勇者の心が折れる音~前編~

 目が醒めると、来たことも見たこともない――ひたすらに瘴気が濃いお城の中のような場所にいた。


 ガチャリ。


 後ろ手に手錠がかけられ、身体をぐるりと3周……いや4周は回った鎖に拘束されている。他にも犬につけるような首を締め付けるぴっちりとした首輪や、左胸に刻み込まれた隷紋、私を天井から吊り上げるように結ばれたこれまた別の鎖。


 がちがちに拘束された状態で、つま先以外が地面に着かないこの状態は些か苦しいし、多分この拘束具の影響で魔力もまともに使えない。

 当然、神器は没収されているし、魔力がないから召喚も出来ない。


 ……体感的に、レベルも1になっているのに。


「誰かしら。私を拘束したのは……こんなにも拘束して、よっぽど私が怖いと見えるけど?」


 そう言いつつ、正面を見るとあぐらをかいて片方の膝に肘を突き、退屈そうに――いや無感情に私を見つめるにっくきあの男がいた。


「なるほど。……どうりでこんなに拘束が堅いわけだわ」


 あの男は勇者パーティにいた時、誰よりも弱くそして酷く足手まといだった。

 だから、彼は私にビビっている。その証拠に、この拘束は凄まじく堅かった。

 しかし不思議なのは、あの軟弱なクソ野郎が仮にも女である私が拘束されている様をぼんやりと見ていることだった。


 本来なら物怖じしているか、いやらしい目で見ているかのどちらかのはずなのに。


「勇者さん!」

「勇者様!」


 聖女と賢者の声が聞こえる。拘束のせいで首を動かすのは難しいから、彼女たちの姿は見えないけれど……恐らく私と同じようにがちがちに拘束されているのであろう事は容易に想像が付いた。


「……どういうつもり? 仮にも元仲間を拘束して」


「どうもこうもあるもんか。アークゴブリン・闇を殺した時点で、お前の刃はもはや俺の喉元目前だ。……元仲間とか、そんな悠長なことは言ってられない。

 焦ったな。大方その格好の呪いを解くために、急速に強くなって俺を倒そうと考えたんだろうけど……本気でやるなら十年単位でゆっくりと力をつけるべきだった」


 死んだ目でそう呟く、元荷物持ち。


「それは無意味よ。そうね、私が殺したアークゴブリン・闇の言葉を借りるならこうかしら? ……その十年の間に、貴方はもっと碌でもないことをやらかしている」


「……似てないな。それに不愉快だ」


 今日初めて、元荷物持ちが見せた感情は怒りだった。


 私を見る目は完全に、仲間の仇を見るような目。心底気持ち悪くて軽蔑すると同時に、軽い愉悦が心に沸いて出てくる。

 あぁ、この男はもう心の底からモンスターに成り下がってしまんだ、って。


「もういいや。やって」


 男が何者かに指示を出すと、奥からギギギッと薄気味悪い笑い声を上げる、黒いゴブリンが現れた。

 私が戦ったゴブリンよりも少し身長は高くて、ひょろっとしているそいつはゴブリンの魔導師という感じで――ただ、それが誰なのか八咫鏡奪われた今では知るよしもなかった。


 ジャラララ、ガラーン。


「きゃぁっ!」


 ジャラララ、ガラーン。


「うぐっ!」


 ジャララ、ジャララ、ジャラジャラ。


 鎖が動く音と、賢者と聖女の悲鳴が聞こえる。


「………まさか!」


「ギギギッ。勇者、オマエは死んでも生き返るらしいが仲間はどうかな?」


 ニヤリと意地悪く笑うゴブリンに、嫌な予感が止まらない。


 もしかしなくてもこいつは、私の仲間が死んだ時間と私が死んだ時間が一定以上離れると仲間は生き返らせて貰えないと言うことに気付いている。

 いや、まだ確定じゃない。


「仲間は……私が大魔王を倒さない限り死んでも生き返るわ。でも、酷いことはしないで。大切な、仲間だから」



                   ◇



 大魔王を倒さない限り、勇者は死んでも生き返る。その情報に、俺は本格的に自分の死亡フラグを感じ取った。

 それは、どう足掻いても勇者は俺が死ぬまで俺を殺しに来るという情報で、この情報は否定する材料がないと同時にこれを勇者側が明かすデメリットもない。


 そうじゃないなら、或いは一年で生き返らなくなるとかならラッキーだけど、この情報はどの道信じておいた方が良い。


 反面、仲間が生き返る云々はブラフだ。


 それは、あの日勇者が処刑された時に仲間が処刑された後彼女は「私を早く殺せ」と取り乱して叫んでいた事にある。

 何故早く殺して欲しいのか。仲間思いの勇者なら、屈辱的な状況から解放されたいとか早く死んで楽になりたいとかよりも、自分が早く死なないことには仲間が生き返らないとかそう言うことで取り乱す人間だと思っている。


 と言うか仲間の安否が関わらなければ、人前で泣き叫んだりするような性格をしていない事なんて、一年以上旅を共にした仲だ。

 知らないはずもなかった。

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