第45羽 「シスル」と「リン」①

「……え?」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。


「私が……“彼”を刺すの……?」


 私が震える声で言うと、マリアちゃんは頷いた。


「そうです。『魔王』を救うには、それしかありません」

「でも、そんなことをしたらロベル君が!」

「私が刺せば死んでしまいますが、スズさんであれば大丈夫です。神聖剣の効果を発揮できるのは、私だけですから」


 そう言って、マリアちゃんは微笑んだ。

 言われてみれば、ゲームでもこの世界でも、「神聖剣」を扱えるのはマリアちゃんだけだ。

 彼女以外の人は「神聖剣」を手に持つことはできるけど、振り回したりはできないらしい。


 ……あれ?

 彼女以外は振り回すことができないなら、私が彼を刺すことはできないのでは?


「マリアちゃん。私が神聖剣を使えないなら、刺すこともできないんじゃないの?」

「いえ、そんなことはありません。スズさんは神聖剣の効果を発揮することはできませんが、扱うことはできます」

「それは、どういうこと?」

「剣を持っていただければわかります」


 マリアちゃんが「神聖剣」を私に近づけてくる。

 持てばわかるって言われても、その剣を持つのは怖いんだけど……。


「邪魔をするなっ!」


 私が狼狽えていると、そんな「魔王」の声が聞こえた。

 見れば、「魔王」がローラス君やシーボルト君を含む周囲の人達と戦っていた。

 幸い、どちらも怪我をしている様子はなくて、私は胸を撫で下ろす。


 しかし、私は違和感を覚えた。

 誰も怪我をしていないというのは変じゃない?

 「魔王」が本気で殺すつもりなら、もう誰かが怪我をしていてもおかしくはない。

 それどころか、不謹慎だけど、誰か死んでしまっていても不思議ではないと思う。

 ……もしかして、「魔王」が手加減している?


