第7羽 ロベル君は不満なようです
入学式の日の夜。
ロベル君は自室のベッドに腰をかけ、私はそんな彼の膝の上にいた。
「チュピ(お疲れ様、ロベル君)」
「スズもお疲れ様。ずっと動き回って疲れたでしょう?」
「チュン(いや、動き回ってたのはロベル君だからね)」
私なんか、ロベル君の肩にとまってただけだから。
「色んな人に会ったから、スズも疲れたんじゃないかと思って」
「チュピピ(それだったら、ロベル君の方が疲れてるじゃない)」
「僕は平気だよ。昔は疲れたけど、今は慣れたから」
ロベル君が町に出て屋敷の人達以外とも交流を持ち始めたばかりの頃、彼は屋敷に戻ってくるとすぐに寝るという生活をしていた。
多分、初めて会う人達に緊張して疲労が溜まっていたんだと思う。
ご飯も食べずに寝ようとするから、私が少しでも食べるように言いつけてたなぁ。
ウトウトしながら食べてるロベル君の姿は愛くるしくて、その場にいた全員のハートをブレイクしてたね。
その頃からお父さんやユリウスと一緒に食事をしていたから、そんなロベル君を見て二人が医務室に運ばれたのは自明の理ってやつです。
「チュンチュピ(それにしても、今日は本当にびっくりしたよ)」
「ああ、僕があの場で『魔王』の魂が入ってるだなんて公表したこと?」
「チュチュチュ(特に何も無かったから良いけど、あれを聞いて襲ってくる人がいたかもしれないのに)」
「そうかもね」
「チュピ……(そうかもねって……)」
「大丈夫だよ。あの場には兄様もいたし、僕だってそう簡単にやられるつもりは無いからね」
そう言って、ロベル君は自信満々にニッコリと笑う。
はあああ、カッコよすぎか……?
私のロベル君大好きゲージが天元突破したんだが?
「チュ、チュン(そ、そうだね。ロベル君強いからね)」
「いやいや、僕なんてまだまだだよ。だって、精神面はまだ全然だと先生に言われたもの」
すると、ロベル君がハッとした顔になる。
「……やっぱり、僕の精神が未熟だからかな」
「チュン?(何かあったの?)」
そう尋ねると、ロベル君は頬を赤く染めて、口をモゴモゴさせた。
恥ずかしいこと聞いちゃったのかな?
「チュイ(言いたくないなら大丈夫だよ)」
「……いや、やっぱりスズにも話すよ。ちょっと恥ずかしいけどね」
そして、ロベル君は小さな声で話し始めた。
「僕の挨拶が終わった後、話しかけてくれた人達のほとんど全員が『一人で戦ってきたんだね』と言ってきたでしょう?」
「チュン(うん)」
それがどうかしたのかな?
「僕は、一人で戦ってきたわけじゃない。お父様や兄様、事情を知っていた皆に支えられて戦ってこれた。皆に支えてもらったからここにいるのに、僕だけ労われるのは申し訳ないよ」
「チュン……(ロベル君……)」
「でも、それだけじゃないんだ。僕、そう言われた時、ちょっとムッとしちゃったんだよね」
ムッとしたって、ロベル君が?
あんな変態共に追いかけ回されても、慈愛に満ちた微笑みを浮かべている天使が?
