VS 勇者パーティ

 ビリリリリリリリリッ。


 迷宮に設置された警報。それは各階層を担当させている階層主とその補佐になにか起こるか、或いは彼らの意思で緊急事態が起こったと判断した時にのみ鳴らされる。

 そういう風に説明していた警報がなった。


 最早、罰ゲーム処ではない!!


 ある種、ピンチに陥っていた俺はこれ幸いにと迷宮主権限でスクリーンを顕現し、警報の鳴らし主であるアークゴブリン・闇の様子を覗き見た。

 映るのは、俺がつい先日訪れた、あの丸ごと都市化している二階層。

 その序盤から中盤にかける森の位置で、千匹はいそうなプラチナ装備に身を包む、異様に強化されたゴブリンたちが三人の下着姿の女を取り囲んでいる。


 ――んん?


 聖剣である天叢雲剣を地面に置き、両手を頭の上で組んでいる。そしてその後ろに隠れるように両手を頭の上で組んでいるのは――やはり、聖女と賢者。

 どうみても、つい先月俺を奈落の底に突き落とした勇者パーティの面々。


 それがゴブリンの大群の前に、まるで捕虜が降伏する時のような格好で……。


 それに、下着姿の、特に美少女が揃っている勇者パーティの女共を前にして下卑た表情なんて一切見せず、真剣に警戒を解かないゴブリンたち。

 あれ? 何で警報を鳴らされたんだ?


 俺にはこの場面がピンチ処か、どう見ても完全勝利の場面に見える。


 しかし、俺には解らない何かがあるのかもしれない。

 俺はアークゴブリン・闇に通話を繋いだ。


『ギギッ。主様、勇者パーティが侵入してきました。敵は降伏の意思を示し、命乞いをしていますが、どうされますか?』


 ……なるほど。これは警報をある種電話代わりに利用したという訳か。


 心臓に悪いが、これはいつでも迷宮主の権限で彼らの様子も見れれば、通話も出来るという慢心から携帯電話的なものを配らなかった俺の落ち度だろう。

 ……うん。特にピンチというわけでなくて、マジで良かった。


「今からそっち向かって良い?」


「マスターさん、どうしたんですか?」

「勇者がこの迷宮に侵入してきたらしい」

「え!? 勇者!? ……大丈夫なんすか、それ?」

「まぁ、アークゴブリン・闇が今捕虜にしたらしいし」

「え、捕虜に!? ……じゃあ、罰ゲームは」


「無効で良いよ。うん。ラッキーだったね」


「ふ~ん。日和っちゃいました? ふふん。私は別に全然帰ってきてから続きをしても良いんですけど?」


 さっきまでスゴい表情をしていたくせに、なんだかんだで俺が出来ないヘタレだと解るや否や調子に乗られてメチャクチャ癪だ。

 メチャクチャ癪だが、しかしやはりあんな形であぁ言う罰ゲームをすると、罪悪感で軽く死ねるので、まぁ美少女の脇を舐められる機会を逃すのを惜しいと思わないと言えば嘘になるが……正直ほっとしている。


 でもやっぱりメチャクチャ癪なので、後で透視の眼鏡でこいつの服を透かして見てやろうか……。


 我ながらあまりにも器の小さい考えを巡らせつつ、迷宮主の権限でアークゴブリン・闇の元へと移動した。



                   ◇



「……もし、あなたたちに知性があるというのなら、話し合いには応じてくれるのかしら?」


「ギギッ、もちろん」


 レベルは90を越え、ステータス補正は極大。恐らく今の勇者パーティの全力を賭してようやく倒せるかどうかと言うほどの強敵。

 少なくとも現状、千に及びそうな上位のゴブリンに囲まれている今では万に一つも勝ち目が無い。


 仮にだまし討ち、不意打ちでこのアークゴブリン・闇を倒せたとしてもこの千匹のゴブリンの物量はどうしようもない。

 こうなってしまった時点で詰み。本来ならGAME OVER。


 でも、アークゴブリン・闇は余裕綽々の表情でその醜い顔を歪めている。


「ギギッ。それで、勇者の言う話し合いは?」


「……命乞いをするから、私たちを見逃してくれないかしら?」


「ギギギッ。それは主様の機嫌次第。だが、お前らに不意打ちをされて死傷者を出すのはオレとしても面白くない。とりあえず、装備を全て解除しろ。話は、それからだ。ギギッ」


 愉快そうに嗤うアークゴブリン・闇。


「勇者様……」

「勇者さん……」


「大丈夫よ。きっと……。だから今は……」


「「ええ。私たちこそ……」」


 悔しそうで哀しそうな表情で、向き合う賢者と聖女――そして多分、私も同じ表情をしている。

 私は鑑定で具体的な数値で解るけど、そんなの無くったってこの状況で戦って勝ち目がある……いや、死に物狂いで足掻いて仲間を逃がすことすら出来ないことが解らないほど私たちの経験は浅くない。


 私たち勇者パーティが最も大事にすべきものは誇りでも外聞でもない。


 あくまで生き残り、最終的にこの国を魔王の悪夢から解放されること。

 その為には屈辱にだって耐えてみせる。


 私たちはそれぞれの神器を外し、地面に置いて手を上げた。


「違う。オレは装備を、と言った。お前らは武器がなくても強い」


 アークゴブリン・闇は警戒を解かず真剣な表情でそう言い放つ。このゴブリン、とんでもなく強いくせに、とんでもなく慎重だ。

 周りには千を超えるゴブリン……どの道従うしかない。


 私は唇を強く噛みしめて、鎧を外し、衣服を脱いでいく。


 鎧の下に来ている衣服も、魔法が掛かった特別製。目の前の強敵はそれに気付くだろうし、なによりあまり指示に従うのを渋れば機嫌を損ねてそのまま殺されるかもしれない。

 私は唇から血が垂るほど強く噛みしめ、この集団の前で肌を晒す屈辱に耐える。


「下着は、脱がなくても問題ないわよね?」


「ギギッ。構わない」


「勇者さん」

「勇者様」


「……貴方たちも装備を、解除しなさい」


「「……はい」」


 二人も鎧を時、ローブを脱ぎ下着姿になっていく。

 こんな時でなければ楽しめる、二人の美しい裸体も今ではゴブリン共の視線に晒されるのが悔しくて堪らない。


 その恥ずかしそうで悔しそうな表情も、もっと別の時に見られたら良かったのに。


 私たち勇者パーティは、女三人下着姿で両手を頭の上で組み、千に迫るゴブリンの前で降伏した。

 アークゴブリン・闇は部下の一人に装備品を拾わせて、すぐに奥に持ち込むように指示を出した。


 私たちが武器を拾って抵抗しないように、確実に。


 装備もない、殆ど裸の私たちを目の前にしてもなお警戒を解かないアークゴブリン・闇はようやく迷宮主に連絡を取った。


 そして唐突に現れた迷宮主は、あの時私が奈落の底に落としたはずの荷物持ちの男だった。

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