深海の闇雲、その後……

 勇者の襲撃に続いた、迷宮戦争。


 両者とも原因が『魔界樹の森』を急展開させたことによるものなので、自業自得と言われればその通りなのだが、そんな怒濤の二日は嘘のようで平和が続いていた。

 ここ一週間ほどの俺は、迷宮主の仕事なんて殆どせずにタキエルと色んな意味で戯れてばっかりいたけど、そろそろ『深海の闇雲』を片付けておいた方が良いだろうと俺は今、ぼちぼち深海の闇雲を強化していた。


 ……流石に、魔界樹も深海では生きていけないらしいので魔界樹ならぬ『魔界藻』を大量に設置しまくった。

 本質は一緒で、瘴気を大量に発生させて海水に瘴気を満たしまくる植物である。

 ただでさえ水中は人間が不利なのに、濃い瘴気によってモンスターは強化される上に、人間は毒である瘴気の対策に更に一枠裂かなければならなくなる。


 一石二鳥の策。


 後は全自動でアイテムを回収して、モンスターのポップ陣を脳死で最大級まで強化。全部で一兆DPほど使ったが、一京DPに増えた現在ではそれすらも誤差である。

 DPに余裕があるので、無駄遣いをしてみるのも面白いだろう。


 そんな感じで、三時間ほどで適当に深海の迷宮を強化して、余計な罠がないかを更に三時間ほどかけてチェックする。


「まぁ、こんなもんでしょ」


 俺は、ノーライフ・キングのいる十四階層の最深部に迷宮主権限で足を運んだ。




                  ◇



「お待ちしておりました。マスター」


「ようやく深海の闇雲の方が片付いたから、そろそろノーライフ・キングに委任しておこうと思って……。と言うか、それなに?」


 スゴく高級そうで品のあるメイド服のような、所々に見えるベルトが拘束服のようなよく解らない服を着た、あの人魚の迷宮主が奥に見える。

 布を口に噛まされているようで、言葉はしゃべれないようだがふーっ、ふーっと鼻息を荒立てて反抗的な目でこちらを睨み付けてくる。


「おや、まだそんな元気があったとは」


 瞬間、人魚が青ざめた。ノーライフ・キングが指を鳴らすと身体を仰け反らせた。


「せっかくマスターにいただいたものなので、本来敵将は殺すところを――今回は電気で調教して再利用しようかと思いまして」


「あぁ、そう。まぁ好きにすれば良いと思うけど」


 ふとドアノブに触れた時の静電気でも気が滅入るのに、それよりも強い電流を相手の任意で流し込まれるとか、冷静に考えなくてもエグいなぁ。

 猛獣の調教かよ……。


「ええ。調教が済んだら水槽に入れて可愛がってやります」


「……そう」


 人の趣味はそれぞれだ。

 うん。例えペットのように飼う、飼われるの関係でもそれは一つの愛の形と言えるし、そう言う恋愛も官能小説ではよく見る。

 人魚の迷宮主は嫌いだけど、流石にここまで絶望顔をしているのを見ると――。


 う~ん。


 言うてもこいつはタキエルを人質にとって、殺そうとしたんだよなぁ。

 結果的に俺のタキエルの愛は深まったとはいえ、迷宮戦争だってスゴく面倒くさかった。


「くれぐれも粗相のないようにしつけを忘れないでくれよ?」


「はい。もちろん。これからより一層厳しく躾けておきます」


「それで……迷宮委任にあたって、最低限の引き継ぎ事項と、後は転移陣をどこに設置するかなんだけど」


「では……」


 とまぁノーライフ・キングへの深海の闇雲及び闇雲の深海の引き継ぎはかなりスムーズに進んだ。

 転移陣はノーライフ・キングが済む城の中に、双方通行のを設置して、他の場所に所々奈落の木阿弥から深海の闇雲へ一方通行の転移陣を設置した。

 数百万DPほど使ったが、やはり、一京という膨大なDPの前では大したことがない出費だった。



                   ◇




 俺はあの変わった服を着ていた元迷宮主を見て、思い返していた。


 数日前の迷宮戦争。タキエルが攫われて、それでアンデッド集団の強さにひやひやさせられつつ、白蛇になんとかして貰ったあの時のことを。

 ……俺はあの時、手に汗握って見ているだけだった。

 DPを消費してタキエルを呼び寄せる仕事はしたがそれだけ。基本的に見ていることしかできなかった。


 俺は思い出す。


 俺は弱いことを。


 ほぼ無限のDPを手に入れ、補正値を爆上げし、レベルを99にしてもなお、とてつもなく弱いのだ。

 その本質は、勇者パーティで足手まといだったあの頃と変わらず、俺は恐らくこの迷宮の足手まといだ。


 万に一つもあり得ないだろうけど、何らかの方法で俺が人質に取られれば――いや、俺が迷宮内を迷宮主権限で移動している時に偶発的に冒険者と遭遇してしまえば、その一瞬で殺される可能性は大いにある。

 そして、俺が死ねばこの迷宮は終わる。


 俺は思い出していた。


 曲がりなりにも強さに憧れた子供の頃を。俺は思い出していた。しがない衛兵をしていた時に勇者パーティに抜擢されたと聞いて少しわくわくしたあの瞬間を。

 俺は今、強くなれるだけの要素を全て持っている。


 そして今の俺にはタキエルという守りたいと思える人がいる。


 俺は強くなる。強くなるべきだ。


 俺は重い腰を持ち上げ、最終階層にたどり着いてからDPで楽に自分を強化できる方法はないかと探していた。

 『スキルオーブ』の他に『経験値の珠』『補正の果実』など、レベルを上げたり補正値というかステータスを上げるアイテムを物色していた。


 そして俺は思いついた。


 これらで俺を強化するのはもちろんだけど、この迷宮のモンスターの王やその補佐後はタキエル。

 これらは当然DPで変換しようと思うなら、かなりコストが掛かる額ではあるが、それも一京の前では誤差。

 予算は半分の五千兆くらい。


 この迷宮のモンスターたちをまとめて強化しよう!

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