ワイズ・トロール死す
ビリリリリリリリリリリリッ!
《ワイズ・トロールの身代わりが割れビリリリリリリリリリリリッ!《ワイズ・トロールの死亡が確認されました》
勇者が逃げ出した。
その連絡が届いたので、瞬間移動でゴブリンメイガス・闇の元へ急いで駆けつけて僅か数分、事情を軽く聞き始めた辺りで警報がうるさく鳴り響く。
そして事態を把握する暇もないままに《ワイズ・トロールの死亡が確認されました》とアナウンスが響いた。
あまりにも急すぎて、状況がちっとも整理できない。
つまりどういうことだ?
軽く混乱しながら、ワイズ・トロールの居城――彼がいるはずの王の間をスクリーンに映し出す。
そこにはワイズ・トロールの姿もなく、死体もない。
そこにいたのは、巫女のような紅白の装束を身に纏う――純正の黒髪が真っ白に染まり果ててしまって解りづらいが、その黒目は間違いなく……勇者が立っていた。
勇者。
……真っ白の髪。
彼女は俺が覗き見ている事を知っているかのように、こちらを睨み付けている。
急展開過ぎて話が読めない。
テンパってしまう。
「OKコア。……今、なにが起こったのかリプライを見せて貰えるか?」
《承知しました。10DP掛かりますがよろしいですか?》
「構わない」
提示されたDPの安さが、今の今この状況が起こってしまっていたことを物語っていた。
◇
魔王の居城に乗り込み、守衛のトロールを殺しながら奥へと進む。
守衛のトロールには、数匹ほど完全強化された個体も混じっていたしそれ以外の個体もトロールとは思えないほどに強かった。
だけどそれだけ。
大女神様のご加護で、肉体を完全状態にまで強化された私の前には、その程度の強さの差なんて誤差に等しかった。
最早、守衛がいてもいなくても変わらない。
そんな速度で奥へと進んでいく。
最奥部に到達するまでに一分と掛からなかった。
魔王の居城最奥部。魔王の間。そこにはあの時サウジアラビアで見掛けた、バフォメットと戦っていた魔法を使うヘンテコなトロール。
彼は目を細め、醜い口角を三日月に歪めた。
「久方ぶりに、お会いできて光栄です。勇者殿」
デカいガタイに似合わない、ソプラノボイス。
やたらと丁寧な立ち居振る舞いで出迎えた、醜悪な化け物。その出で立ちのファジーさに苦笑が漏れる。
「それにしても勇者殿。私が以前プレゼントして差し上げたお召し物、常用してるようで、お気に召したようで何よりです」
彼の挨拶に、奥歯をギリッと噛みしめる。
吹けば飛ぶような紙切れ三枚。恥部を隠せてるようで全く隠せていない呪いの装備。
こいつのお陰で、私は何ヶ月も全裸よりも恥ずかしいこの格好を強いられた。
こいつのお陰で、防具一式つけられなくなって苦労を強いられたし、多くの人の視線に晒されて悔しい思いもした。
それも今日で終わり。
こいつを殺して呪いを解く。
私は軽くそう決意して天叢雲剣を召喚しようとして、身体が動かなかった。
「『シャドウ・バインド』精神を揺さぶられて、油断しましたね。その一瞬の隙が貴方を殺すのです」
魔法を使うヘンテコなトロール。ワイズ・トロール。
名前に冠された賢者を意味する『ワイズ』は伊達じゃなく、抜け目がない。
あっという間に私の身体を『毒』『麻痺』『石化』『魔法抵抗弱体化』『筋力弱体化』『昏倒』『混乱』『沈黙』『催淫』『病魔』――『即死』以外の考えられる限りの状態異常魔法で埋め尽くす。
「これでトドメです『アビス・プリズン』」
ワイズ・トロールの呪文と共に、私を闇の檻が取り囲む。
そしてその檻ごと異空間にある無限の奈落に落とされる――聞いたことも見たこともない、しかしおおよそ考え得る限り、勇者の加護で不死身の私でも場合によっては実質的に殺される可能性のある魔法。
もしこれで、大女神様があのご加護をくれていなかったら私の復讐は既に終わっていた。
でも、実際の私はあの大女神様から多大なる加護を貰っていた。
「尤も、初戦でこれを使う羽目になるとは思ってなかったけどね! 『女神降臨』ッ!!」
私が心の中で呪文を唱えると、私の身体に大女神様が降りてくる。
魂が大女神様に包み込まれていく感覚。
私の髪が――女神様の影響を殆ど受けられず、黒のままだった私の髪の毛が真っ白に染め上げられていく。
身体中から光が溢れ出てくる。
力が無限に湧いてくる。
私の身体にかけられた、状態異常の数々が全て霧散した。
衣類に包まれるのは、あの時――アークゴブリン・闇と戦った時以来かしら。そんな少し場違いなことを考えながら、光のパワーを聖剣に注ぎ込む。
そして、私を閉じ込める闇の異空間を切り裂き消滅させた。
「なっ……これを無効化されるとは。仕方がありません!」
私はワイズ・トロールがなにかしでかす前に距離を詰め、切りつける。
しかし、その感触はスカ。……『身代わり』ね。小癪な。
だけど、返す刀で勝負は付く。
そう確信したけど、私はすんでの所で攻撃を辞め軽く距離を取る。そして、私に迫り来る不穏な気配を聖剣の一振りで切り裂いた。
「……なるほど。私の一世一代の呪いをも無効化しますか。申し訳ありません、あ、主様……」
ワイズ・トロールはそれだけ言い残して死んだ。
『勇者。最後の一撃、よく思いとどまれましたね』
「そうね……身代わりを斬った瞬間、あのトロールなら自らの命を犠牲にとんでもない最後っ屁を噛ましてくるんじゃないかって、思ったから」
『そうですね。あれ程の術者の呪いなら……咄嗟とは言えど、ただじゃ済んでいなかったでしょう』
完全強化されて、大女神様を降臨させて。
それでもまだ、ワンチャン負ける可能性が出てくるまで持って行かれた。
厄介な敵。
魔王クラスは、少なくとも全員がこのレベルに達していると考えた方が良い。
だからこそ、ステータスやスキルには出ない強さを磨いていかなければならない。
もっと精進して、それで、余裕綽々であいつに勝てるくらいにならないとドギツイ復讐はお見舞いしてやれない。
だから、もっともっと強くならなきゃ。
私はそう心に決めてから、大女神様と共にさっきまでいた不思議な空間に戻った。
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