第6羽 天使に名付けてもらっちゃいました

 しばらくすると、ユリウスは数冊の本を抱えて戻ってきた。


「いくつか図鑑と鳥について書かれた学術書を持ってきたよ。まずは図鑑で種類を調べようか」


 ユリウスはロベル君と一緒に図鑑で私(の種類)を探す。

 どこからどう見ても雀なんだけど、ロベル君のお父さんに許可を貰うためには詳しく調べないといけないんだろうな。


「……あっ!」


 ロベル君が声を上げて、ユリウスのページをめくる手を止めさせた。


「これ、この子だよね?」

「ああ、確かに」


 私も机の上に置かれた図鑑に近づき、ページを確認する。

 そこには私そっくりに描かれたイラストと、解説が日本語で載っていた。

 話してる言葉が日本語だからそうかなとは思ってたけど、やっぱり文字も日本語なのね。

 でも、全部カタカナ表記で漢字もないから、私には読みにくいのだけど。


「種類は『雀』か。うーん、飼育にはあまり向かないと書かれているけど、人懐っこくて賢いとも書かれているね」

「……お父様は許可をくださるでしょうか?」


 不安そうなロベル君の頭をユリウスがポンポンと撫でた。


「大丈夫。私が父上に頼み込むから」

「兄様、でも……」

「可愛い弟のためだからね。このくらいなんてことないよ」


 ユリウスの言葉に、ロベル君は嬉しそうに頷いた。

 くっ……流石、血の繋がった兄。

 彼の心の支えになれればと思ったけど、そう簡単にはいかなそうだね。


「じゃあ、父上に許可をもらってくるよ」

「僕も一緒に……」

「いや、ロベルは部屋で待っていてくれ。良い知らせを持ってこれるよう、兄様が頑張るから」


 そう言うと、ユリウスは本を持って部屋から出ていった。


「……ユリウス兄様はやっぱり優しいな」


 静かになった部屋で、ロベル君がポツンと呟いた。

 おっと、それを言うならロベル君だって優しいぞ?

 こんな小鳥のために手を尽くしてくれたんだから。


「僕も魔法が使えたらなぁ……」


 ロベル君が私を持ち上げて、その小さな手で撫でてくる。

 そう言えば、この頃のロベル君は魔法に興味を持ち始めてたのよね。

 だから、ユリウスから魔法について習ってみないかと言われた時に、素直に受けちゃうんだよなー。


「君は、こんな僕と一緒にいて、幸せだと思ってくれるのかな……」


 ロベル君の声が震えている。

 顔は見えないけど、もしかすると泣き出しそうになっているのかもしれない。

 ……全然、全く持って、心配いらないよロベル君。


「チュンチュッ!」


 私は元気よく鳴き声を上げ、ロベル君に微笑んで見せた。

 ……いや雀が笑えるわけないんだけど、気持ち的にね?


「君は、嬉しいと思ってくれてるの……?」

「チュピッ!」

「……そっか。良かったぁ」


 ロベル君が安堵の笑みを浮かべる。

 そんな可愛い笑顔見せられて嫌いになる奴とかおるー?

 もしいたら、その人とは絶対お友達になれない。むしろ、嫌いになる。


「ありがとね、小鳥さん」


 ロベル君が私を頬擦りする。

 ぐへへっ、柔らかほっぺがたまりませんなぁ。

 またしばらくロベル君のほっぺスリスリを堪能できると思ったのだけど、不意に鳴り響いたノックの音に私は舌打ちしたくなった。


「ロベル、ただいま。父上に許可をもらってきたよ」


 おや、随分と早くないですか?

 もう少し時間がかかるものだと思ってたけど。


「父上が二つ返事で了承してくれたよ。生育環境を整えられれば良いと仰っていた」

「本当ですか!」

「ああ。私も準備を手伝おう」

「ありがとうございます、兄様!」


 ニコッと嬉しそうに笑うロベル君。


「んん゛っ……ど、どういたしまして」


 不自然な咳払いの後、ユリウスは片手で口を覆った。

 ……もしかして、ロベル君の余りの可愛さに動揺している?

 さっきも「可愛い弟」ってはっきり言ってたし、何となく同志の匂いがしてきたな。


「ロベル。生育環境を整える前に、まずはその子の名前を決めようか」


 何とか立て直したユリウスが、にっこりと微笑みながらそう言った。

 さっきまで悶えていたのが嘘みたいだ。

 まだ信用はしてないけど、その精神力は見習いたい。


「名前ですか?」

「家族になるのだから、『小鳥さん』呼びでは可哀想だろう?」


 別に私はロベル君になら何て呼ばれても構わないのだけど。

 だけど、彼から名付けてもらえるなら、こんな嬉しいことは無いよね。

 ……あれ、そう言えば、私の元の名前って何だったっけ?

 思い出そうとしても、一文字も思い出せない。

 まさか、鳥生活が長すぎて忘れた?

 はははっ、そんなバカな……。

 でも、可愛い名前だったとか中性的な名前だったとか、そういう名前の雰囲気みたいなのも全然思い出せない。

 ま、まあ、今から新しい名前付けてもらえるし?

 そんな悲しむことじゃない……よね?


「この子の、名前……」


 ロベル君がじっと私を見つめる。

 おおう、そんなに見つめられると心拍数急上昇しちゃうんだけど。


「……『スズ』」


 少し恥ずかしそうに、ロベル君が呟いた。


「この子の名前は『スズ』にします。鈴みたいに綺麗な声で鳴くから、『スズ』」


 ロベル君が『スズ』と言った声が、頭の中で鳴り響く。

 彼からもらった名前。彼が私のために、私だけの名前を考えてくれた。

 それだけで、こんなに嬉しくなっちゃうものなんだ。


「チュンチュッ!」


 私は興奮のままに、ロベル君の頬にキスをした。

 そして、彼の肩に乗り、その頬にスリスリする。


「わわっ、どうしたの?」

「ふふ、その子はきっと喜んでいるんだよ」

「チュピッ!」


 私が肯定の意を示すと、ロベル君は花が咲いたように笑った。


「気に入ってくれて良かったよ。これからよろしくね、スズ」


 こうして、私はロベル君と一緒に暮らすことが正式に決まったのでした。

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