そんな天使を怒らせるなんて、一体何が……。
「『魔王』と戦ってきたのは僕だけじゃなくて、スズもなのに!」
「チュン?(え?)」
ロベル君は頬を膨らました。
「スズが僕のそばにずっといてくれたから僕は『僕』としてここにいられるのに、皆わかってないよ!」
「チュン?(皆、私のことはただの雀だと思ってるからしょうがないんじゃない?)」
私が魔力持ちで前世が人間の雀だなんて言えば、ロベル君が頭を打っておかしくなったと思われかねない。
彼が学園に通えているのは私がいるからなんだけどね。
お父さんは私のことも国王様に報告してて、国王様はロベル君を自由に生活させる条件として私から片時も離れないことを命じた。
もしロベル君に何かあって、「魔王」が力を暴走させても抑えられるように。
だいたい、私が彼のそばにいるだけで暴走は抑えられているのだとか。
だから、彼が学園に通って普通の学生と何ら変わらない生活を送れているのは、偉そうに聞こえるけど、私のおかげらしい。
いや、本当に畏れ多いな。
「しょうがなくないよ! いつもスズが一緒にいるから一人じゃないって言ってるのに、どうして僕一人で戦ってたことになるの!」
ロベル君は怒り心頭な様子で声を荒げている。
そんな彼の姿を見たことがなくて、私は呆気に取られてしまった。
「僕は確かに頑張ってたよ。でも、それはスズも一緒なのに……どうして皆、スズのことも褒めてくれないんだろう?」
唇を尖らせ、ムスッと膨れっ面をするロベル君。
拗ねているように見えるその顔は、普段の大人びた印象とは打って変わって子供っぽいものだった。
控えめに言って、超可愛い。
昔から、彼が拗ねてる姿とか、そういった子供っぽい姿なんて見たことがなかったから、とても新鮮に感じていた。
「僕ばかり褒められても嬉しくないんだ。スズのことも同じように褒めて欲しいし、認めて欲しいのに」
……ロベル君は、本当に優しいなぁ。
自分だけ認められて同じくらい頑張ってるはずの私が認められないと、私が辛い思いをすると思ってるんだろうな。
でも、私はそんなことじゃ傷つかないし、そもそもロベル君と同じくらい頑張ってるなんて自覚もない。
「認めてもらえて、褒めてまでもらえたんだから喜ぶべきだってわかってるけど、スズが認められてないって思ったら素直に喜べなくて……」
ロベル君の顔が次第にしょんぼりとしたものに変わっていく。
「やっぱり、僕は弱いね。スズが絡んでくると感情的になっちゃうんだ。ちゃんと自分の感情をコントロールできないといけないのに」
「魔王」はロベル君の負の感情が高まると、力を暴走させて身体を乗っ取ろうとしてくる。
彼が感情的にならないのは、そういった最悪の事態が起こらないようにするために精神を鍛えているからだ。
それが、私が絡むと抑えられなくなる。
「チュピピ(……な、何だか私がロベル君にとって特別な存在みたいに聞こえるね)」
私がそう言うと、ロベル君は目をぱちくりさせた。
「え? そんなのは当たり前だよ。スズは僕にとって、一番大切な存在だから」
事も無げにそう言われ、私の顔が熱くなった。
ひ、ひええ!
いつの間にそんな乙女ゲームの攻略対象みたいなセリフを覚えてきたの!?
いや、攻略対象だけども!
でも、それを言うべきはヒロインであって、私みたいな雀に向けて言う言葉じゃないよ!
「スズが認められるようになるにはどうしたらいいんだろう……?」
ロベル君はそんな私の様子に気づかず、ブツブツと呟き始めた。
「チュピ(いや、私は気にしてないから)」
「ダメだよ! スズが凄い雀だって皆に認めてもらわないと……!」
あ、興奮して自分の世界に入り始めちゃった。
本当に気にしてないから、そんなことに頭を悩ませる必要ないのに。
「チュン(ロベル君)」
「何?」
私はロベル君の肩へ飛び乗った。
そして、彼の頬にキスをした。
「えっ!? と、突然どうしたの?」
「チュン、チュイッ(私はもう満足してるんだ。だって、もう褒められたい人に褒められてるから)」
そう言って、ほんのり赤くなった彼の頬にスリスリする。
「チュイッ(ロベル君が褒めてくれれば、私はそれで充分だよ)」
「スズ……」
ロベル君は肩にいる私にそっと手を差し出した。
その手に乗ると、彼は私の額にキスをした。
「……本当に、君にはかなわないや」
ロベル君が力が抜けたように笑った。
「僕も、本当はスズが褒めてくれるだけで満足なんだ。君がそばにいてくれさえすれば、他のものは何もいらないよ」
「チュン?(でも、家族や友達も大切でしょう?)」
「……うん。でも、スズ以上に大切な人やものは無いから」
――だから、ずっとそばにいてね。
ロベル君は私に顔を近づけ、囁くようにそう言った。
「チュンチュッ!(もちろんだよ!)」
こうして、私達の夜は更けていったのでした。
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