第10羽 「魔王」の力を奪う者

 ここでローラス君についてもう少し語ろうと思う。

 ローラス・ブルームは商人の息子で、小さな頃はかなりやんちゃだったらしい。

 とある貴族の屋敷に勝手に侵入した際、彼は運命の出会いを果たした。

 その屋敷の娘に見つかった彼だけど、同時に二人とも恋に落ちた。

 要は、二人とも互いに一目惚れしたのだ。

 好きな子にはグイグイいくタイプの彼は、すぐに彼女と仲良くなった。

 最初はこっそり会っていた彼らだけど、ある日、彼女の兄に見つかってしまう。

 二人は別れさせられると思ったが、彼女の兄も両親でさえも、彼らを祝福してくれた。

 彼の両親もこのことを喜び、なんと婚約まで結ばせてくれた。

 実は彼女の家はいわゆる貧乏貴族で、経済的に苦しかったらしい。

 一方、彼の家は商売繁盛しているものの、貴族との繋がりが弱かったので、どこかの貴族と繋がりを持ちたいと思っていた。

 彼らが恋仲になったのは、彼らの両親にとっても願ったり叶ったりだったのだろう。

 もっとも、そんなことを知る由もなかった彼らは、今まで以上に親密な関係を気づいていた。

 彼は同い歳だった彼女の兄とも親しくなり、順風満帆な日々を送っていた。


 ……彼女が、突然倒れる前までは。


 確か、ローラス君達が10歳くらいの時だっただろうか。

 彼女が突然倒れて、そのまま植物状態になってしまった。

 医者には「もう二度と彼女が目を覚ますことは無いだろう」と言われた。

 それは、どんな医者にみせても変わらず、彼女の両親は既に諦めてしまっていた。

 ローラス君の両親も、彼と彼女の婚約を破棄してしまった。

 「彼女のことは諦めて他の良い人を見つけなさい」と言われた。

 しかし、彼は諦められなかった。

 まだどこかに、彼女を助ける方法があると思っていた。

 そして、それは彼女の兄も同じだった。

 彼らはあらゆる書物を読み漁り、いかがわしい場所に近づいて情報を得たりもした。

 その情報から様々なことを試したが、どれも上手くいかない。

 そんな中、彼らはこんな話を聞いた。


「『魔王』はどんな病も怪我も、たちまち治してしまうらしい」


 普通、バカバカしい噂だと聞き流すような内容だが、彼らにとっては天啓のようだったに違いない。

 彼らは「魔王」について情報を集めた。

 ただ「魔王」を復活させるだけでは、人類が滅ぼされるだけで彼女は助からない。

 では、どうすれば良いのかとローラス君が頭を抱えた時、彼女の兄が呟いた。


「じゃあ、僕らで『魔王』の力を奪おう。そうすれば、僕らで彼女を治すことができる」


 そして、彼らはそれを行動に移した。

 彼らの真の目的とは、植物状態の彼女を治すことだった。

 ゲームではロベル様が「魔王」として復活していたから、組織に潜り込んでその力を奪う隙を窺っていた。

 でも、ロベル君が「魔王」になっていないこの世界では、他の構成員に混ざって「魔王」を復活させようとしていたみたいだ。

 ま、組織ぐるみで何か動かれる前に、私達が接触したわけなんだけどね。


「……ここです」


 ローラス君に連れてこられたのは、部室棟の一角。

 もう他の部屋は真っ暗なのに、廊下の端にあるその部屋だけはぼんやりと明かりが灯っていた。

 彼が、扉をノックする。


「――はいはーい。ちょっと待っててー」


 ワンテンポ遅れて、間の抜けた声が扉の向こうから聞こえてくる。

 ガサガサ、ガチャガチャという音がしばらく聞こえた後、扉が急に開かれた。


「よーし、オッケーだよぉ……って、あれ? ローラス一人じゃなかったの?」


 扉の向こうから現れた青年が、コテンと擬音がつきそうな感じで首を傾げる。

 黒猫の顔型の帽子を被り、つなぎ姿の彼はどこからどう見ても貴族には見えない。

 しかし、彼もれっきとした貴族である。


「……んん? もしかして、会長さんじゃないですか?」

「そうですよ。初めまして、ルーファス・ペチュニアさん」


 ロベル君が奇抜な格好の彼に向かって礼をする。

 彼の名前はルーファス・ペチュニア。

 どこか女性的な可愛らしい顔の彼はヒロインと同じ二年生であり、ローラス君とは同級生だ。

 そして、彼もまた、ゲームの攻略対象である。


「会長さんが僕に何の用です?」


 状況を把握できていないルーファス君は、目を丸くして私達を見つめている。


「……ルーファス。


 ローラス君が静かにそう告げると、ロッソ君は目を瞬かせた。

 そして、ゆっくりと口角を上げた。


「……そっかそっか。バレちゃったか」


 案外あっさりと認めた彼に、今度は私達が目を丸くした。


「簡単に認めるのですね」

「だって、もうローラスのこと尋問した後でしょ。それに、もう僕達のことは調べ尽くされてるだろうし」


 ケラケラと、ルーファス君は笑った。

 このルーファス・ペチュニア君こそ、ローラス君の彼女のお兄さんであり、ローラス君と共に「魔王」の力を奪おうと画作していた人物だ。

 ゲームでそのことが明かされるのは彼のルートの終盤。

 そこから色んな選択肢が出てきて、一個でも間違えるとBADEND直行。

 このゲームで一番の鬼畜キャラだった。

 BADENDが二種類あるのに、HAPPYENDが一種類しかないとかどうなの。

 まあ、ロベル様には二つしかENDなかったけども。


「にしても、本当にアコナイト家の情報網って凄いんですねぇ。おこぼれにあずかりたいくらいですよ」


 ルーファス君が、私達の背後に立つプラムさんを見遣る。

 プラムさんは何も言わず、ただ頭を下げた。


「で? 会長さんがこんなところに来るってことは、僕達に何か持ちかけようとしてるんですよね?」


 察しの良いルーファス君に、ロベル君が微笑む。


「はい。話を聞いてくださいますか?」

「どっちにしろ拒否権なんか無いんでしょ……ま、一応聞くだけ聞いたげるよ」


 張り詰めた空気の中、部屋に迎え入れられた私達は、彼らに改めて協力を申し出たのだった。

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