「ザコは捨てていく」と奈落の底に堕とされた荷物持ち。ダンジョンの底はドロップアイテムが充実してたので、気楽に引き籠もり生活を満喫する

破滅

ザコは捨てられました

「ザコは捨てていく」


 この世界では珍しい黒髪黒目の非情で変わり者の勇者。無類の女好き…と言うより大の男嫌いで、人間性には些か以上の問題はあるものの世界で唯一聖剣『天叢雲剣』を扱うことが出来る、悪しき魔王に脅かされている全人類の希望の光。

 そして、俺も所属している勇者パーティの頼れるリーダー。


 そんな希望の光である勇者に、俺はそのまんまの意味で奈落に突き落とされていた。


 細く白く華奢なのに、大の男の俺が全くあらがえそうにない芯のある強い力でそのまま世界最難関の迷宮であるこの『奈落の木阿弥』の中央に位置する巨大で、この世界にある全ての技術を駆使しても絶対に底が見えない程に深い奈落にあっさりと突き落とされていた。


 唐突に足場を失った俺は奈落の冷たい風に吹き付けられながら、ゆっくりと落ちていく。


 俺は一生忘れることなどないだろう。俺を突き落とした勇者の手の冷たさも、虫を見つめるような冷徹な視線も。

 例え俺の命が、奈落の底に到達する数分しか燃え続けなかったとしても。


 俺は、この時の勇者の全てを一生忘れることはないだろう。



                 ◇



 俺は勇者パーティの所謂『荷物持ち』の役割を担っていた。


 理由は単純で『天叢雲剣』の勇者の仲間に加えられる人材の中で『アイテムボックス』と『鑑定』のスキルを両立した人間が俺しかいなかったからだ。

 しかし、勇者は初めっから俺の存在が気に入らなかったのだろう。

 聞くところによると勇者は「パーティメンバーは全員女じゃなきゃ嫌だ!!」と頑なに言っていたらしい。


 しかし普通の冒険者のパーティなら兎も角勇者パーティに『アイテムボックス』『鑑定』を使える人材は必要不可欠。

 しかし、両スキルともかなりレアで両立している人間なんて勇者ほどではないがかなり稀少。

 しかも勇者パーティに加入して最低限旅に同行できるという条件まで加われば更に稀少度は上がってくる。


 そして勇者の方もそれは理解していたらしく渋々俺をパーティメンバーに入れていた。


 俺としては色々な意味で居心地が悪いったらありゃしないパーティだったが、メンバーは美少女揃いで目の保養も出来るし危険な旅に同行することもあって高収入も約束されていたので、まぁプラスマイナスで言えばプラスよりだったのかもしれない。

 …………最初の頃は。


 俺は元々故郷の街をフィールドをうろつくモンスターや怪しい人物から守る衛兵だった。


 だからひっきりなしでレベル1揃いだった勇者パーティと比べればそりゃあ一段も二段も強かった。

 しかし、そんな時期は一瞬で過ぎ去る。

 俺のレベルは最初で18。旅の途中で21まで上げた。


 しかし、勇者パーティの平均レベルが15を超えた辺りで状況が大きく変わった。


 戦う敵が、俺では絶対に敵わない程に強くなってしまったのだ。

 勇者、賢者、聖女。圧倒的に優秀な職業に掛かる職業補正は莫大で、元々ただの衛兵に過ぎなかった俺とは比べるのも烏滸がましいほど圧倒的に強かった。


 それからの旅での俺は、ひたすら3人の後ろで流れ弾に当たって死なないように気をつけるだけの完全なる『荷物持ち』になっていた。むしろ俺がお荷物である。


『アイテムボックス』のかなり大きな容量に狩った獲物や色々な備品不良在庫の装備、予備の回復アイテムなどを入れて持ち運び、初見のモンスターとそのドロップアイテム。宝箱や店売りの品を鑑定する、ただそれだけの人材。


 この世界にはインベントリや容量無限の冒険者鞄も存在しないし、初見のものを判別するには鑑定が最も手っ取り早い。

 取って代わる道具があれば俺はとっくにパーティから外されている。そんな存在だった。


 それでも、勇者の魔王討伐を目指す旅は進んでいく。


 俺は敵と戦えず逃げるだけで精一杯なのでレベルが21から一向に上がっていない。対して勇者パーティのメンバーは30、40と着実に強くなっていく。

 いつしか俺は流れ弾にもまともに対応できなくなっていく。

 少なくとも、かすっただけで死ぬ。だから勇者パーティに介護されなければまともに行軍にも付いていけないような、そんな存在になっていった。


 俺は『衛兵』だ。一般人に比べれば体力も耐性も力もある。でも、勇者パーティには遠く及ばない。


 スタミナの数値的に俺が誰よりも早く疲れるから、俺のために行軍が遅れる。

 万が一流れ弾で俺が死ねば、アイテムボックスに入っているアイテムは全て時空の彼方に消え去ってしまうから、三人は俺を庇いながらの戦いを強いられる。


 足手まといになっているのを感じていた。そして、勇者パーティが俺の鈍くささを鬱陶しく思っているのも知っていた。


 それでも俺は『鑑定』と『アイテムボックス』の役割がある。

 目の保養と高収入に釣られていないと言えば嘘になるが、それでも「俺にしか出来ない仕事だから」と色々頑張っていた。


 しかし日々は非情に流れていく。


 勇者が『鑑定』のスキルを会得した。その時俺は、いつか勇者が『アイテムボックス』のスキルを会得するであろうことを予測してしまった。


 寂しい気持ちはある。

 悔しい気持ちだってある。


 でも、その時が来れば俺は素直に祝福して勇者パーティを抜け出そうと決心していた。


 そして、勇者が『アイテムボックス』を会得したのは世界最難関の迷宮が一つ『奈落の木阿弥』中央に位置する無限に続くとも言われる深い大穴が特徴的な迷宮の中層に潜っていた頃だった。

 その時俺は勇者に、アイテムボックスに入っていた俺の私有の財産以外の全てを渡してしまった。


 会得したから、自分が持っとく。でも、キミのは自分で持っててよ。そう主張した勇者にあっさりと渡してしまった。

 俺は、パーティを抜けるつもりでいて少し精神的に寂しいような悔しいようなそれでいて少し誇らしいような気持ちに酔っていて気付けなかったが、今思えばあの時の勇者は少し不自然だった気もする。


 そうして俺は落とされた。


 この深い深い奈落の底に。



   ヒュ

     ウ

     ウ

     ウ

      ウ

      ウ

      ウ

       ウ

       ウ


          と。

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