世界観光~日本~

 世界一美しい花を追い求めて、世界中を旅した男がいる。


 しかし、どこを探してもその男が「これは世界一美しい」と納得できる花は見つからない。

 とうとうその男は「この世で最も美しい花など存在しない」と結論づけて自宅に帰ったそうな。


 そして、数年ぶりに帰った自宅の庭に咲く一輪の花こそがその男にとってこの世界で最も美しい花だった。


 そんなお話をどこかで聞いたことがある。


 仏教の説法かなにかだったか。


 俺がタキエルを誘って出た世界旅行。ヨーロッパを途中で切って、こっちに戻ってきてしまったが、本当はヨーロッパを回った後もあの旅の続きがあった。

 それは日本を見て回ることだった。


 側近を任せていたアークゴブリン・闇が治める日本を。


 曰く、海外旅行とは「やっぱり日本って良い国だわ~」と確認する行為に他ならないというコメントをネットで見つけたことがある気がする。


 実際俺もこの国には生まれ育った土地と言うことで愛着もあるし、それ抜きにしても、漫画は面白いしアニメのクオリティは高いしご飯は美味しいし水は綺麗だし店売りの商品の品質は信頼できるし治安も良いし、良い国だと思っている。


 お国柄とでも言うのだろうか。


 モンスターが現れようと、魔法があろうと。

 三十年前の日本がどうだったかなんて、書物の知識以上のものなんてないけれど、やっぱりこの国が一番良い。

 そう思うために、日本を回る。予定だった。



 日本を観光するにあたって、俺は特にその国を治める王に挨拶はしなかった。


 今の王はメイガスゴブリン・闇だけど、日本を管理しているのはイモータル・ロードだし。

 すぐそこまで行って帰ってくるだけだし。


 俺たちは東京・大阪・名古屋・福岡――主要な都市を瞬間移動で移動しながら見て回る。

 どの街も凄惨な戦いの後が見て取れた。

 未知に散らばる大量のゴブリンの死体と、剣や魔法で傷つけられた街並み。


 それらを片付け、復興しようと頑張る人々。


「あの……この惨状はどうしたんですか?」


 俺はゴブリンの死体を一輪車に積んで、運ぶおばさんに訊ねてみた。


「どうもこうも、勇者パーティがゴブリンを駆逐するんだーって夜中暴れ回ったらしくってね。朝起きたらこの有様さ。……別にゴブリンたちは乱暴しないし、むしろ外のモンスターを倒してくれたりして上手くやってたのに。

 街をぐるって囲む塀が壊れちゃったから、いつモンスターに襲われるかって思うと夜もおちおち寝られないわ。

 それより、お二人は新婚旅行かしら? 初々しいわねぇ」


「ええ、まあそんなところです」

「マスターさん。新婚旅行ですって!」


 タキエルが楽しそうに話し掛けてくる。


「時期が悪くて、こんな有様だけどまぁ楽しんで言ってよ」


「はい」


 軽く返事して、この街を更に歩く。そして、また別の街に移る。


 どの街も似たような有様だった。


 ………なんか、見覚えがあるようで見慣れない光景だった。


 地震が多いが故に、復興も早い国民性なんだなぁとかそう言うのもあるけど。

 それ以上に、勇者がモンスターを駆逐した跡らしい街並みだなぁと思った。


 鳥取県のある市をアンデッドが支配しているからどうにかしてほしいと、俺が勇者パーティに所属していた時にそんな依頼が届いたことがある。

 その時はまだ、パーティ全体のレベルも30弱程度でそう高くなく、広範囲でアンデッドを浄化することも出来ない状態だったのだけれど、それ故にかなり乱暴な方法をとった。


 それは目に付くアンデッドをひたすら斬り、ひたすら魔法で倒すというそれだけの方法だったのだが、倒した相手の中には数人ほど民間人が混じっていて、魔法を構わずに放つからまるで空爆をされたんじゃないかと思うほどに街は悲惨な有様になった。


 そこは田舎で人口も少ない、未だに商店街が成り立っているような街だったけど、今回はそれが主要な都市に置き換わっただけ。


 そしてあの時に比べて勇者がはるかに強くなっただけ。


 犠牲を厭わず、必要とあれば――いや、必要がなくとも人をためらいなく殺す。勇者とは根本的にそんなやつなのだ。

 だからこそ危険で、恐ろしい。

 だからこそ、敵に回したくない。純粋に怖いから。


 だから、監禁したのは正解だった。


 そう思ったのがフラグになってしまったのだろうか?


 滅多に使われない、俺の携帯電話の着信音がうるさく鳴る。メイガスゴブリン・闇からの着信だった。


「主様! ……申し訳ありません。勇者が姿を忽然と消してしまいました」


「マスターさん……」


 思い返せば、旅行をしようと言い出したことがそもそものフラグだったのかもしれない。

 俺は大急ぎで、奈落の木阿弥内部に瞬間移動した。



                   ◇




「勇者よ。目覚めよ、勇者……」


 声が聞こえる。スッゴく安心できて、とっても綺麗な声。

 まぶしい光に包まれているけど、多分、スッゴく綺麗な女の人。


 ……身体が苦しくされてなくて、拘束はなくなっていたけど、私の身体に張り付いている変な紙切れは相変らずだった。


「……あれ? ゴブリンさんは? どこ? ゴブリンさん……」


 優しくて、大好きなゴブリンさんが見当たらない。さみしくって、ふあんでしかたなくなる。


「勇者よ。モンスターの謀略によって、記憶をねじ曲げられてしまった哀れな勇者よ。貴方に真実を、与えましょう」


 透き通るような声と共に、緩やかに映像が頭の中に流れ込んでくる。


 子供の頃の記憶。巫女として育てられた私。


 少し成長して、世間では天照大神と呼ばれている名もなき女神様から「貴方こそが勇者なのです」と伝えられ、天叢雲剣、八尺瓊勾玉、八咫鏡の三種の神器を与えられた記憶。


 魔王から世界を解放しようと願ったあの時の気持ち。


 綺麗で可愛らしい仲間に恵まれた思い出と、旅の必須技能を持っているやつがそいつしかいないからと無理矢理押し付けられた男の記憶。

 男のことを鬱陶しく重いながらも、なんだかんだで賢女と聖女と楽しく過ごした旅の思い出。


 落ちていく男の記憶。


 あの男の裏切りと、私たちが受けた屈辱の記憶。


 卑怯な手段で私を切りつけ、仲間を処刑した憎たらしいあの男。


 私の装備を封じ、散々恥ずかしい思いをさせられ未だに解除の叶わない呪いの装備。そして、仲間を無惨に殺された記憶………。


「アァァァァァァァァアアアアアアアアア!!!!!」


 全てを思い出した。今、全ての記憶が蘇った。


 どうして私はあんなゴブリンのことを。あいつは私の恋する相手なんかじゃなくって、私の恋人を殺した仇!!

 私は……私は……。


 ごちゃ混ぜの思いを整理できないまま、この空間が震えそうなほど大声で叫んだ。

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