闇雲の深海RTA

 結論から言えば俺は白蛇にローレライを間引きさせた。


 全て倒すわけでも、スルーするわけでもなく間引き。七割ほどに削れたローレライはアンデッドの軍勢を完封できなくなる。

 しかし、ノーライフ・キング率いるアンデッドの軍勢の足止めはできる。


 俺には、決断などできず中途半端な形になってしまった。


 或いはどちらかを逃すかもしれない甘い選択。それでも、俺はどちらも取れる可能性を――決断の時を先延ばしにした。

 拓の先延ばしは、ゲームの基本でもある。

 この間引きで事態が好転すればよし、好転しなくてもまだ後で無理矢理ノーライフ・キングに連絡を入れたりすることで決断し直すことができる。


 これは決断しない勇気なのだ。


 白蛇は、闇雲の深海へと突入した。



                   ◇



《マスター。『深海の闇雲』の迷宮主から通話申請が届いております》


「……10秒待って、それから応答する」


 アンデッドの軍勢の足止めも虚しく、あれからほんの二十分足らずで二十三階層も突破されてしまった。

 既に深海の闇雲へ進行を進めていて、その勢いを止めずに、怒濤の快進撃をしている。その勢いたるや、二階層へと足を進めようとしているほどである。


 だけど白蛇はまだ……っ!


『はぁい。調子は如何かしら? 奈落の木阿弥の、新米迷宮主さん?』


「……」


『あらあら、だんまりかしらぁ。まぁそれもそうね。あなたが、約束を守らなかったせいで、あなたの恋人を殺さないといけないのだから』


『ひっ、マスターさん!』


 後ろの魚人が、タキエルの胸ぐらを掴み上げ、もう一人の魚人が槍の切っ先をタキエルの首に突き付ける。

 ……確か、闇雲の深海から宣戦布告が為されたのは三時間前の話。

 二時間で、圧倒。


 こちら陣営の力は絶大で、闇雲の深海とのパワーバランスが大きく――そして俺は言われた通りの手加減措置なんて何一つしてはいない。

 流石に強化しすぎた。

 強すぎて困ることなんてないと思っていたけれど、困る日が来るなんて思わなかった。


「や、やめろ……! わ、解った。俺の負けだ。だ、だから、タキエルを殺すのだけは勘弁してくれ!」


『ふぅん。それって、降伏宣言ってこと?』


「そ、それは……」


 俺は迷宮者権限で準備していたスクリーンに働きかけ、白蛇の様子を映す画面から迷宮戦争のルールに画像を移し替える。

 降伏宣言……降伏宣言……なる項目は存在していない。


「ぐ、具体的にはどうすれば良い? 今迷宮戦争のルールに目を通してみたが、降伏宣言ってシステムは存在していなかった」


『簡単よ。今すぐあなたのモンスターの侵攻を辞めさせて――いいえ、一旦迷宮者権限で全てのモンスターの機能停止をさせなさい。それから最終階層を明け渡すの。それだけで良いわ』


「な、なるほど。……」


 俺は悩んだ。全てのモンスターの機能停止。

 それは、なんだかんだで一ヶ月この最終階層で――俺は家に引き籠もってゲームばかりしてたけど、それなりに交流しながら勉強してきた彼らを殺すと言うことに等しい。


 一ヶ月も交流があれば十分に顔見知りだ。


 俺の意思で彼らを殺すなんてとても出来ない。


『早くしなさい。じゃないと、殺すわよ。出なければこっちも後がないのよ』


「わ、解った! 今すぐ機能停止にする。だから」


『マスターさん! ……やめてください。そんなこと。私は、大丈夫ですから。私なんかのために、迷宮を、モンスターたちを壊しちゃ駄目です!』


「で、でも……っ!」


『マスターさん。私、マスターさんと出会えて、本当に嬉しかったです。……実は私、マスターさんに始めて出会った時から一目惚れしてたんですよ』


 乾いた笑みを浮かべ、タキエルは涙を堪えている。


『どうしてでしょうね。最初は私、マスターさんに入れ込んでいたのはずっと面白い発想のゴーレムと、貴重な素材目当てなんだって、ずっと思っていました。

 でも、一ヶ月放置されて。それから毎日ゲームで遊んで――ここ二週間くらい、全然ゴーレムなんて作ってません。私。

 それでも、これ以上ないくらいに日々が楽しくて、潤っていて……』


「タキエル! ……俺も、俺も……」


 ボロボロと涙がこぼれ落ちていく、タキエルを見ているとスゴく嬉しくて哀しくて、どうしてこのタイミングでこんなことをカミングアウトするんだとか、色々な感情が綯い交ぜになって。


『くっ。アンデッドたちがもう五階層までに――茶番はそこまでよ。いい加減、アンデッドの進行を止めさせなさい』


「くっ……」


 俺はノーライフ・キングに通話を繋いだ。


「ぜ、全軍一度侵略を中止しろ」


『な、なぜですか?』


「わ、訳は後で説明する」


『……解りました』


 通話が切れる。彼らはもう裏の五階層まで進んでいて――なのに……俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 それでも俺はタキエルに死んで欲しくなかった。


「それから……モンスターの機能停止をさせれば良いんだな」


『ええ、そうよ』


『だめです!』


「良いんだ。良いんだ、タキエル。俺はお前が……あ、あれ? な、なぁ。モンスターの機能停止ってどうすれば良いんだ」


『はぁ、全く。これだから新米の迷宮主h……』


『きゃ、きゃぁぁぁぁぁ!?』

『う、うわぁぁぁぁあああああ!!!』


 グルル、ギュッ。

 ようやく、ようやく闇雲の深海にたどり着いた白蛇が涙で目を赤く腫らしたタキエルを包み込んだ。


「よし、奈落の木阿弥の主が元に召喚されよ、タキエル!!!」


 俺はいつかタキエルから貰った、いつでも彼女を呼び出せるカードに大量のDPをつぎ込んで、無理矢理呼び出す。

 あのカードに大量のDPをつぎ込めば、無理矢理タキエルを呼び出せるのは知っていたが見ての通り数秒のタイムラグがある。


 貧弱な彼女ならその数秒で殺されるから、そこがネックだったが……。


「ま、マスターさん!?」


 びしょ濡れになったタキエルが俺の腕の中に召喚される。ついでに、タキエルに巻き付いて彼女を守っていた白蛇もいつの間にか小さくなって、一緒に戻ってきた。

 白蛇は俺の懐に入り込んだ。


「お疲れ……」


 シュルル。満足そうにどや顔を向ける白蛇に、もう一度心の底から感謝してから、スクリーンの向こうにいる闇雲の深海の迷宮主に顔を向けた。


「いやぁ。申し訳ない気持ちでいっぱいだったよ。本当に。時間を稼ぐための茶番をみせちゃって!!」


「ちゃ、茶番だったんですか!?」


 タキエルの少しショックそうな声がこの迷宮に木霊した。

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