第19羽 怪しげな魔法陣

 地下へと続く階段を降りきったところには、簡素なドアがあった。


「罠は……無いね。鍵もついてない。本当にただのドアって感じ」

「特別な魔法がかけられているということは?」

「無い。全く何も感じないよ」


 隠し扉の先にあるドアが、そんな簡単に開けられていいの?

 そういえば、階段にも罠は仕掛けられてなかった。

 上の隠し扉が誰にも見つけられない、見つけても開けられないっていう自信があったんだろうか。


「念の為、僕が先行するね」

「お願いします」


 ルーファス君が慎重にドアを開ける。

 ギギ……と不快な音を立てて開かれた先は、真っ暗で何も見えない。


「明かりを準備した方が良いでしょうか?」

「いや、多分必要ないよ」


 ルーファス君が一歩、部屋に足を踏み入れる。

 すると、真っ暗だった部屋に明かりが灯った。


「人の出入りに反応して明かりがつくようになってるみたいだね」


 いわば、人感センサー付き照明ってところだろうか。

 まるで現代日本にいるかのような、随分とハイテクな技術だ。

 きっとこれも魔法でやってるんだろうな。


 私は呑気にそんなことを思っていたけど、ロベル君は光に照らされて顕になった部屋の中を険しい顔で見ていた。


「……ここは手付かずだったようですね」


 彼の視線の先には、床に描かれる怪しげな魔法陣があった。

 そして、その奥には、一人の女性の肖像画が飾られていた。


「あれが『黒の聖女』様なのかな?」

「……そうだと思います。とても、そっくりですから」


 ロベル君が私をチラリと見た。

 そっくり?

 ロベル君は「黒の聖女」の顔を知ってたの?


「スズが人になった時の姿と、とてもよく似てるんだ」

「チュン?(え?)」


 私は肖像画をじっくりと眺めた。

 ……言われてみると、記憶の中の私に似ていなくもないような。

 でも、絶対10倍くらい美化されてる。

 あんな儚げな美女じゃなかったぞ、私。

 生まれてこのかた大きな病気にかかったことがなかったし、風邪もほとんど引かない超がつくほどの健康優良児だったからね。


「スズは見覚えないの?」

「チュピピ……(あると言えばあるけど、随分と美化されてるなと……)」

「いや、あの時のスズはあれくらい綺麗だったよ。いや、むしろ実物の方がもっと綺麗だったかも」


 ええ、それは無いよロベル君。

 思い出補正かかって美化されまくってるんじゃない?


「肖像画より、まずはこの魔法陣が何なのか調べるべきじゃないかな?」

「そ、そうですね。すみません」

「謝る必要はないよ。で、この魔法陣は何だと思う?」


 ルーファス君からの質問に、ロベル君は顎に手を当てて考え込んだ。


「見ただけで私がわかるのは、かなり複雑な魔法陣だということくらいです。恐らく、幾つもの術式を組み合わせているのでは?」

「流石。僕も同意見だよ」


 ルーファス君は魔法陣に近づき、それに手を触れた。

 ちょ、触って発動でもしたらどうするの!?


「ルーファスさん、それは危険では……」


 ロベル君もそう思ったのか、心配そうにルーファス君を見た。


「大丈夫。これ、もう発動してるから」


 この世界の魔法陣は、一度発動させると使えなくなるらしい。

 でも、それはそれでヤバいでしょ。


「……危険な魔法陣では無いのですか?」

「少なくとも『魔王』復活のための魔法陣では無さそうだから安心していいよ」


 そんな魔法陣があったら困るんだけど……。

 でも、この組織のことだからそういう魔法陣を研究しててもおかしくないよね。


「では、何の魔法陣かわかったのですか?」

「全部じゃないけど、一応」


 マジか。

 ゲームでもルーファス君が魔法陣や魔法についてめちゃくちゃ詳しいっていう描写はあったけど、まさかここまでとは。


「時間巻き戻しに、再生の魔法……あと、死霊術も混ざってるかな。多分だけど、これ、死者の蘇生をやろうとしたんじゃない?」


 ルーファス君の言葉に、ロベル君が顔をしかめる。


「……死者蘇生、ですか」


 そんな魔法がこの世界にあるの……?

 いやでも、ゲームでもそんな魔法はなかった。

 戦闘中にキャラが倒された時は「戦闘不能」の表示がされてて、死亡扱いじゃなかった。

 しかも、そんなのがあったら「魔王」とか「黒の聖女」とか、とっくの昔に復活してそうだよね。


「そんなことができるなど、聞いたことがありませんが」

「僕も知らないよ。そんなのができたら、世紀の大発見でしょ」

「しかし、この魔法陣はそのためのものなのでしょう?」

「そのためのものだけど、成功したとは言ってない」

「では、失敗しているのですか?」

「うん。大失敗してる」


 何でそんなハッキリ断言できるの?


