第9羽 月桂樹の花

 呼び出したメンバー以外を帰らせ、室内にはロベル君と私、そして呼び出しただけが残った。


「……それで、俺を呼び出してわざわざ何の用っすか?」


 呼び出したのは、庶務のローラス君だ。

 薄暗い部屋の中、そばかすの浮いた顔をした彼は、怪訝そうにロベル君を見つめている。

 そりゃそうだよね。

 ロベル君に呼び出される覚えなんて、彼には無いだろうから。

 生徒会庶務の“ローラス・ブルーム”には、そんな覚えは無い。


「回りくどいのは苦手なので、単刀直入に言わせてもらいますね」


 会長席に座るロベル君は普段と変わらない笑顔で、目の前に立つローラス君にこう言った。


「ローラス、君は『裏切り者』でしょう?」

「っ!?」


 ローラス君が息をのんだ。

 一重の目がこれでもかというほど開かれ、焦げ茶色の瞳が揺れている。


「い、いきなり何を言うんすか? 俺はそんな、会長さんのことを裏切るような真似は……」

「私は『裏切り者』だと言っただけですよ? 一体誰の裏切り者かなんて、一言も話してはいませんが」


 ローラス君の顔が般若のようになる。

 一方、ロベル君はさっきと変わらない……いや、さっきよりも楽しそうに笑っているように見えた。


「もっとも、君が裏切っているのは私だけではないのでしょうね」


 その瞬間、ローラス君が後ろ手で不審な動きをする。

 ほんの一瞬、彼の手に握られている物が光った気がしたが、すぐに輝きを失ってしまった。


「なっ……」

「生徒会には代々王族の方が入ることが多かったそうです。ですから、万が一に備えて、この部屋には魔法を妨害する術式が張り巡らされています。ご存知ありませんでしたか?」


