神撃の勇者

「勇者さん……」

「勇者様……」


「うるさい!!!!」


「勇者さん……」

「勇者様……」


「うるさい!!!!!」


 ベリアルを逃がしてしまってから、私に付きまとい続ける『ヘルズ・ウィスパー』――鑑定で私を見ても、呪いとか幻覚とか状態異常の類いが掛かっている訳でもないし、そもそも大女神様と融合した時点で私に呪いや状態異常の類いが効くはずもない。


 じゃあ、だったらこいつらはなんなの?!


 死んだはずの……もう生き返らないはずの、賢者と聖女の亡霊は。


 私の愛した人の姿を語るこの化け物はなんなの?


 大女神様と融合した私は光の速さで迷宮内を駆け巡り、先に進んでいく。

 四階層、五階層――着実に歩みを進めているはずなのに、ステータスは確実に上昇しているはずなのに。

 大女神様を『降臨』する以前よりも攻略のペースが落ちていた。


『勇者……勇者……。心を乱されてはなりません。全ては敵の作り出す幻影。無視すれば良いのです。害はありません』


 大女神様が私を諭す。


 解っている。

 こんなの無視してとっとと先に進まなければならない。……魔王を倒さなければならない。

 死んだ後も私の愛する仲間たちを辱めるあの悪辣な魔王を。


「勇者様……」

「勇者さん……」


 でも……。


「うるさいって言ってるでしょ?!!!!!!」


 身体が意識が反応してしまうのだ。

 賢者が、聖女が本当は生きてるんじゃないかって。魂になって、私を呼びかけてるんじゃないか、助けを求めてるんじゃないかって思ってしまうのだ。


 悔しい。哀しい。……そして賢者と聖女をもう一度抱きしめたい。もう一度二人の顔を見て話して……。

 未練だ。ねちっこいほどに気持ちの悪い未練だなんてこと自分でも解っている。


 それでも、私の魂の不覚に刻み込まれたこの愛情を制御する事なんて不可能だった。


「クククッ。動揺しているようですね、勇者。マイロードの言った通り、所詮はまだ子供。こんな簡単な揺さぶりに簡単に引っかかる」


「ベリアル……」


 嘲笑う魔王の元へ飛んで、切りつけるがそれは当然のように幻影だった。


「こんな風に。ところで勇者。この『ヘルズ・ウィスパー』が如何なる術かご存じですか?」


「……」


 斬る。これも幻影。


「これは、地獄に落とされた魂のコピーを地上に映し出す、ある種の幻影です。しかし、それと同時に『ヘルズ・ウィスパー』はその魂の在処が地獄にあることを証明する事が出来るのです」


 私は剣を止める。


「……どういうこと?」


『勇者。それは悪魔の言葉です。耳を貸してはなりません』


 大女神様が私に言う。それでも、私はこの悪魔の話に興味を持ってしまった。


「つまり、勇者。貴方の愛する二人の仲間、賢者と聖女は今地獄にいます」


 目の前の悪魔はのっぺらぼうの顔に申し訳程度についている口を三日月にぐにゃりと曲げた。


「……なんで、賢者と聖女が地獄に落ちたの?」


「さぁ? それは解りかねます。ただ、人を殺したり姦淫したり無闇な殺生したり人のものを盗んだり親不孝をした者が地獄に落ちる――それだけはお教えしておきましょう」


 ベリアルの言葉でハッとする。


 あんなにも心の綺麗な聖女と賢者が地獄に堕ちるわけがない。だから、あの悪魔の言葉も信じるに値しない。そう思って切り捨てようとして、はたと気付く。

 その行為が、本人の意思に関わらず地獄への切符になるのだとしたら?


 賢者も聖女も一度は女神様の恩赦で穢れた身体を綺麗にして貰ったけれど、アークゴブリン・闇との戦いの後、彼女たちは無惨な形で処女を失っていた。

 それを、分からず屋の閻魔が『姦淫』としたら?


 いやそもそも私たちの正義の行軍の最中で、やむを得ない犠牲だって出た。


 それを『殺人』『殺生』と扱われるのは?

 ……本当の善人が、その優しさ、正しさ故に地獄に堕ちる話なんて昔話としてはメジャーな題材の一つだ。

 ……もしかしたら、ベリアルの言葉は嘘じゃないかもしれない。


「それで、なんでそんなことを話すの?」


「クククッ、それはですね。取引をしたいんですよ勇者。貴方と」


『止めなさい勇者。……悪魔の言葉に耳を貸すことはありません』


「……すみません、大女神様」


 もしかしたら、仲間が生き返るかもしれない。二人とまた会えるかもしれない。

 その可能性が僅かにでもあれば、私は蜘蛛の糸を掴む心地で悪魔の言葉に耳を貸す。


「クククッ。それでは、取引の内容をお話しするといたしましょうか……」


 ベリアルはゆっくりと、その話を広げていく。



 その話は要約すると、仲間を生き返らせる代わりに私がこの迷宮の捕虜として以前のように拘束されること。

 勇者以外――いや、『降臨』が使える私以外はもはや脅威ではないから、その条件を呑んでくれるなら生き返らせた仲間には一切の気概を加えないと言うこと。


 ……逆に言えば、これだけの事を長々と十分近く――それも、核心に触れない形で冗長に説明された。その時点でかなりいらいらする。

 勿論、私の答えも決まっていた。


「論外よ。貴方の言葉は全く信用ならない。……せめて、私の身柄を自由にして貰わないと」


「クククッ。それはこちらとしては論外です。仮に『今後我々に一切の手出しをしない』と契約を交わしてもそちらに大女神がいる以上、簡単に反故にできるでしょう?」


「そうね。平行線ね。……賢者と聖女が地獄にいるって言うのなら、きっと私も死ねば地獄に堕ちるわ。だから、アンタの主を殺して、その後私が死んでから時間を掛けて二人を探すことにするわ」


「そうですか。クククッ、全く残念です」


「そうね。じゃあ死んで……」


「残念。これも幻影です……では、下の層で貴方を袋だたきにして差し上げましょう」


 それだけ言い残して、ベリアルは消える。


 ふんっ、上等じゃない。

 私は心を入れ替えて、さぁ迷宮を攻略しようと意気込んだところで大女神様から制止の声が掛かった。


『勇者。……もうすぐ十五分が経ちます。ここは一旦戻って、出直しましょう』


 確かに。大女神に言われて気付いたが、どうやら私はあの悪魔に体よく時間を稼がれてしまったようだった。

 ……あの取引は本気だったんだろうけど、失敗しても時間稼ぎが出来る。


 してやられた気分だった。


 少し悔しい気持ちになりながらも、ここは安全を取って大女神様の言葉に従い、神界に戻ろうとして――神界へのゲートが開かない。


『……勇者。この迷宮、脱出不可能になってしまいました』

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