「きっと、会長さんが抑えてくださっているんですね。『魔王』が皆を傷つけないように」


 マリアちゃんの言葉に、私はハッとした。

 ロベル君も皆も必死に頑張っているのに、私は何を怖気付いているんだろう。

 女は愛嬌なんて言うけど、今の私に必要なのは度胸だ。

 私は気合いを入れ直すべく、両手で自分の頬を叩いた。


「……よし! マリアちゃん、『神聖剣』を借りるよ!」

「お願いします」


 マリアちゃんから差し出された「神聖剣」を、私は震える手で受け取る。

 その瞬間、誰かの記憶が脳に流れ込んできた。




 ――私は、小さな村に住む女の子だった。

 ごく普通の家庭に生まれ、見た目にも変わったところはない。

 でも、私には他の人には無い特別な力があった。

 それは、どんなに酷い怪我や病気でも治せる力。

 幼い私はその力を隠すことなく使った。

 それが皆のためになると信じていたから。

 でも、大人達は、そんな私を気味悪がった。

 村は外との交流が少ない閉鎖的なところだったから、私みたいな異質な存在を怖がるのも無理はなかったのかもしれない。

 いくら怪我や病気を治しても、皆が私を見る目は冷たかった。


 そして、私が物心ついたぐらいの時、大人達は私を森に捨てた。

 私は目隠しをされて馬車に乗せられ、そのまま森に放り出された。

 人の住んでいそうな場所なんて無く、普通だったら死んでしまっていたと思う。

 でも、私はその森の動物や魔物を治療することで信頼関係を築き、食べ物だけでなく寝床も確保することができた。

 私はそのまま森で暮らすことにした。

 助けた動物も魔物も優しく、どこかから衣服も持ってきてくれたので、衣食住には全く困らなかった。


 そんな生活を続けていたある日、私は森の中で倒れている男性を見つけた。

 彼は全身に酷い怪我を負っていて、初めは死んでしまっているのかと思った。

 私は少し警戒しながら、彼に近づく。

 彼の顔に耳を近づけると、わずかに呼吸音が聞こえた。

 この人は、まだ生きている。

 私は、すぐさま能力を使った。

 だけど、彼の傷はなかなか癒えなかった。

 死にかけるほどの重傷を治すなんてことは今まで無かったから、自分の能力の限界を私は知らなかった。

 彼の傷はこのままでは治せない。

 それでも、彼を助けてあげたかった。

 私は必死に考えて、ある方法を思い出した。


 それは、大きな鳥によく似た魔物から教えてもらった方法。

 彼らは自分達の子が死にそうな時は、魂を分け与える。

 そうすることによって子の生命力を高め、子が死ぬのを防ぐそうだ。

 もっとも、その魔物は回復魔法など様々な魔法を扱えるので、その方法は他に打つ手が無い時にしか使わないらしい。


 私は、その方法を用いて彼を助けた。

 結果として私と彼の魂が繋がってしまうことになったのだけど、そんなことは気にならなかった。

 私は、怪我を治療したものの未だ目を覚まさない彼を自宅に連れていった。

 この頃には知能の高い魔物達と協力して小屋のような自宅を建てていたので、その家で彼を介抱した。

 次の日、彼が目を覚ました。


「ここは……?」

「ここは森の中にある私の家です。あなたは森の中で倒れていたんですよ」

「倒れていた? ……そうだ、村の人達は? 俺を追っていた彼らはどこに!?」

「お、落ち着いてください! まだ起きたばかりなんですから!」


 いきなり起き上がった彼に驚きながらも、私は彼を落ち着かせた。

 錯乱していた彼だったけど、しばらくして落ち着きを取り戻した。


「す、すまない。追われて逃げてきたものだから、警戒してしまって……」

「大丈夫ですよ。それより、何があったか聞かせてもらえませんか?」


 そう尋ねると、彼は悲しそうな顔で今に至る経緯を話してくれた。


 彼も小さな村の出身で、私と同じように不思議な力を持っているそうだ。

 彼が持っていたのは、魔物を操る力。

 操れる魔物の強さや数には限度があり、当時の彼は農民が倒せるくらいの弱い魔物を5匹操るのが限界らしい。

 しかし、村の人達はそれでも彼を怖がった。

 幼い頃に両親を亡くしてしまった彼を助ける村人は誰もおらず、逆に虐げられることもあった。

 虐げてくるのは村の若者達で、「度胸試し」と称して行われていたらしい。

 そんな酷いことをされていたにも関わらず、彼は村の人達を傷つけるような真似はしなかった。

 それどころか、村を守るために魔物をしりぞけていたそうだ。

 でも、彼の力でしりぞけられる魔物には限界があった。

 ある日、彼の力でも操れないほど強い魔物が、村を襲った。

 村の被害は大きく、ほとんどの家が破壊され、半数以上の村人が亡くなったそうだ。

 彼は命からがら逃げ隠れ、無事だった。

 しかし、彼が助かっているのに気づいた村人達は、今回の襲撃を彼のせいだと口々に言った。

 そして、彼は村を追われるだけでなく、その命まで狙われることになったという。


「それで、ここまで逃げてきたんですね」


 彼はコクリと頷いた。

 なんて酷い話だ。彼は、村の人達を守ろうとしていたのに。

 こんな仕打ちは、あんまりじゃないか。


「……助けてくれてありがとう。正直、もう死んでしまうと思ったよ」

「助かって良かったです」

「でも、かなり酷い状態だったと思うのだが、一体どうやってこんな綺麗に傷を塞いだんだ?」


 私の能力を知らない彼は、完治している自分の身体を見て首を傾げた。


「それは、私の能力で治療したからです」

「……君の能力?」

「私、どんな怪我や病気でも治せる力があるんです」

「へえ、どんな怪我や病気でも治せる力か……凄い能力だな」

「ありがとうございます」

「そんな能力があれば色んなところから引く手数多だと思うのだが、君は一体何故こんな所に?」


 彼の言葉に、私は胸が締め付けられる思いがした。


「……引く手数多なんてこと、無いですよ。私も、村から追い出されたようなものですから」


 私は、自分の過去を彼に語った。

 全て語り終わった後、彼は悲痛な面持ちをしていた。


「そんなことが君の身に起きていただなんて……知らなかったとはいえ、あんなことを言ってしまってすまなかった」

「大丈夫ですよ。気にしないでください」


 もう終わってしまったことなのだから、今更気にしたところでしょうがない。

 それに、この森での暮らしも案外悪くないからね。


「そうだ! あなたもここで一緒に暮らしませんか?」

「えっ?」

「ここは森の奥にあるので見つかることはまず無いでしょうし、森の皆は優しいのできっと楽しく暮らせますよ!」


 私がそう言うと、彼は目を瞬かせた。


「良いのか?」

「はい、もちろん!」

「しかし、君は俺の名前も知らないし、俺も君の名前を知らないのだが?」

「……あ」


 確かに、私も彼も名乗っていなかった。

 名前を知り合う前に、自分の身の上話をしていたなんて。


「え、えーと、私はリンって言います」

「『リン』か、良い名だな。俺はシスルだ」

「シスルさんですね。素敵なお名前です!」

「呼び捨てで構わないぞ。俺もリンと呼ばせてもらうから」

「では、シスルと呼ばせていただきます。ふふっ、名乗る前に各々の事情を話すなんて、順番が逆になってしまいましたね」


 私が笑うと、彼――シスルもようやく笑顔を見せた。


「君といると、何故だか安心できるな。君があまりにも人畜無害だからかもしれないが」

「それ褒めてないですよね?」

「褒めているさ。君と、もっと一緒にいたいと思うくらいには安心しているのだから」


 彼は赤い瞳を細めて、私を見つめてくる。

 そのルビーの目があまりにも綺麗で、私は思わず視線を逸らした。


「なあ。君が本当に良いのなら、ここで共に暮らしても構わないだろうか?」

「……当たり前じゃないですか。そのために誘ったんですから」


 ――そうして、私と彼は一緒に暮らし始めた。

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