反逆の勇者
「思い出した……思い出したわ。全てを。私が一体、誰なのかを……」
めらめらと滾り上がる私の憎悪の黒い炎が、頭の中であの憎たらしくて仕方がない――かつて、勇者パーティに居座っていた裏切り者の顔を燃やす。
私たちを散々辱め、私の恋人を辱め。残虐な方法で処刑しただけに飽き足らず、更に私を辱め、二度までも私の仲間を辱めてから更に残虐な方法で辱めた人間のクズ。
しかも二度目の際には、もう二度と生き返らない方法で殺して。
更には、私の記憶を書き換え恋心までをも踏みにじられた。
「ええ。貴方のお気持ちはお察しいたします」
誰よりも透き通る、光の塊のような存在の方を向き直る。
貴方に私の気持ちのなにが解るの? 溢れて止まない怒りの衝動に任せて八つ当たり気味の怒声を飛ばそうと思ったのに、そんな気も失せるような圧倒的な存在。
「貴方は一体……」
「……私は大女神。全ての女神を統率する神にして、世界を救わんと思う者です」
大女神。確かに彼女のオーラは、天照大神様よりも強くて。そして私が納得するだけの何かがあった。
私は思う。もしかしたら、彼女なら……と。
「大女神様。大女神様なら……私の仲間……賢者と聖女を生き返らせることが……」
「申し訳ありません」
大女神は端的にそう答える。
私はそれでも食い下がった。
「そこをなんとか……とても大切な、仲間なんです………」
「……人間の魂は死後二時間ほどして、アストラル体に移行し無の空間に霧散してしまいます。そうなってしまえば、もう……」
アストラル体、無の空間。私の知らない死の概念を教えられる。
その言葉の意味、それぞれがなにを意味しているのか解らない。
それでも、賢者と聖女は生き返らせることが――大女神の力を持ってしても不可能であることが窺えた。
「だったら、どうして私たち勇者は生き返るんですか?」
「……それは、勇者の魂には特別な印が付与されているから……死んだとしても二時間以内に発掘することが出来るのです」
「じゃあ、どうして……賢者と聖女にはそれが付与されてないんですか!?」
「印は生まれる前の段階でつけておく以外に方法はないのです」
大女神は申し訳なさそうに答える。しかし、それでもう十分だった。
もう、賢者と聖女はどうしても生き返らない。生き返らないのだ。
「勇者よ。大魔王が憎いですか?」
大女神は私に問いかける。大魔王……そんな会ったこともないやつ。人類を苦しめることは許せないけど、それでも今は賢者と聖女を殺したあの男が憎い。
そんな意思を込めて、大女神の方を見れば一枚の静画が差し出された。
「これは……」
「これが今、世界を苦しめる大魔王の素顔です」
「……この男が、大魔王の正体……」
「はい。三ヶ月前、彼が自ら大魔王を下しそしてその地位を自ら踏襲しました」
「……。どこまでも、どうしてこの男はどこまでもこんなことを……」
許せない。怒りを通り越して呆れそうになる。それでも、腹が立つ。哀しくなる。やるせなくなる。
こんな男が一瞬でも人類だったことですら、忌々しく思えてくる。
私はありのままの気持ちを答えた。
「憎いです。殺したいほど……いや、殺しても飽き足らないほどに憎くて憎くて仕方がありません」
「そうですか。では、貴方に力を与えましょう」
大女神はスクリーンを映し出し、なにかを操作する。そして次の瞬間には、私を、未だ何度も経験しているにも関わらず一向に慣れそうにないあの感覚が襲う。
「一つ目は、貴方を完全強化しました。昇華限界まで昇華し、現状のスキルを全て最大限度まで強化しました。二つ目は貴方の『女神降臨』――今の私の力では、流石にノーリスクとはいきませんが、それでもかなりリスクを軽減した上で、私と融合できるようにしておきました」
「だ、大女神様とですか?」
「はい。私はこれでも、女神の長。当然、他の女神よりもはるかに貴方の力になれるでしょう」
「あ、ありがとうございます!!!!」
何から何まで。私は大女神様にこんなにも良くして貰って。
感謝で涙が溢れる。
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
「いいえ、大したことではありません。ただ、私にとっても貴方に協力することは――私の目的である『世界平和』まず、目先の目標としてモンスターを駆逐することの実現に近いと考えたからに過ぎません」
例えそうだとしても嬉しかった。
むしろ、大女神様がそんな大役を私に任せてくれることが光栄で仕方がなかった。
「ではまず、手始めにこの魔王を討伐しましょう」
大女神様が差し出してきた一枚の静画。
そこに移るのは黄色い肌で醜い顔を持つ、大柄な化け物――サウジアラビアに訪れた時見掛けた、魔法を使う奇妙なトロール。
「なぜ、この魔王を?」
「それは、勇者貴方に掛かった呪いを解くためです。……かの魔王は貴方に恥辱の格好を強いる呪いをかけた張本人。貴方もその呪いを解きたいとは思いませんか?」
そう問う大女神様の言葉で、私はようやくあの紙切れ三枚が大事なところを隠すだけという卑猥な格好をしている自分に気が付いた。
「だ、大女神様のお力でこの呪いは解けないのですか?」
「……解けるには解けるのですが……今の私の力だと、その呪いなら一月は掛かります」
「……つまり、殺した方が手っ取り早いと」
「そう言うことです♪」
すごく神聖で優しい大女神様。しかし、意外に茶目っ気があって……信仰心の足りない並みの人間なら、それをがっかりと表現する不届き者もいるのかもしれないけど、今後大女神様は私と融合していく機会も増える。
そんなとき、あまりにも神々しいと私が気疲れしてしまうからと、あえて茶目っ気たっぷりに振る舞うことで、親しみやすくしてくれているのだ。
私はそんな大女神様のお気遣いに更に感服する。
「では、魔王ワイズ・トロールのいるアフリカの――エジプトはカイロにある、クフ王のピラミッド前に転移します」
「はい。お願いします」
私は、あのヘンテコなトロールの魔王がいる居城に乗り込んだ。
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