作戦会議

『深海の闇雲』と言えば、迷宮探索を生業としない者でも一度くらいは聞いたことがあるほどに有名な――それこそ、この『奈落の木阿弥』とよく比べられるような、世界最難関の迷宮の一つである。


 単純にモンスターのスペックが高く、ギミックと言えば所々の通路で奈落に落ちる可能性が高い程度に細い場所があるだけのような『奈落の木阿弥』とは違い、あの迷宮はどちらかと言えばそのフィールドの厄介さ故に最難関とされている迷宮である。

 ……まぁ、今の奈落の木阿弥も俺が魔界樹の森まみれにしたから、フィールドも厄介にはなったんだけど。


『深海の闇雲』は読んで字の如く、海の中に存在している迷宮だ。


 言うまでもなく人間が水中で活動するには、水中適応という特殊な属性付与が必要とされる。

 その為には貴重な装備枠を一つ潰すか、魔法のリソースを割くか敷かないのだが、このフィールドの厄介なところはそこでどちらかのリソースを割いたとしても、水中なので人間側の動きが鈍くなってしまうところにある。


 水中迷宮なので相手は当然水中で強化されるモンスター揃い。


 ただでさえ弱った時に、普通に戦っても厄介な相手と連戦しなければならない。


 結局、俺が勇者パーティに所属していた時にその迷宮に実際に足を踏み入れたことこそないけど、その悪名は何度も耳にした。

 曰く、海水浴で髪がぎしぎしするのは深海の闇雲のせい。

 曰く、潮風で愛車が錆びたのは深海の闇雲のせい。

 曰く、この間食べた魚が生臭かったのは深海の闇雲のせい、と。


 いや、海なんだからそれくらい普通だろうと俺も思ったが、実際に深海の闇雲に毒された街に立ち寄った時に食べた魚は想像の十倍は生臭かった。

 もしかしたら、偶々腐った魚を混ぜられた可能性もあるが……。


「つまり、さっきその深海の闇雲に『迷宮戦争』の宣戦布告をされた。だから今、その対応を考えるためにお前たちをここに集めた次第だ」


 ここは木阿弥の奈落最下層――いつも俺が引き籠もっている家があったりする場所


 折角、脱童貞出来そうだったところをお預け食らって気分はすこぶる悪いけど、だからといって杜撰な対応をしてこの迷宮までぐちゃぐちゃにされたら面白くないなんてもんじゃない。

 と言うか、深海の闇雲の迷宮主ゼッタイ殺す。


 内心めらめらと怒りの炎を燃やしながら、急遽集まって貰った、いつかの十七人の顔を見る。


「ギギッ。迷宮戦争と言えば迷宮の入り口を繋げて、そこから互いのモンスターを送り込み合う。だったら、オレたちが対応するのが必然」


 アークゴブリン・闇が意気込むところに、ワイズ・トロールが口を挟んだ。


「それはどうでしょうか? ……相手は海底の迷宮ですし、恐らく入り口を繋いだ途端に大量の海水が流れ込んできますよね?

 一階層は迷宮の玄関口にして、防衛の要です。相応の被害が予測される迷宮戦争で負担をかけるのは得策ではないでしょう」


 関係ないけど、こいつ馬鹿でかい図体している割に声やたらと高いんだよな。腰も低いし……。


「うむ。であれば、我らオークがこの戦争を担当するのが然り……」


 ロード・オブ・オークが鼻をぶふーっと鳴らして意気込むが、そこに待ったを掛けたのはやはりワイズ・トロールだった。


「いえ、オーク族も魔法があまり得意でないので被害は恐らく甚大になるでしょう。その点私なら、魔法で海水を止めたりも出来るのですが……」


「それは否であるぞ。うぬが如何に魔法に長けていようとも、トロールはバカだからうぬ以外にまともに魔法を使える戦力はおるまい。その点我らオークは一兵卒に至るまで魔法を扱えるように訓練しておる!」


「それは、一兵卒が水中適正魔法を扱えると言うことですか?」


「……ぐっ、それは」


 バチバチといがみ合うロード・オブ・オークとワイズ・トロール。この二人はよく張り合っているが、よくよく聞けば話が本筋から外れているぞ、二人とも。

 そう注意しようと思った時に、待ったを掛ける声が上がった。


「マスター。それでは今回の迷宮戦争は私率いるアンデッドにお任せください。私も生前は魔法を生業としていましたので、私の管理する階層は常に魔法の研究を最優先にしております」


「なるほど。詳しく」


「はい。故にアンデッドの大半は生前から優秀な魔導師だった者など、魔術に携わってきたエキスパートの集まりですし、補佐のカルタゴの配下の悪魔も――やはり魔術の総本山悪魔と言うだけあって一流の使い手。

 加えて、アンデッド或いは悪魔なので物理的影響はかなり軽減できます」


「つまり……」


「私たちなら海水が迷宮内に流れ込まないように対処しつつ、こちらは相手陣地の水中でも比較的有利に活動を推し進めることが出来ます」


「なるほど……だったら、任せるよ。ノーライフ・キング」


「はっ、ありがたく」


 こうして、迷宮戦争における入り口の設置をどこにするかの会議が終了する。


 そして、一同は解散した。


 俺は迷宮主権限により、ノーライフ・キングの管理する12~14階層をスクリーンに映し出す。

 一応、迷宮戦争の様子を見ておこうと思うのだ。


「まぁ、最悪ノーライフ・キングが突破されてもベリアルや鬼神がいるし、なんなら木阿弥の奈落に蛇公、お前も控えてるからな」


 シュルル。白蛇は懐から顔を覗かせ「俺に任せておけ」と言っているかのような表情をした。


《マスター。深海の闇雲の迷宮主から通話依頼が来ております。受諾致しますか?》


「あぁ、繋いでくれ」


 俺の横に唐突に現れたコアがスクリーンを開いた。


 そこには褐色の、色気ムンムンな人魚のお姉さんと、


『ま、マスターさん』


 なぜかそこに、拘束されて転がされているタキエルの姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る