東京侵略作戦

 オークの軍勢が、ロード・オブ・オークによって開けられた穴から、怒濤の勢いで東京の街に流れ込んでいく。

 ……その様を見ていると、一昔以上前に流行ったあの漫画を思い出すが「駆逐してやる、モンスターを。この世から、一匹残らず!!」みたいな感じで、強い復讐心に突き動かされる冒険者でも誕生するのだろうか?


 するかもしれない。


 一応、オーク達には民間人には手を出さないように指示してるし、ロード・オブ・オークにも指示させているが、だとしても街を守る軍人や冒険者にだって家族がいるかもしれないし、それによって恨まれてもおかしくない。


 尤も、恨まれるのは元人間の迷宮主である俺ではなく、見た目も醜悪で実際に街を攻め入っているオーク達なのだろうが。

 むしろ勇者パーティの一員だったこともあるし、中に入って「オーク達よ。迷宮に帰れ!!」と指示すれば瞬く間に英雄扱い間違いなしだろう。


 人間は先入観と偏見の生き物だし、間違いない。


 実際、俺が勇者パーティに入った時は、それまで「怠け者の衛兵の母親」としてご近所付き合いで肩身の狭い思いをしていた母親が、一躍VIP扱いになったまであるらしい。

 母親に限って言えば、俺が勇者パーティに入っていようがなかろうがなにも変わってないのは明らかなのに、そんなもんなのである。


 まぁ、俺は見届けに来ただけで大勢の人の前で顔を出す予定もないから、言っても仕方がないことだけど……。


 俺は、何となく今までアイテムボックスの奥に仕舞っておいた『隠密のスウェット』『透視の眼鏡』『結界の王笏』『修練の指輪』を装備した。

 『不労のサンダル』は常用している。


 ……俺の側にはロード・オブ・オークが常にいて恐らく砂一粒すら俺に飛んでくることはない。

 それでも、戦場に来ている。

 そう思って、久々に装備を着用してみた。


 気分が引き締まる。


 透視の眼鏡をつけたことにより、ビルや壁などが透けてこの東京の様子がより一層見えるようになった。

 奇襲をかけられ万全でない兵士達が、万全でも倒せるかどうか怪しい、異例の強さのオークに蹂躙されている。


 少し遠くを見れば、よくテレビで取材とかもされている名家の人や有名な冒険者達がオークを数匹屠ったりして、その奥から出てきた、上位のオークに苦戦したり、完全強化が施された特別優秀なオークに為す術もなくやられたりしている。


 俺はその様を見て、思っていたよりもはるかに心が痛まなかった。


 泣き叫ぶ兵士、散りゆく冒険者、壊される街。敢えて攻撃はされないが、無謀にもオークに立ち向かったために殺される一般人、突然のオークの襲撃により泣いている子供、抱えている母親。

 これらを見て、心が痛まないほど強靱な精神をしているわけでもなければ、人の心を捨てているわけでもない。


 でも、俺は魔王の軍勢にめちゃめちゃにされた村を見たことがある。


 あの時とは違って、それを引き起こしているのは俺自身なんだけれども。

「あぁ、あの時より少しだけ酷い有様だなぁ。可哀想だなぁ」と思うくらいだ。

 顎は軽く震えている。


 でも、攻めなければ良かったなんて思わない。

 侵略を中止せよと命令する気にもならない。


 ただ、グロいなぁ。可哀想だなぁ。と、思うだけだ。


 俺はこんな淡泊な人間だったのだろうか?

 淡泊な人間なんだろうな。なにせ、親が涙ながらに説得しようがなにしようがまともに働かなかったし、父親の伝手で半ば無理矢理させられていた衛兵の仕事も、父の顔に泥を塗ると解っていてなおサボりまくっていた。


 勇者パーティに所属していた時も、ずっとエロいことか歩くの怠いなぁとかそんな事ばかり考えていて、正義とか平和とか、そう言うものに共感できなかった。

 賞賛が貰えて、勇者や聖女と賢女が美少女で、良い給料貰えていたからなんとなくついて行っていたけど、俺自身、苦しんでいる人々を見ても、別に冒険に身が入った事なんてなかった。


 やる気を出した時は、大体エロが絡んだ時だった。


 だから、漫画で読んだ時のような激しいショックもないし、小説で読んだ時のような強い罪悪感も感じない。

 死んでるのは知らない人で、殺しているのは究極的には俺じゃないから、人がたくさん死んでいるなぁ、以上のことは思えなかった。


 拍子抜け、と言うのも変な話だが、思ってたほどって感じもする。


 結局、ロード・オブ・オークは俺の護衛のために終始俺の側にいたが、敵が俺たちの側に来るまでもなく、オークの大軍にあっさりと東京の街は制覇されていった。


 テレビ局も、電波塔も、冒険者協会も、自衛隊の施設も、全部あっさりと攻略されていった。

 半ば偶然という形で俺たちの前に現れた敵もロード・オブ・オークの攻撃で鎧袖一触だし。


 既に敵の有力な戦士達は死んでいるか、降伏しているか。


 あとは、政府なりなんなりが降伏の意思を示してくれれば完全勝利。

 と言うか、これ以上の殺戮はほぼ無意味だろう。もう後は適当にオーク達を集めておけば、わざわざあっちから攻めてくることもないだろうし、攻めてくれば返り討ちにできるし。


「よし、じゃあそろそろ――」

「そこまでよ……。久し振りに会ったわね」


 適当に引き上げて。そう指示しようとした瞬間、俺の前にさらりと黒髪ロングの美少女が現れる――勇者だ。

 奥には栗毛の聖女と、深いフードから紅い髪が見える賢者。


「そうだな。久しぶりだな『全裸の勇者』様?」


「くっ……。やっぱり、死にたいようね――貴方も男なら、私と一騎打ちで勝負しなさい。殺して上げるから」


「そうか。その勝負受けて立とう」


 悔しそうに歯がみしながら言い放った勇者の安い挑発に俺は乗ってやる事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る