奈落の木阿弥と木阿弥の奈落
白蛇に案内されるがままに奈落の木阿弥を散策していると、大きな穴の前に一つの看板が立てかけられていた。
『木阿弥の奈落』
あまりにも異様な気配が漂うこの穴は、間違いなく迷宮なのだろう。
今まで人類がたどり着いたことがないと言われる最難関の迷宮奈落の木阿弥すらも、この迷宮の前では前哨にすぎなかったのだと確信させるほどの恐ろしい気配が漂っていた。
くいっと頭を動かし、底に進めと言っている神獣・白蛇。
「い、行くしかないのかぁ?」
くそぅ。昨日あれだけ呑んだのに、二日酔いは疎かいつもより体調が良い。奇跡の水のお陰なのだろう。しかし、僅かにでも体調が悪ければそれを理由に引き返せたものを、今の俺に引き返す理由なんて「怖いから」以外になにもない。
ただ……。
如何にあのスウィートマイルームの居心地が良かろうとも、ずっとあそこにいるのもアレだ。
やっぱり日光を浴びたくなるだろうし。それに、ドロップアイテムだけで食料が賄えるかどうかと問われれば限りなく微妙だし。
それに、生活をドロップアイテムに頼るにしてもこの奈落の木阿弥の最下層はひとしきり見て回ったから、新しいところがあるなら積極的に探索した方が良いのも事実。
しかも、今の俺には隠密のスウェットに加え透視の眼鏡もある。
雰囲気に押されては駄目だ。……論理的に考えれば、俺は大丈夫なんだから。
俺は意を決して、木阿弥の奈落に踏み出した。
◇
結論から言えば、俺の不安は完全なる杞憂だった。
いや、確かにここのモンスターはめちゃめちゃ強いのだろう。それこそあの奈落に比べるべくもなく、圧倒的に。
例えば三つ壁を隔てた先にいる『グレーターミノデーモン』という、大型人型の牛のLv87で攻撃力は七千。HPは八万もある上に自己再生のスキルまで持っている。
しかも補正値はやはり極大の上に防御力・魔法防御力も尋常じゃないほどに高い。
恐らく俺が知っている勇者では、攻撃を一発防ぐことも出来なければあの牛に有効打を与えることも出来ないだろう。
下手すればあいつ一匹が外に出ただけで国が亡ぶかもしれない。
そんな恐ろしい奴がこのフロアにはうじゃうじゃいる。
考えただけで恐ろしい限りだし、俺なんてすれ違うだけでも消し飛ばされるだろう。
でも、すれ違いすらしないから関係なかった。
アレだね。ただでさえスウェットの効果で気配薄弱の俺を、透視能力も無い魔物が三つ壁越しに離れている俺を認知できるはずもないのだ。
まぁ、こっちも相手の存在を認知してるだけで何が出来るって訳でもないんだけど。
そんな感じで俺はかなり安全な位置から『鑑定』と『透視の眼鏡』の最強コンボで隠密トカゲすらも鋭く壁越しからでも発見してそのどれもを華麗に――と言うより過剰に回避。
その上でこそこそとドロップアイテムと宝箱のアイテムをこそ泥のように回収していく。
俺からしても目から鱗な真理にたどり着いてしまった。
今まで冒険者はモンスターをばったばったなぎ倒して、正々堂々お宝をかっぱらっていくことが正しいと思っていたけど違うんだ。
単にお宝が欲しいだけなら、むしろ争いを避けてほしいものだけを根こそぎ盗んで逃げる方が良いのだ。
そうすれば怪我するリスクも格段に減るし、何よりモンスターを殺さなくて済む。
素晴らしきかな博愛の精神。戦わなくて良いなら、ラブ&ピースの精神で行こう!
あまりの余裕っぷりにスキップを始めたところで、襟の中で大人しくしていた白蛇が「シャーッ」と吠える。
それに驚いて脚を止めた瞬間に、サクッと恐ろしい音が目の前で鳴った。
『至玉の剣』――この剣に切れぬものなし。
俺が今スキップ混じりに通り過ぎようとしていた場所にそんな剣がさっくりと地面に突き刺さっていた。
こ、怖ぇぇええええええ!!!
え、なに?
蛇が吠えなかったらこの剣が地面じゃなくて俺をサックリいってたってこと?
背筋が凍り付く。
この迷宮、アイテムのお陰でめちゃめちゃイージー出来ているけど、そこは腐っても最難関の迷宮。スキップ混じりには歩くことすら敵わない……。
俺は気を引き締め直してから、至玉の剣をアイテムボックスに仕舞った。
慎重に歩こう……。
蛇に案内されつつ慎重に宝箱のアイテムを回収したり、ドロップアイテムを拾ったりしながら進んでいると一つ面白いアイテムを見つけた。
その名も『無謬の盾』――この盾に防げぬものなし。
さっきの剣とこの盾、思いっきし矛盾してるんだけど……お互いにぶつけ合ったらどうなるのだろうか。両者砕け散るのだろうか?
何というかこう……そのお陰で俺が生き残れているのは確かなんだけど。
迷宮探索を異様にイージーにするアイテム一式を設置したこととか、この矛盾とか含めて、ここの迷宮を作った主の頭が少し心配になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます