと見えた。

 本は、明らかにで書かれていた。

 この世界の言葉のようにカタカナだけで構成されているものではなく、ひらがなと漢字を用いた文章だった。

 ――やっぱり、ネペンテス先生も転生者だったんだ。


「チュピ(ロベル君)」

「スズ、どうしたの?」

「チュン(私、これ読めるよ)」

「え? それはどういうこと?」


 目を丸くするロベル君に、この本に書かれている言語が私が前世で使っていたものと同じであることを伝えた。


「そうだったんだ。でも、そうなると何故ネペンテス先生がそのニホンゴを知っていたのかが気になるね」


 ロベル君が考え込み出した時、シーボルト君が彼を睨んだ。


「……おい。二人だけで会話しないで、俺にも教えてくれよ」

「ああ、すみません。てっきりシーボルトさんにもスズの言葉が通じているものだと思ってしまってました」

「それは絶対に嫌味だよな。いいからさっさと教えろよ」


 今にも堪忍袋の緒が切れそうなシーボルト君に、ロベル君は私が言ったことを伝えた。


「スズさんの前世で使っていた言語とこれが同じ? じゃあ、スズさんが読めばすぐにわかるってことだな」

「それはそうなのですが、何故ネペンテス先生がこれを知っていたのかが気になります」

「それは後で本人に聞けばいいだろ。今は先生がマリアさんに何をしたのか、その手がかりが掴めれば良いんだから」

「……それもそうですね」


 ロベル君はあまり納得している様子では無いものの、マリアちゃん捜索の手がかりを探す方を優先したらしい。


「スズ、読んでもらっても良いかな?」

「チュン(もちろんだよ)」


 私がそう答えると、ロベル君は最初のページから開いて私に見せてくれた。

 読んでみると、この本はどうやらネペンテス先生の日記のようだった。

 何で日記をこんな場所に隠していたのだろうかと疑問に思いつつも、私はそれを読んでいった。

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