世界侵略異常なし
あれから二ヶ月の時が経った。
この世界に魔王の軍勢が攻め入ってから三十年弱。人類は未だ効率的なレベリングの方法を発見しているわけでもなく、無理矢理相手のレベルを下げるような兵器を完成させているわけでもない。
確かに対モンスター用の強力な武器や兵器魔法などは開発が進んでいるし、むしろ三十年の歴史を見てみれば人類の適応は凄まじいものがある。
だがしかし、未だ完全強化にたどり着いた人類などいるはずもなく確か三回昇華を経験した人間がギネス世界記録などに認定されていたはずだ。
故にどの国の勇者も、元々滅茶苦茶に強かったのに更に完全強化された王や補佐、特別優秀なモンスターたちに敵うはずもなく、何一つ苦戦することなく順調に攻略が進んでいた。
国を潰し、街を一つ一つ支配していく。
だが地球はとてつもなく広く、人類の数は多い。
対して奈落の木阿弥のモンスターと言えば日本アルプスの地下二十五階層ほどの迷宮に収まる程度の数である。
故にモンスターの支配が完了するのは暫く時間が必要になるだろうが、まぁポップ陣もかなり増やしたし、人員不足の方はどうにでも解決する方向になるだろう。
だから今、各地のモンスターたちはそれぞれの持ち場にある迷宮・ダンジョンを潰すか攻略して支配下に置いたり、魔王軍を叩き潰したりしている感じだ。
ワイズ・トロールのところは既に、魔王討伐を明日に予定しているらしい。
この調子で各地の魔王もやがて潰されていくだろう。
そうしたら、この世界に存在する人類の敵は全てこの奈落の木阿弥の傘下に入る。全てが迷宮主である俺の権限の範囲内だ。
そうすれば、迷宮主として世界を滅ぼすことも、元人類としてこの世界からモンスターを駆逐することも胸先三寸。
時が経つのをこの奈落の木阿弥の最下層でぼんやりと待っているだけで世界の全てが俺の手中に収まってしまう。
圧倒的な万能感。それを感じても良いはずの俺は、しかし実感が湧かなかった。
俺は世界の広さを知らないし、興味もない。
だから、ポンと世界というものを渡されたとしてそれにどれほどの価値があるのかも把握しきれないのだ。
それでも、世界征服を目前にするとやはりわくわくする。
ロマンだ。
「チェックメイトだ」
俺は決め顔でそう言いながら、盤上のナイトを動かした。
「マスターさん……それ、ステイルメイトです」
「え!?」
ルーク、クイーンの三枚落ちハンデをタキエルに背負わせて良い感じの力量差になったチェス。
熾烈な攻防戦の末に、もはやタキエルのキングはどこに動かしても俺の駒に食われてしまう……将棋で言うところの詰みの状況に持っていった。
が、タキエルが言うにこれはどうやら俺の勝ちではないらしい。
「ほら、私のキングにどこにも掛かってないですよね? これ、引き分けですね」
「えぇぇぇぇ。嘘っ!? ……将棋だったら俺の勝ちだったのにっ!」
「ふふん。まだまだですね。マスターさんはチェスのルールから覚え直してください」
「く、くそぉぉぉ!!!」
三枚落ちのハンデがあったのに、引き分け……?
何てことだ!
そう嘆いていると、いつの間にかお昼の時間になっていた。……勝負に熱中しすぎてすっかり忘れていたが、そろそろお腹が空いた。
「……はぁ。負けたから、今日の昼飯は俺が作るか」
「ずるい! 負けてなくても、作るのはマスターさんですよね。……私が負けた時は大体エッチな罰ゲームなのに」
「俺がエッチな罰ゲーム受けても誰も得しないだろ。汚いもん見せんなって炎上するぞ」
「私得ですよ! それに、私たちしかいないのに、どうして炎上するんですか?」
「……じゃあ、まぁ。飯作ってる間に考えておいてくれ」
「解りました!!」
罰ゲームかぁ。いつもなんだかんだペテンを駆けて逃れているから、少し新鮮だ。正直、ちょっと楽しみだったりする。
俺はるんるん気分で、お昼ご飯を作ることにした。
今日の昼飯は、三日前に作った手作りチャーシューがあるので、それを使ったチャーハンと担々麺もどきを作ろうと思う。
手作りチャーシューは醤油、酒、みりんを2:1:1に砂糖を入れて甘く味付けたタレに臭み消しの新生姜と豚肉を漬け込んで煮たり寝かしたりを繰り返したこだわりの一品である。
ぶっちゃけ圧力鍋にぶっこんだ後は気が向いた時に火をかけるだけで基本放置していればてきあがるので、簡単だからおすすめだったりする。
俺は鍋に水をいれて沸騰するのを待ちつつ、件のチャーシュー、ネギを刻んで卵を溶いていく。
そうしている間にお湯が沸いたので、その中に中華麺をぶっ込んだ。
そしてフライパンを取り出してコンロにおいて油を敷く。
油が暖まるまでの数十秒の間に、ご飯を大きめのどんぶりによそいで、暖まった油に溶いておいた卵を落とした。
……あ、そう言えばチャーハンって作る前に平たいお皿にご飯をよそいでいた方が水気が飛んでぱらぱらしやすいって雑学があった気がするが、まぁ良いか。そんな変わらんだろう。
俺は良い感じに半生になった卵のところにご飯を落としてひたすら炒める。
……そろそろ、麺が湯だつか。
「タキエルー。悪いけど、鍋の方の中華麺見てくれない?」
「あ、はい! 解りましたー」
「どう、堅さは」
「んー、解んないけど良い感じなんじゃないですか?」
そう言いつつタキエルは熱そうな麺を軽くフーフーしてから一本啜った。
「どう?」
「良い感じです」
「だったら、ざるに麺を上げといて」
「解りましたー……ざる、どこですか? 」
「あ、これ」
タキエルにざるを渡しつつ、良い感じに米が炒まったので俺もさっきのどんぶりに炒めた卵ご飯を移す。
そして、フライパンに今度はネギとチャーシューを入れた。
適当にネギに火が通ったら、さっきのご飯をフライパンに再び投入して、鶏ガラスープと塩とホワイトペッパーをふる。
ブラックペッパーもありだが、チャーハンに関して言えば俺は断然ホワイト派だった。
最後に醤油を適量入れて、フライパンを振ったら、チャーハンが完成した。
次は、特製担々麺もどきを作っていく――。
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