 ニッコリと笑うロベル君を見て、ローラス君の顔が一気に青ざめる。


「くそっ!」


 ローラス君が私達に背を向けて、慌てて部屋から出ようとする。

 この部屋の扉は内側から鍵がかけられるものの、今私達がいるのが内側だし、そもそも鍵なんてかけていない。

 だから、扉を開けて逃げ出すなんて、簡単にできてしまう。

 しかし、ロベル君は微笑みを浮かべたまま、席を立とうともしなかった。


「……無駄ですよ。貴方はここから出られない」


 ロベル君がそう言った直後。

 あと少しで、ローラス君の手はドアノブに着きそうだった。

 だけど、それは突如として彼の首に当てられた鈍く光るナイフによって阻止された。


「だ、誰だ!?」


 ローラス君がそう叫ぶ。

 彼にナイフを向けている人物が、抑揚のない声で答えた。


「そうですね……ただのしがない使用人です」


 その人物――プラムさんは傷つけないよう少しずつナイフをローラス君の首筋に押し当てる。

 それから逃げるように、彼は徐々に扉から離れていった。


「ありがとうございます、プラムさん」

「いえ、ロベル坊ちゃんの頼みですので」


 プラムさんによって、ローラス君は強引にロベル君の前に連れ戻される。

 そして、首筋にナイフを当てられたまま、逃げられないようにされる。


「……俺をどうするつもりだ?」


 普段とは違う声音のローラス君。

 こっちが本来の彼の話し方なのだろう。


「警察に引き渡すのか? それともこのまま拷問にかけて組織の秘密を聞き出すのか?」

「では、認めるのですね。貴方が『魔王』を復活させようとしている組織――『裏切り者トレイター』の一員であると」


 「裏切り者トレイター」は、ゲームにも登場する組織だ。

 愚かな人類は「魔王」によって滅ぼされるべきだという歪んだ思想を持ち、「魔王」を復活させようと暗躍している集団だ。

 ゲームでは中盤頃にその存在が示唆され、ロベル様の正体が「魔王」だと判明する少し前にその組織がヒロイン達の前に立ち塞がる。

 ゲームの中ではその組織とロベル様は既に繋がっていて、互いに協力関係にあった。

 でも、この世界ではロベル君は「魔王」じゃないから、そんな関係ではない。

 むしろ、「魔王」を倒そうとしている私達にとっては敵と言っていいだろう。


「はっ! ここまでお膳立てされたら、もう言い逃れはできないだろう?」

「……随分と潔いのですね」

「当然だ。俺は組織の中じゃ下っ端もいいところだからな。大した情報は握ってないし、死んだところで誰も困らん」

「そうですか。しかし、私は貴方を警察に引き渡すつもりも拷問にかけるつもりも、ましてや殺すつもりもありません」

「は?」


 ロベル君が、思わず見蕩れてしまいそうなほど美しい笑みを浮かべる。


「貴方には、私達に協力して欲しいのです」


 ローラス君が訝しげに顔を歪める。


「……そう言われて簡単に協力すると思ってるのか?」

「これだけではダメですか?」

「当たり前だろうが。俺にメリットが何も無いしな」

「いえ、そんなことはありませんよ?」


 呆れ顔のローラス君に、ロベル君はニコニコしながら言った。


「だって、貴方はその組織すら裏切っているではないですか」


 ローラス君の動きが固まる。


「貴方は『魔王』の復活を目論みながらも『魔王』に人類を滅ぼさせるつもりはなく、しかし『魔王』を倒すつもりもないのでしょう?」


 真っ青なローラス君の頬に、一筋の汗が流れる。

 先程までの開き直った様子からうって変わって、怯えた様子でガタガタと震えていた。


の目的は、『魔王』の力を手に入れること……ですよね?」


 そう言われた瞬間、ローラス君が身を乗り出して懇願し始める。


「お、お願いだ! それだけは誰にも言わないでくれ!」

「貴方自身が警察に引き渡されるのは良いのに、この話を言いふらされるのは嫌なのですね」

「当たり前だ! そんなことをされたら、俺達の努力が水の泡に……」


 そこで、ローラス君がハッと何かに気づいた。


「待て……お前、まさかのことも知ってるのか?」


 ロベル君はただ微笑むだけで、答えようとはしなかった。


「……いや、知ってるはずだよな。だって、今『貴方達』って言ったもんな」


 ローラス君がよろめく。

 咄嗟にプラムさんがナイフを彼から離すと、そのままうなだれるようにして倒れ込んだ。


「どうやって俺達のことを知った? 確かに俺達は上手くやっていたはずなのに……」


 そう、彼らはとても上手くやっていた。

 それこそ、ゲームでもとある攻略対象のルートでしか、彼らの正体がわからなかったくらいには。


「詳しくは教えられませんが、とある方から情報をいただきまして。信頼できる方からのものでしたが、一応裏取りをして情報の真偽も確かめさせてもらいました」


 この情報を提供したのは、もちろん私だ。

 「魔王」を倒す者と復活させようとする者、そのどちらにも属さない第三勢力。

 もしかすると敵になるかもしれない彼らの存在は、絶対に確かめておくべきだと思った。

 まあ、それ以外にも理由はあるんだけど。


「お願いだ。頼むから見逃してくれ……」


 ローラス君が悲痛な声を出す。


「だから、言っているでしょう。私達に協力して欲しいと」


 ロベル君は席から立ち上がると、ローラス君の目の前に膝をつく。


「貴方達が私達に協力してくだされば、言いふらしたりしませんし、貴方を警察に引き渡すこともありません」


 それでも、ローラス君は迷う素振りを見せた。

 当然だよね。

 私達に協力したら、彼らの目的を果たせないもの。


「安心してください。協力してくだされば、貴方達の真の目的も達成することができますよ」

「何だと……?」


 顔を上げたローラス君に、ロベル君が微笑みかける。

 先程までとは違って、彼は慈しみの目を向けていた。


「詳しくは、貴方のお仲間さんともお話したいのですが」

「……」


 じいっとロベル君の目を見つめていたローラス君だったけど、不意に視線を逸らすと、諦めた様子でため息をついた。


「わかりました。会長さんは全部知っているみたいですし……アイツも、話を聞いてくれるでしょう」


 そして、ローラス君は私達を“彼”の元に案内してくれた。

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