再び! VS勇者
「くっ……。やっぱり、死にたいようね――貴方も男なら、私と一騎打ちで勝負しなさい。殺して上げるから」
悔しそうに歯がみをしながら、聖剣『天叢雲剣』の切っ先を俺に向けてくる勇者。本当なら「どうしてお前の挑発に乗ってやる必要がある?」と嘲った上で、ロード・オブ・オークに勇者をとっちめて貰えば済む話だし、そうでなくとも俺の懐には最強の相棒にして神獣の白蛇がいる。
しかし、勇者の安い挑発に俺は乗った。理由はある。
それは勇者のレベルが87だったことだ。
ステータスの補正値が変わっていない辺り、昇華もまだ経験していないのだろう。そうは言っても、勇者をレベルドレインで白蛇にレベル1にさせたのが一ヶ月半ほど前の話と考えれば驚異だが……。
俺は勇者を念入りに鑑定する。
今は透視の眼鏡を付けているから、勇者も賢者も聖女も裸を覗き放題なのだがそこでスケベ心を晒して負ければ情けないし、そうでなくとも俺にはタキエルがいるので紳士的に鎧を透かして下着を覗く程度で済ませている。
閑話休題。
鑑定したところ、俺と勇者のステータスにはおおよそ五倍以上の開きがあった。
……完全強化をしまくったのに五倍。恐らく勇者は、俺よりも昇華上限ははるかに多いだろうし、無昇華状態で五倍しか差がないのは――ステータスとかスキルとか全部補正して完全強化して五倍しかないのはどう考えてもおかしいのだが、しかし、ステータス的に俺は勇者を圧倒していた。
その上、俺は元々衛兵だったこともあってサボり気味だったとは言えそれなりの訓練はしているし、足を引っ張っていたとは言え、勇者パーティの危険な行軍にはなんとかしがみついていけていたし、ここ一ヶ月、鬼人の稽古にも耐え抜いた。
装備だってかなり強力だ。
今の勇者相手なら勝てるかもしれない。いや、勝てる。そう確信したから俺は勇者の安い挑発に乗ったのだ。
◇
「へぇ。貴方にも、私に挑めるだけの度胸があったとはね」
「度胸と言うより、勝算かな? ……感じない? 俺の圧倒的な力」
私がこの世で最も嫌いな男。そいつは舐め腐った表情で両手を広げて見せる――妙な雰囲気を放っていた。だけど、後ろに控えているオークと戦うことに比べたら、ずっと勝算がある。
この男は、以前勇者パーティに入っていながら、迷宮主を務めているような人非人だ。
だけど、この男が真実を言っているとすれば――迷宮主を殺せばそのまま迷宮が崩壊するから、そこに勝算がある。
尤も、彼が本当に負けそうなことになったら後ろのオークや、彼の懐に忍び込んでいる――この前私たちのレベルを吸い取った白蛇が介入してくるのは間違いない。
乗ってきたら、あの男にも勝算がある。
乗ってこなかったら、今の私たちではあのオークや白蛇はどうしようもないし、東京に攻め入られた時点でゲームエンド。
今回は乗ってきたから、勝算がある。
だったら、それに翻弄され押されている雰囲気を醸し出しながら、不意の一撃で、確実に殺す。
そうすれば、この街にいるオークとか諸共、迷宮主の死亡と共に消滅してくれる……はず。
どう足掻いても相手は、パーティの足を引っ張り続けたあの男だ。勇者である私なら、針に糸を通すような厳しいハンデが付いていても、余裕!
元荷物持ちが徐にアイテムボックスから剣を取り出して斬りかかってくる。
それを天叢雲剣で受け……ようとして、ずぷずぷと吸い込まれるような感触――天叢雲剣が切られていたので、それを捨てて一歩下がった。
その剣を鑑定すると――『至玉の剣』……なんでも切れる剣。
なるほど。なんて馬鹿げた性能の装備。
あの性能の剣を手に入れたなら、私とあの男にある絶対的なステータスの差も破れるだろう。それが秘策ね。
ただ、甘い! 私は天叢雲剣を召喚し直して、完全に修復された剣でもって斬りかかる。
しかし、今度は結界でもって防がれてしまう。
……あの杖。なるほど、やっぱり保険くらいは用意している、と。
他に、注意すべきものは――『隠密のスウェット』とかもそうね。
鑑定眼があれば、殆ど問題ないけれど一度視界の外に出られてしまったら、もう一度視界に入れるまで気配を探れなくなる。
この三つの強力な装備に加えて、この動き。
多分レベルも相当上げている。それら四つの要素を持って彼は勝算と言ったのだろう。でも、解らせて上げる。
いくらレベルを上げても追いつけない、根本的な才能と血筋の差ってやつを!!
◇
勇者は想像以上に強かった。
ステータスも五倍以上開いていて、装備だって充実している。俺の技量だって極端にないわけではない。
それでも拮抗している。
素のスペック差を軽く覆されている。
鬼人の言っていたことが身にしみて解る。
しかし、俺は嬉しかった。勇者パーティにいた時、ずっと足を引っ張って嫌がられていた俺が、迷宮主になってDPを費やして稽古を付けて、どうにかこうにか、努力とも言えないような強化をすれば、あの勇者相手でも拮抗した戦いができる。
それは、まだ勇者が実戦経験も殆どなくてレベル1だった頃以来なのかもしれない。
いや、それも違う。
あの頃と違って、今の勇者は戦闘のプロで、レベルも十全に上がっていてスキルもたくさん覚えていて――なにもかもがレベル1の時とは違う。
あの時の勇者は弱かった。
でも、今の勇者はとても強い。すごく強い。
だからこそ、そんな強い相手と互角に戦えることがとても嬉しかった。正当な方法じゃないのだけれど、それでも自分の成長を実感できるようで楽しかった。
俺は、衛兵の時ちょくちょく使っていた、簡単な身体強化の魔法を自分にかける。
熟練度も、魔力量もあの時とは段違いだけど。
久々に、この魔法を使う。
「終わりだ!」
「んなっ!?」
突然動きを変えた俺の攻撃に、勇者は咄嗟に剣で受けようとしたが、なんでも切れる至玉の剣の攻撃は、剣も鎧も貫通して、それごと勇者の白い横っ腹を切り裂いた。
勝負ありっ!!
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