「魔法陣が正常に発動すると色が全体的に暗くなるんだ。でも、これはまばらにしか色が変化してないでしょ?」

「確かにそうですね」


 よく見ると、赤色のインクで描かれた魔法陣の一部だけ、色が若干暗い。

 その部分の魔法陣だけ発動したということなんだろうか?


「発動できてるのは死霊術の……魂を呼び寄せるやつかな。他は全部発動してないよ」


 なるほど、確かに複数ある中で一つしか発動してないなら大失敗だ。

 でも、その発動したやつで呼び寄せた魂は一体誰の魂なんだろう?


「……呼び寄せたのは『黒の聖女』の魂でしょうか?」

「この状況だけ見るなら、恐らくね」


 あれ?

 私は「黒の聖女」の生まれ変わりかもしれないんだよね?

 誰かが「黒の聖女」の魂を呼び寄せたなら、その魂を利用して何かしてそうだけど。

 でも、私はここにいて、自由にロベル君とキャッキャウフフできてるわけで。

 そもそも雀に転生してるのもおかしいよね。

 魂を呼び寄せただけなら、幽霊みたいになってるんじゃないのかな。


「ですが、『黒の聖女』かもしれないスズは雀に転生している」

「それはこの魔法陣に描かれてる発動してない魔法が関連してるんだと思うよ」

「先程ちらっと仰っていましたが、他はどういった魔法なのですか?」

「色々あるけど、組み合わせを考えると肉体を復活させるための魔法だと思う」


 肉体の復活?


「……まさか、『黒の聖女』の遺体を組織が持っていたのですか?」

「遺体そのものかはわからない。でも、遺体の一部か全部を持っていて、それから生前と変わらないくらい綺麗な状態の肉体にしたかったんだと思う」

「そのようなことは可能なのですか?」

「生き返らせないなら、可能だよ。死にたてホヤホヤの状態には戻せる。でも、目を覚ますことはない。そもそも、時間巻き戻しの魔法は生物以外にしかかけられないからね」


 ルーファス君は悔しそうに顔を歪ませた。


「生物にもかけられたなら、こんなことしなくてもあの子を救うことができたのにね」


 ボソッと呟かれたそれに、私もロベル君もかける言葉がなかった。

 一瞬、悲しそうな顔を見せたルーファス君だったけど、次の瞬間にはいつもの無邪気な笑みを浮かべていた。


「要するに、時間巻き戻せても死者は死者のままってこと。ま、これは発動すらしてないから、気にする必要ないけど」


 でも、それと私が転生しているのに何の関係があるんだろう?

 そう思っていると、ロベル君が真面目な顔で頷いた。


「なるほど。つまり、魂を入れる器がなかったが故に呼び寄せた魂がこの場を離れ、近くにあった雀の卵に宿ってしまった……ということでしょうか?」

「うん。僕はそう考えてるよ」


 ほえー、流石ロベル君。

 私はそれだけじゃ何もわからなかったよ。

 ……いや、思考放棄してたわけじゃないよ?

 「二人とも難しい話してるなー」とは思ったけど、ちゃんと私も理解しようと頑張ってるから!


「しかし、これで組織が『黒の聖女』を知っていたことが確定しましたね」

「うん。しかも、僕達に情報が回って来なかったことを考えると、組織の中でも一部の人間しか知らない可能性があるね」

「これは急いで組織を壊滅させるか、『魔王』を倒すかしないといけませんね」

「スズさんのことがバレたら大変だもんね」


 た、確かに。

 もしバレたら、私の魂を狙って組織が襲ってくる可能性がある。

 ロベル君は強いけど、もしものことがあったら、私は……。


「とりあえず、この魔法陣のことを残りの二人にも報告する?」


 私の不安を他所に、二人はこの後のことを相談していた。

 ……まあ、しんみりしててもしょうがないよね。

 もしロベル君に何があっても守れるように、私がしっかりしなくちゃ!


「いえ、さらに詳しく調べましょう。彼らがここで『黒の聖女』を復活させようとした目的がわからないままですし」

「わかった」


 二人は二手に分かれて調査を続けることにしたらしい。

 しばらく魔法陣周辺に積み重なっていた本を調べていたけど、どれも魔法に関する本ばかりで「黒の聖女」について書かれたものはなかった。

 手がかりが、魔法陣以外なかなか見つからない。


「チュン(見つからないね)」

「これだけ残っていれば何かしらありそうなんだけどね。もしかして、どこかに何か隠してるのかな」

「チュンチュピ(案外、肖像画の裏にあったりして)」

「そんなありがちな場所に隠すかな?」

「チュピ?(一応探してみたら?)」

「そうしてみようか」


 私もロベル君も、何も無いと思いつつ肖像画を持ち上げた。


「……あ」

「……チュン(……あ)」


 肖像画の裏の壁は一部がくり抜かれ、空洞ができていた。

 そして、そこには禍々しいオーラを放つ箱が置かれていた。

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