開幕! ゴブリンVS勇者パーティ
一ヶ月後、北海道のダンジョンを総なめにした私たちはとりあえずこの三ヶ月――特に私たちが北海道で経験値を稼いで昇華を積み重ねていた一ヶ月の間に、日本中に大量発生したゴブリンを片っ端から殺し回っていた。
例え火の中水の中。おおむね森に生息するゴブリンをとにもかくにも殺し回っていた。大抵のゴブリンは取るに足らないザコなのだけれど、奈落の木阿弥や大都市圏に近づくほど、やつらの拠点に近づくほどに厄介なゴブリンが増えていく。
瘴気が練り込まれた装備を使うゴブリン。
言葉を喋って意思疎通を図り、連携を取るゴブリン。戦略や戦術を使いこなし、じわじわと攻め入ってくるゴブリン。
知恵を持ち、力もステータスも並のゴブリンとは比べものにならないゴブリン。
あの日、魔界樹の森の大量発生の調査のために『奈落の木阿弥』の攻略を開始し、あの男に多大な屈辱を受けたときの一階層にいたゴブリン。
それが更に強くなったような個体がうじゃうじゃいた。
尤も、ゴブリンにしてはスペックが高いと言うだけで、もう二十回近く昇華を繰り返している私たちには到底及ばない。
それでも、戦術や戦略を使いこなしてくる点が非常に厄介だった。
統率の取れたゴブリンの軍隊は、自らの命も惜しまずに捨て身の攻撃を仕掛け、その一方で遠方から魔法や弓矢がチクチク飛んでくる。
何より、私のこの破廉恥極まる格好。
私が人前に晒したくないのを知ってか否か、ゴブリンたちは戦闘になるとなるべく人目に着かざるを得ない状況を作り出してくる。
場合によってはテレビで、全国に放送されるケースもあった。
日本全国民が私の、あの格好を見てしまった。
その事実だけで、軽く心が折れそうだった。
しかし、まだ忍耐の時。奈落の木阿弥に攻め込むなら、理想としては昇華限界まで自分たちを強化すること。
安全をとるのなら徹底的に。
そして呪いは一日でも速く解きたいから迅速にレベルを上げなければならない。
だったら、いつかは人前で戦わなければならない時もくる。
それに、目の前で人々がモンスターに苦しめられているのに助けないのは、勇者として間違っていると思った。
だから、私はこの屈辱をバネにして日本中のゴブリンを狩りまくっていた。
この格好のせいで私にのしかかる羞恥と屈辱を誤魔化すように。
◇
「ギギッ。勇者、お前は仲間を殺しすぎた」
その日は唐突に訪れた。
北海道のダンジョンを総なめにし、日本中のゴブリンを刈り始め二週間が経った頃。昇華もそろそろ三十回目に到達しようとしていたその時に、そいつは現れた。
私と同じくらいの慎重で、闇のように黒い皮膚を持つ醜い姿のゴブリン。
アークゴブリン・闇。
前回遭遇した時には手も足も出ず、しかしなんとか見えていたステータスは八咫鏡の鑑定眼じゃ見ることが出来なくなっていた。
しかし、私の直感がこう言うのだ――今の私なら勝てない相手ではない、と。
「……ふっ。親玉が出てくるのも想定内よ。いや、むしろ好都合かしら?」
以前、戦うことすら放り投げてしまうほどに圧倒的な力量差のあった相手。
依然、私の格上で私よりもはるかに高いステータスを持っている。それでも、私の刃は目の前のゴブリンの首の圏内に入っている。
私は、心の中に僅かばかり残る怯えを掻き出すように息を吐いて笑う。
「迷宮の中なら帰るのは大変だけど、ここなら貴方を殺せば私は帰れるわ。こうしてボスを炙り出して一人ずつ殺していけばあっという間にあのクソ男の首に届くって寸法ね。のこのこ出てくるなんて甘いわね」
「ギギッ。勇者、それは間違っているゾ。なぜなら、オレが放置すればお前はオレの仲間を殺してもっと強くなるだけだからだ」
バレてる。しかし、目の前のゴブリンは相当頭が回るからこんな挑発に乗って帰ってくれるだなんて端から思ってすらいない。
黒いゴブリンは、それに、と付け加えニヤリと笑ってみせる。
「そもそも、お前じゃオレを倒せないからお前たちは今日帰れない!」
ゴブリンは――いや、アークゴブリン・闇は言うや否や剣を抜き私に斬りかかってくる。私もそれは解っていたから、天叢雲剣を取り出しアークゴブリン・闇の剣戟を受けるが、そのタイミングで私の顔面目掛けて一筋の矢が飛んできた。
……躱せない! いや、躱したらアークゴブリン・闇の返す刀で斬られる。
しかし、私の顔に矢が被弾する前に賢者が矢を炎で蒸発させた。
「勇者さん! ザコは気にせず、そのゴブリンだけに集中してください!」
「解ったわ」
私は六方向から飛んでくる火、水、氷、雷……最早認識するのも面倒くさい無数の魔法の数々を無視してアークゴブリン・闇との戦闘だけに集中する。
袈裟懸けの剣を躱し、カウンターを仕掛けるが躱される。
そしてまた同じ袈裟懸けの剣。今度は別角度からカウンターを仕掛けようとして、アークゴブリン・闇から放たれた剣の一撃がカツ~ンと間抜けに響く。
……軽い!! そう思った瞬間にあり得ないほど重い一撃が私のお腹を直撃した。
「げぶっ!?」
「ギギッ。そんな格好じゃ、オレの攻撃は受けられない!」
アークゴブリン・闇の言う通り、私の剥き出しの白いお腹には浅黒い足跡が刻み込まれていた。
……私、蹴られたのね。
アークゴブリン・闇の攻撃が視認できなかった。
「かぷっ」
口から血が吐き出る。……この感じだと、この一撃で内臓破裂までしているようだった。どれもこれもが、即死級の重さなのに、私は半裸で、しかも相手はフェイントでもなんでも使ってくる。
もう戦えない。軽く諦めた瞬間に傷が完治した。
「勇者様! 怪我しても私がいくらでも治します! それに……とりゃっ!」
身体から力が漲ってくる。――今人類が使える最高級の聖女の支援魔法。
「援護は私に任せてください!」
今の私には仲間がいる。いかに強敵アークゴブリン・闇が相手でも負ける気はしなかった。
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